第3話

「はい。もしもし」

 活発な感じの女性。五十代かな。

「お忙しいところ申し訳ありません。突然ですが、お客様、太陽光発電にご興味をお持ちですか?」

「太陽光発電?そりゃあると便利でしょうけど、うち、小さなアパート住まいだからそんなの設置する場所がないのよ。アハハハ」

「そうでしたかぁ。では、またのご機会に」

「はいはい。あなたも大変ねぇ。頑張ってね。それじゃあ」〈切電される〉


「こちらは留守番電話サービスで」〈切電〉


 呼び出し音二十回。〈切電〉


「もしもし」

 消え入りそうな中学生ぐらいの男の子の声。

「もしもし。こちらは株式会……」

 突然、頭蓋骨にピックを突き刺されたような激痛。手から汗が滴るほどに滲み出る。同時に脳裏に一つのイメージが浮かび上がる。

 いじめに苦しむ中学生。我慢に我慢の毎日。最近、愛想笑い以外で笑ったのはいつだろう。もう親の目を見ることさえもつらくなってきた。考えたくなくても死ぬことを考えてしまう。それが幸せなんじゃないかって。少なくとも今よりは。

 彼の中にある心の器はもう空っぽに近い。

「もしもし?」

 怪訝そうな声。何かに怯えているようでもある。

 俺は懸命に息を整える。次の一言が優しく温かく穏やかに相手に届くように。

「大丈夫だよ」

「え?」

「大丈夫だから。もう、これで、大丈夫」

「え?何?」

「これ以上無理しなくてもいいんだ。君は十分に、いや、十二分に頑張った。少し頑張りすぎかもしれない。ここで一旦、休憩しようよ」

「休憩?」

「そう。休憩。君にはエネルギーが残っていない。自分では気付いてないかもしれないけど、もうへとへとなんだ。また動き出すにはエネルギーを注入しないと。それには休憩するのが一番なんだ」

「誰?先生?」

「僕は君が知ってる誰かではないよ。もちろん先生でもない。ただ、頑張りすぎの君に休んでもらいたくて、電話したんだ」

「休憩ってどうするの?どうすればいいの?」

「何もしなくていいんだ。お父さんとお母さんに、ちょっと休憩させて、って言うだけだ。それで君は休憩できる」

「そんなこと言えないよ」

「どうして?」

「だって……。迷惑かかるし」

「死んだらもっと迷惑かかるよ」

「え。……何で?何で分かるの?」

「だって僕はね、神様なんだ」

「神様?」

「僕は全て知っている。君はまだ死ぬべき人じゃない。一旦、休憩してごらん。元気になったらまた動き出せばいい。今の学校じゃなくてもいいし、高校からまた動き出してもいい。とにかく今は休憩が必要なんだ。神様が言うんだから間違いないよ。それに君だって気付いてるはずだ。もう限界だって」

「……分かり、ました」

「ありがとう。よく分かってくれたね。じゃあ、僕が君の未来に素敵なプレゼントを用意しておくから、楽しみにしていてね」

「え?プレゼントって何ですか?」

 少しだけ彼の声の調子が上がる。

 この瞬間が堪らなく俺を幸福にする。

「それは大人になってからのお楽しみだよ。じゃあね」〈切電〉


 っぐ、ぐぅ、はぁー。はーはー。

 疲労が痺れとなって全身を覆う。指一本動かすこともできない。この倦怠感は抗がん剤治療よりもひどい。

 汗で服がベタベタになっている。着替えないと風邪をひくかもしれない。今の俺はちょっとした風邪が命取りになる。看護師さんを呼ばないと。

 でも、何とか、また一つの命を救うことができただろうか。九十四回目の発信だった。あと少しで百回だが、今日はこれでおしまいにしておこう。

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