星流夜

以星 大悟(旧・咖喱家)

1

「あ゛あ゛あ゛っ!!!」


 地響きのような怒声がグランドに寂しく木霊する。

 たった一人の陸上部員。

 過疎化の進む小さな町にある小さな中学校。


 中学生としては不釣り合いな体育を持つ少年は、弾道を描き落ちて行く砲玉ほうがんを見つめながら、目標としているラインに届かない事に焦っていた。

 卒業までには越えたい。

 上手く動かなくなった足に鞭を打って少年は再び砲玉を握る。


 手にタンマグ(炭酸マグネシウム)を付けて再び少年は構える。

 右足を深く曲げながら左足はしっかりと伸ばし、顎に砲玉を当てて、左足を引いては伸ばしてリズムを刻み、そして一気に伸ばして助走をつける。


 右足のバネで勢いをつけ、足の力は腰へ、腰から腕へ、一直線に力を砲玉へ。

 さながら大砲のように。


「あ゛あ゛あ゛っ!!!」


 少年の気合の怒声は、雄叫びは、まるで大砲の砲音のようにグランドに響いて木霊する。


 綺麗に弾道を描きながら、やはり線の手前で虚しく落ちる。

 少年は薄暗くなり始めた空を見上げる。

 茜色がかった空は、気が付けば小さな輝きが見え始め、既に夕方は過ぎ去り夜が来た事を少年に告げていた。


「あと…一投で終わりか……」


 再び少年は手にタンマグを付ける。

 頬を叩き、気合を入れる。

 脳裏に理想的なフォームを思い浮かべる。

 同時に、今までの青春が少年の心に去来する。


 一年目は、入学後に親の都合で入りたくも無いクラブに入部させられ、一年を無駄にするという苦渋を味わい。

 二年目は、恩師に見いだされ心を時めかせながら陸上競技を始め、そこで体格だけでは越えられない大きな壁に直面し、挫折する。

 三年目は、再起し奮起し死力を尽くし、才能の差を努力で覆そうと足掻き、這い上がり、光明に手が届かんとして。

 少年の努力に、体が付いて行けず、足腰を酷く痛めた。

 

 少年の青春は苦渋に満ちていた。

 勝利の栄光は微々たる物で多くは、決して越えられない壁との苦しい戦いだけだった。

 そして今も、せめて最後に自分に課していた命題だけは成し遂げようと、必死に足掻いている。


「あ゛あ゛あ゛っ!!!!」


 怒声が轟く。

 人生で最も鮮やかなフォームだった。

 弾道は今まで最も美しかった。

 正真正銘の死力を尽くした一投。

 

「駄目か……」


 虚しく、線の玉一つ分手前に落下した。

 空は、まるで今にも天から流れて来そうなまでに、星が輝いていた。

 少年は空を見上げて、決して涙を流すまいとする。


 既に終わった青春。

 決して帰って来ない青春。

 

 夜空の星はそんな少年の心に同情したのか。

 それとも。

 少年に、次の目標を指し示ているのか。

 涙を流すように。

 明日への道標を示すように。

 夜空に星は流れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る