Destino―栞:Side―
瑠璃ヶ崎由芽
1話「ハジマリノゼツボウ」
ようやくこの時が来た。お父さんの仕事が落ち着き、ようやく
「……ねえ、話って?」
いつまで経っても話し始めないお父さんに、私は
「ああ、すまん。いや、あまりにも話すことが多くてな、どこから話そうか迷ってたんだ。ちょっとこの引っ越しに関することで、
「う、うん」
その言葉がまた私を不安に駆り立てる。しかも、それを引っ越しの前日に、もう目の前に煉と会える日が迫っているというこの日に言うかな、普通。もちろんお父さんが引っ越しの準備とかで、忙しいのもわかるけど。
「……なあ、栞。こういうこと訊くのは悪いかもしれないんだが、煉くんのこと今でも好きか?」
「えっ、何、突然!?」
急な恋バナの始まりに、私はビックリしてしまう。てっきりもっと重い話が来るものだと、身構えていたから余計に驚いた。
「好きか?」
「う、うん」
もちろんその気持ちは10年経った今でも変わらない。10年間、どんなにかっこいい男子でも、どんなに優しい男子でも、私は目もくれず煉を想い続けてきた。恥ずかしいけど、それが事実。
「そう、か……なら話さなければならないことがあるんだ。父さん仕事の引き継ぎなんかで最近忙しくてな、前日になってしまったのはすまない。聞いてくれるか?」
「……わかった、話して」
そのお父さんの話す表情から見ても、さっきのは前置き、私の気持ちの確認で本題はこれからなんだと悟る。たぶん、きっと……今度こそ私にとって重い話がやってくるのだと、身構える。
「栞が島を離れる前に、大きな航空事故があったのを覚えているかな?」
「うん、煉の……両親が亡くなられた、事故でしょ?」
忘れもしないあの悲惨な事故。私も人から聞いたり、ニュースで見ただけだけど、それを知った時は子供ながらにショックを受けたのを覚えている。
「そうだ。あれ以来、煉くんは
「うん、そうみたいだね」
その辺りの事情も私は聞いていた。だからそのお父さんの話は全て私の既に知っていることばかりだった。でもその話題が『煉』のことをばかりなので、嫌な予感が私の脳裏をよぎる。
「でだ、栞が島を離れる時、煉くんからもらったものがあったな」
「うん。『結婚の証』って言って、くれたやつでしょ?」
「そうだ。それは『Destino』と呼ばれるものだということはわかってるか?」
「あの時、一応煉から教えてもらったけど、子供の時だったしあんまり理解は出来てないかな。なんか、とんでもないものだってことぐらいは、わかってるつもりだけど」
なんせ私が5歳ぐらいの時のことだ。煉も同じだったわけだし、その年頃の説明じゃ到底理解はできるはずがない。分かっているのは、それが『とにかくすごいもの』ということと、『工藤家の宝物』ということぐらいだ。
「うん、じゃあ父さんの口から改めて説明させてもらおう。この『Destino』は嘘みたいな話だが『願いを叶える』力を持つ。絵空事のようだが、実在するんだ」
お父さんはそんな現実離れした、ありえないようなことを言い始める。でもそれに対する私の驚きはさほど大きくはなかった。やはり事前に煉から『すごいもの』とは聞いていたから、ハードルが低くなっていたのだろう。
「それでだ、ここからが重要なお話になる。栞、その能力を使ったものは『願い事をするまでの記憶を失う』んだ」
「えっ、まさかとは思うけど――」
そのお父さんの言葉で、すぐに『本当に言いたいこと』を察してしまう。信じたくはないけれど、お父さんの話が本当ならば、そういうことになってしまう。
「そのまさかだ、栞。煉くんはあの航空事故の後、Destinoを使用している。これは真司から聞いた話だが、実際にその当時のことは残念ながら覚えていないらしい」
申し訳なさそうな表情をしながら、そんな聞きたくなかった悲しい事実を私に告げるお父さん。
「そんな……じゃあ、私のことも……?」
「ああ、覚えてはいないだろう」
それを聞いた瞬間、私はまるで崖から突き落とされたような感覚を味わった。この日を、私は10年ずっと待ち望んでいたのに、それはあまりにも酷い。会えたとしても、結局私のことを覚えていないなんて、そんなの辛すぎる。
「でもな、栞。なにも気に病むことはない。栞もDestinoを持っているだろう? そこには煉くんの記憶が入っているんだ」
