第4話 聴取

 捜査員が関係者を呼びに行っている間、臣尻はスマホをいじっていた。

「何をしているんだ?」

 夏目警部が眉をひそめて画面を見る。

「学校裏サイトです。湘南国際学園の」

「しれっと恐ろしいことを言うなお前は。そんなもの何故見ている」

「私の当てが外れた場合の予防線です……ふふ、なるほど。やっぱり外れた」

「外れた? 何がだ?」

「腕時計は盗品です。及川陽菜は、昨年度、高等部一学年の首席生徒として表彰されたようです」

「なんだと、貴様! 腕時計は犯人のものだと言ったではないか!」

 詰め寄る夏目警部。臣尻は目を細めて夏目警部をどうどうどうと抑えている。

「ですから、盗んだんです、犯人が、この時計を」

「盗んだ? なんのために?」

「それは分かりません。とはいえ、テニス部で学年首席の生徒を連れてくることは無意味ではありません。犯人がテニス部員であることは確定していますでしょうし……」

 夏目警部は固唾を飲んだ。

「私の推測している動機の関係上、犯人は学年首席でないが、それに準ずる学力の持ち主ということを想定しているのでね。とりあえず、職員を呼んだら、家宅捜索といきましょう。裏を取るのです」

「お前という奴は、つくづく警察気取りだな」


◆□◆


 関係者が学校に集まった。

 まず、高等部学部長の岡村仁。それから、殺害された及川の担任の数学講師の矢部賢太郎。そして、昨年度成績優秀者の高等部一年の三村孝之と三年の大竹雄大。偶然にも、二人ともテニス部員であった。そして、二人とも臣尻が盗んだ時計と同じものをしていた。 

 臣尻と夏目は、岡田教員と矢部教員に連れられ、及川陽菜の在籍していた教室に通された。

「あれ、秦野さんはどうしたんですか?」

「ああ、何か確かめたいことがあると言って、プールを嗅ぎまわっているらしい」

「そうですか。とてもいいことです」

「刑事さん、それから、えーと……」

 岡田教員が禿げ頭を掻きむしりながら尋ねる。

「臣尻沖男です。お見知り置きを」

 四人の間に沈黙が流れた。

「えー、とりあえずお伺いしたいのですが、まぁ、こういってはお尋ねしにくいのですがね? 及川陽菜と何やら不適切な関係になっている教員がいるという噂は、ないでしょうか……?」

「夏目さん、本当に失礼ですよ」

「馬鹿者。そもそも本来なら犯人が高校生であるということ自体おかしいではないか!」

「少年法がありますよ」

「それか、不審者が最近出没したりとかは……」

 臣尻を無視して、夏目警部が前のめりになる。

 教員たちは戸惑いつつ、

「いえ……殺害された及川さんは、非常に優秀で、品行方正、かつ、水泳部でも期待の星で、来年インターハイの出場が決まっています」

「なるほど。そんな彼女に悪い噂が流れては、学園の威信にかかりますね」

 そう言って、不純異性交遊説を、夏目警部を横目で見て否定する臣尻。

「特に不審者は出没していませんね。湘南海岸も警察が今取り締まり月間にさしかかっているようで」

「……彼女と交友関係にあった男子生徒は?」

 夏目警部が尋ねる。

「そうですね、彼は男子生徒の友人が非常に多かったですね。私の生徒の間では、ラブレターを一年に二、三枚もらうこともあるとか」

「なるほど……」

 担任である矢部教員の話を聞いて、顔を顰める夏目警部。容疑者が多すぎて、雲を手でつかむようだ。

 しかし。

「……では、女子生徒からの人気はどうだったでしょうか」

 そこで夏目は目を見開いた。そうだ。犯人はずっと男だと決めつけていた。しかし、臣尻の推察した犯行は、女子でも可能なのだ。何故なら、死体を運搬する必要がなかったからである。

「……そうですね。仲の良い女子生徒もいないではないですが、あまり彼女は女子生徒とはつるまない主義のように思われました」

 夏目は、女子生徒による怨恨を犯行の動機として見た。臣尻は腕を組んでから、

「大変恐縮ではございますが、この学年の成績順位表を見せていただけないでしょうか」

「ええ。一応持ってまいりました」

 教頭の岡村が鞄のなかから、プリントを一枚渡した。そこには、成績上位百名のリストが乗っている。

 臣尻は見逃さなかった。一番上の名前の生徒はこのクラスの人物だった。

「またあてが外れた。まさかこういうことになるとは」

 臣尻は肩をすくめた。


 それから男子テニス部の成績優秀者の二人に言質をとった。及川のファンは、やはりテニス部内でも大勢いるとのこと。

「なんか、なかには及川先輩のことをつきまとってる奴とか、彼女がいるのにラブレターを送ったりした奴もいたそうですよ」

「なるほど、ありがとう。女子テニス部員と、及川さんの間で揉め事はなかったかね?」

「いや……聞きませんね」

 問いただした夏目警部は白髪がかった顎髭をいじる。

 すると、そこへ。

「おい、臣尻!」

 ぜいぜいはあはあ言いながら駆けつけてきたのは。

「……あ、秦野? お前いたの?」

「いたのじゃないですよ! 臣尻さん、あなたの推理に重大な欠陥を見つけましたよ!」

 臣尻はにやりと笑みを浮かべ、

「ほう、それは是非お伺いしたいものですね」

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