ステキな犯罪者

東京を食べるゾウ

第1話 謎の窃盗犯

 神奈川県警川崎警察署に、とある男が自首してきた。

 川崎警察署は、おなじみの通り四部署で構成されている。殺人等を扱う捜査一課、詐欺などの知能犯を扱う捜査二課、窃盗などの犯罪を扱う捜査三課。暴力団関係の扱う公安の捜査四課。


──聴取室。

一人のひょろ長い男が、パイプ椅子に座して、刑事と対面している。茶色がかったボサボサヘヤーに、猫目。自首したこともあって、拘束はされていないが、見張りの警察官と聴取をノーパソにとる警察官がいる。

 担当の中年の刑事は、非常に苛立たし気に眉をぴくぴく動かして、煙草を吸っている。本当は禁煙なのだが、この部屋に火災報知器は取りつけていない。

 ひょろ長い男は、紙コップをぐっと刑事の前に突き出し、

「もう一杯いただけませんかね、お茶」

 男の無神経質さに、刑事──夏目智警部は青筋を浮かべつつも、

「おい」

 と、同席していた警部補である部下の秦野浩介警部補に命令した。秦野は東大卒の警察大学の出で、いわばキャリア組である。しかし女一人口説けずこれといった仕事もできない、チンの皮被ったような男。

「は、はい」

 秦野はお茶をすかさず汲みに行った。

 夏目警部がどうして苛立っているのか。それは上からの命令で、この自首してきた犯人の罪状を知り、何度も抗議したのであった。なにせ、この男は──。

「で、貴様は何時にこの時計を盗んだんだ?」

 夏目警部はビニル袋の中に入っている高級そうな腕時計を突き出した。チタニウム製のシチズン時計である。裏には『SHONAN KOKUSAI HIGHSCHOOL』と彫られている。

 そう。この男の罪状は窃盗。そして夏目警部帆は捜査一課の係長なのである。

 男は猫目を一層細めて微笑み、ガタイのいい夏目警部に臆することなく、

「それはお答えできませんねぇ。湘南国際学園のプールで拾った、としか」

 そこへ、秦野警部補がやってきた。すると夏目は、その熱いお茶を男にぶちまけた。

 しかし男は熱さにも動じず、

「今の巷でやったら暴行罪ですよね?」

 その言葉に夏目警部は堪忍袋の緒が切れて、

「おいあまり警察を舐めるなよ。腕時計一本で釈放されるだろうと踏んでいるが、貴様が何かの事件を隠避しているとも限らん!」

「その根拠は?」

 秦野警部補が詰め寄ったので、夏目警部は彼の顎をアッパーした。

「だいたいお前の名前からして怪しいのだ。もう一度聞く、お前の名前は?」

 机をドン、と叩き、男に詰め寄る夏目警部。男は肩をゆすって笑い、

「お見知りおきを」

「は?」

 秦野警部補は口をあんぐり開けた。夏目警部は手帳の一ページを破って、ペンと一緒に投げた。男はそこに、自分の名前を書いた。

臣尻沖男おみしりおきお

「これが私の名前です。お見知りおきを」

「だからややこしい言いまわしをするな!」

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