絶望に打ちひしがれている私に、そんなフォローの言葉を入れるお父さん。
「煉の記憶が?」
「そう。封印しているといえば想像しやすいか。だからそこから記憶が漏れ出すこともある」
「じゃあ、もしかしたら――!」
「そう、思い出せるかもしれないんだ。あれは記憶の奥底の牢屋に閉じ込められているのと一緒。だからその鍵を見つけてあげられれば、記憶は再び取り戻せる」
「そう、なんだ」
そうは簡単に言ってみるけれど、実際にやるとなると、ものすごく難しいことなんだろうな、と思う。絶対にそんな簡単に行くようなことじゃない。もっと大変な思いをするだろう。
「でも現状は記憶がないことは確かだ。だからきっと栞が煉くんと会っても、彼は見ず知らずの他人としか思ってはくれないだろう」
「うん……」
「前日にこんなことを訊くことになって申し訳ないけれど、それでも栞はあの島で、あの学校に行けるか?」
「……行くよ。ずっと待ってたんだもん。会いたくて会いたくて仕方がなかったんだもん。せっかくのチャンス逃したくない」
たとえ私のことを忘れていたとしても、煉に会えるならそれだけで何十倍もマシだ。これほどまでに待ち焦がれた煉との再会なのだから、そのチャンスを逃すようなことはしたくはない。それにお父さんが言ってくれたように、私にはまだ希望が残っている。記憶は取り戻せるかもしれないんだ。それがどんなに大変なことでも、
「そうか。栞がそう言うなら、父さんは何も言わないよ。あと栞、栞のDestino、今度からはつけていきなさい」
「え、いいの? でも、校則とか――」
小中高と『風紀に反するから』なんて理由でずっと身につけることが許されていなかったのに。だからせめてもの反抗に、カバンに入れて持ち歩いていたぐらいなのに、にわかには信じられなかった。
「大丈夫。あの学園の理事長はね、うちの真司と仲がいんだ。事情を説明して、特別に許可してもらったから、安心して行きなさい」
「へーそうなんだ。わかった」
「で、栞。1つお願いというか、約束をしてほしいんだ」
「何?」
「煉くんに会っても、過去の栞と会ったことや、両親のこと、そして『Destino』のことについても『直接的』に言わないであげてくれ」
「どうして?」
「彼は何も知らない。言ってもむしろ混乱するだけだ。それにこうなってしまった経緯は『両親の死』だ。こういうことは自分の手で見つけた方がいいだろう。周りがその事実を告げるのは、違うと父さんたちは思っているんだ」
「そっか……うん、そうだね」
私もお父さんの意見には賛成だった。確かにいち早く煉には記憶を取り戻してほしい。でも周りの、いわば『他人』がそれを押し付けるのは、おこがましいことだと思う。それは私たちが手をだすようなことではなく、本人の意思に
「さすがに、昔のことを『一切口にするな』とまでは言わないけど、ヒントぐらいに留めておきなさい」
「ふふっ、ヒントって。クイズじゃないんだから」
そんなお父さんの言葉に、ようやく笑みがこぼれてくる。重たい話ばっかりだったから、その言葉で張り詰めた空気が少しだけ和らいだような気がした。
「ハハハ、でもそれぐらい遠回しな表現にしておくこと、いいね?」
私はその言葉に、強く頷く。私としてはやっぱり煉には『記憶を取り戻してほしい』と思っている。だから私との再会で、煉が記憶と向き合うきっかけになればな、と思う。そのためにも、その『遠回しな表現』で煉の記憶を刺激してみてもいいのかもしれない。それぐらいなら、たぶん許されるはず。
「Destinoのことに関してはまた後で詳しく説明するから。明日は早いし、今日は早めに寝なさい」
「はーい」
お父さんの話も終わり、私はリビングを後にして部屋へと戻っていく。
『煉には私の記憶がない』
それは思いもよらない衝撃の事実だった。はたして私はその事実を受け入れ、自分の中で受け止めることができるのだろうか。今まで10数年生きてきて、誰かに私のことを忘れられた経験がないから、どうなってしまうのか想像もつかなかった。でもきっと、私たちなら大丈夫。この『Destino』が私たちを導いてくれるはず。この約10年もの間、私たちはこれで繋がっていたんだから。大丈夫だって、そう信じてる。そんな根拠のない自信を胸に、私は自分の部屋へと入っていくのであった。
