第6話 勇者の帰還
再び冬が来て、冬が過ぎ、春を越えて夏になり、秋となった。そしてまた冬が来たころのことであった。魔族が村を襲ってから二年が過ぎていた。門番の少年はすでに、青年となっていた。父親を失った少女も、娘となっていた。
秋の収穫を終えた喜びと共に、王国中を早馬が駆け巡った。早馬に乗った騎士は、今年は無税であるという国王からの恩赦を各村へと伝えて回っていた。
恩赦の理由は、魔王が討伐されたからであった。勇者によって魔王は討たれたのである。村中が歓喜に包まれた。税を納める必要がないのであれば、小麦を売った資金で家畜を再び買うことができる。雄牛と雌牛を飼えば、また家畜を殖やすことができる。そして何より、もう魔族に村が襲われることはないのだ。
村へ近づく一行があることに気付いたのは、門番の青年であった。一行は、魔王の居城があった方向から来ていた。門番の青年はその一行が勇者たちであるとすぐにわかった。門番の青年は、村長に知らせた。歓迎の準備をするためであった。
「久しぶりだな、ぼうず……いや、門番殿。強くなったな。歩き方を見ただけで分かる」と剣聖が、村の入口で出迎えた門番の青年に言った。
「剣聖様には及びませんが」と門番の青年は言った。自分と剣聖。どれほど力量が離れているのか、門番の青年は正確に理解することができた。
「勇者さま方。ようこそ村へとおいでくださいました。どうか我等の歓迎を受け入れてください」とやって来た村長が言った。
「よろこんで」と勇者が言った。宴は始まった。宴の始まりに聖女が祈った。来年の畑の豊穣を祈る祈りであった。畑の土が、春に向けて安らかな眠りへと入る子守歌でもあった。村人各々が持ち寄ってきた楽器によって演奏が始まった。焚き火を囲んでの踊りが、広場で始まるのだ。最初に踊るのは、新年に結婚をする男女二人だ。踊るのはかつて、門番であった少年と、魔族に父親を殺された少女であった。二人は青年と娘となっていた。そして、夫婦となる契りを交わしていた。
長らく勇者たちを独占していた村長や村の顔役たちは、踊る村人の中へと入っていた。新しい葡萄酒を飲みながら、踊る村人たちを楽しげに見ている勇者たちの輪に入っていったのは、門番の青年であった。
「やぁ、久しぶりだね。結婚おめでとう」と勇者と呼ばれる者が、門番の青年に言った。
「聞いてくれよ、門番殿。魔王を倒して世の中平和になったっていうのに、こいつは俺の嫁になるつもりはないって言うんだよ」と剣聖が言った。
「私は既に神の花嫁となったのです。そう、あなたにはもう百万回以上申し上げていますが」
かつて、少年であった門番が聞いたことのある、剣聖と聖女の懐かしいやり取りであった。
「勇者さま方、紹介したい人がいるんです」と門番の青年は言った。青年が手招きすると、魔族に父親を殺された娘がやってきた。勇者、聖女、剣聖のそれぞれの杯に葡萄酒を注いだあと、娘は言った。
「二年前、お礼を言うことができませんでした。今、言わせてください。あの時、村を助けてくださってありがとうございました。私は今、とても幸せです」
「ありがとう。僕はその言葉を聞くたびに、救われる気がする」と勇者は言った。父親を殺された娘は勇者の返答を聞いて、キョトンとした。勇者の言った言葉の意味が分からなかったようであった。
しだいに村人たちが奏でる音楽のリズムはどんどんと早まっていった。太鼓の音は、心臓の鼓動よりも早い。村の宴は最高潮に達していた。
「とても良い村ですね」と聖女が言った。
「俺と結婚して、この村で暮らすってのはどうだ?」と言った剣聖の言葉を聖女は黙殺をした。
勇者が
そして、彼等は乾杯をした。
「勇者たちに乾杯」
・
・
太陽は回り、それを追いかけて四季もまた廻った。ある日、王都から吟遊詩人が村へとやってきた。彼等が物語るのは、魔王を倒した勇者と聖女と剣聖の英雄譚であった。この村に住む村人たちが行ったことのない魔王の居城での、魔王との壮絶な戦いの話であった。この英雄譚には、この村のことなど出てはこない。
その吟遊詩人の話を、かつて門番であった老人と、かつて魔族に父親を殺された老婆が、手を繫いで聞いていた。その二人を囲むように彼等の孫たちが吟遊詩人の話に魅入っていた。孫娘の一人が、かつて門番であった老人の顔を見上げた。孫娘が見上げた、かつて門番であった老人の顔は、どこか誇らしげであった。だが、どうして祖父が誇らしげであるのか、孫娘には分からなかった。
語り継がれるのは、英雄の物語である。勇者から勇者と呼ばれた門番のことなど、誰も語り継いだりはしないのだ。
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だが、勇者から勇者と呼ばれた男が、この村に確かにいたことを、ここに書き記しておこう。
了
勇者から勇者と呼ばれた男 池田瑛 @IkedaAkira
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