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それから私はお風呂に入ったり、島のことを調べてたりして寝るまでの時間を過ごしていた。そんな折、ドアの方からノックをする音が聞こえてきた。
「栞、入るわよ」
すると、お母さんがそう言いながら部屋へと入ってきた。
「お母さん、どうしたの?」
「うん、ちょっと言い忘れてたことがあったから」
そう言って、お母さんはベッドに腰掛ける。
「言い忘れてたこと……何?」
「いい? こういう時は何事もポジティブに考えなきゃダメよ? ネガティブに考えてたら余計に辛くなる一方だから」
「うん、そうだね」
小説か何かで『暗い考えが不幸を呼ぶ』なんて言葉があったことを思い出す。その言葉の通り、ネガティブにものを考えていてはきっと『煉への想い』までも諦めてしまうことになりかねない。お母さんの言う通りに、何事もポジティブに……そうすればチャンスは巡ってくるかもしれない。
「要は考え方なのよ。煉くんとまた1から仲良くなれる――こう考えればいいじゃない。そこに出会いがあって、仲良くなるきっかけがあって、またたくさん新しい思い出が作っていけるでしょう?」
「うん」
「それにね、こういう言い方は悪いけど、栞が煉くんといたのは1年ちょっと。会ってなかった期間はだいたい10年ぐらいにもなるのよ、知らないことの方がきっと多いわ。その10年で趣味や好きなもの、特技、様々なことが変わってると思う。だったらもういっそのこと記憶なんて関係ない。1から始めて恋人になっちゃえばいいのよ」
「……でも、もしもう恋人が出来てたらどうしよう?」
変わっているからこそ、今の煉がどうなっているのかものすごく不安だった。その10年の間で、他の誰かを好きになっているかもしれない。たぶん記憶がないということは、煉の私への愛も失われているはず。だからその可能性は十分にあるのだ。
「こらっ。ネガティブに考えない。会う前からああだこうだ言ってたってしょうがないでしょう。もちろん実際会ったら、きっと辛いことだってたくさんあると思う。でもそこでめげちゃダメ。諦めちゃダメ。諦めたらその時点で恋は終わってしまうのよ。辛かったらいつでも言いなさい。私たちがいっぱいいーっぱい
「うん、ありがとお母さん」
そんな優しい言葉に、さっきまでの不安がちょっと和らいでいく。それに踏み出そうという、勇気も湧いてくる。どうせくじけても慰めてもらえる、そんな安心感があるおかげからかもしれない。
「じゃあ、頑張ってね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
部屋を後にするお母さんにそう挨拶をして、1人ベッドに寝転がる。
それから私は就寝までの時間、これからのこと、煉とのことをずっと考えていた――
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引っ越し当日。私は相模島にたった5年程度しかいなかったから、殆ど記憶には残っていないけれど、お父さん曰く、ずいぶんと街の方は賑やかになったみたい。それでも本土に比べれば、まだまだ田舎みたいだけれど。私たちの我が家も、約10年ぶりの再会だけれど、同じように私にはなんとなくしか覚えがなかった。対するお母さんやお父さんは、懐かしそうに家を見て回っていた。中は10年も放置したのだから、どんなことになっているか恐怖で仕方がなかったけれど、驚くことにキレイだった。というのも、お向かいの煉の、つまりは工藤家さんのメイドさんにお父さんが合鍵を渡していたようで、定期的に掃除をしてもらっていたようだ。そういえば、煉の元々の家はそんなすごいお家だったなぁ、なんて思いつつ、私はあることを考え始める。
明日から、いよいよ私の学園生活が始まる。それはつまり、煉との10年ぶりの再会を果たすことになる。残念ながら、彼は私のことを覚えてくれてはいない。だからきっと煉と会えば、それ相応の痛みが
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