第6話
*
智ちゃん(古賀智美のあだ名)と別れてからというもの、やはりどこかソワソワしてしまう…。
何か考えよう。
考えれば、気がまぎれるかもだし。
まさか、放課後になってまた降るなんて、黒瀬くんを見習って折り畳み傘を常備しておいて良かった。
黒瀬くんには、少し悪いことしちゃったかな。別に、黒瀬くんが”あのこと”知ってるとは限らないのに…。返す時はちゃんと智ちゃんから返して欲しいけど、きっと私から返すことになるんだろうなぁ…「同じクラスでしょ!」とか言われそうだし…。
智ちゃんも黒瀬くんと仲良くしてほしいな…。そうすれば、もっと美推の仕事も楽しくなると思うし…。別に、黒瀬くんがあのこと知っていても、変に突っかかってきたりするような人じゃないし。智ちゃんも本当は良い子なんだって伝えたいけど、あの態度だと信じてもらえなさそう…。
「はぁー、どうしたら良いんだろう…」
気付くと、また落ち込んでいる…。
今の雨降り曇天のごとく、気分は下がっている。
そして無意識に傘を持つ左手を見つめていた。
「よし!」
もう、迷ってられない!こんな思いするなら戻ろう!
決意を固くして、学校へ走り出す。
縦降りの雨も、走っている事により、斜め降りの格好になるが、傘を斜めにしながら突き進む。
しかし、前に傾けた傘によって抵抗が生まれ、走りにくくなる。
それでも、足は一度も休めなかった。
校門で立ち止まり、膝に手をついて少し息を整える。傘のふち越しに花壇を見るとそこには誰かが傘もささず、しゃがんでいるのが見えた。
「誰だろう?」
息も整えつつ、近付く。
丁度、普通に話せるぐらいの距離になった時、その誰かが振り向き立ち上がる。
「…っ!」
「星宮さん…」
「く、黒瀬くん!?」
その誰かは黒瀬くんだった。ブレザーを脱ぎ、Yシャツ姿だった。
Yシャツは雨で透けて、中に来ているTシャツのロゴまで見えそうだった。
「……」
何か声をかけるべきなのに、何も思いつかない…。
「ひょっとしてだけど…」
何を言うべきか、言葉を選んでいると、黒瀬くんから言葉が出た。
「もしかして、星宮さんが学校に戻って来た理由って、これ…?」
そう言って、黒瀬くんはポケットから手のひらを差し出す。
その手中に収められていたのは、濃いピンクとアップルグリーンのブレスレット。
まさしく私が学校に戻って来た理由だった。
するとなぜだか、目の前が滲んできた。
目にゴミが入ったのかと思い、目を擦るがまたすぐに滲み出す。
あれ?なんで?なんで私泣いているの?
泣きたくなんかない!泣いてる姿なんてを見られたくない!
「星宮さん!一旦昇降口まで行こう!」
そう言って、右手を握り、昇降口の下駄箱の所に座る。
私の中はいっぱいだった。
黒瀬くんにひどいことをしてしまった。
わざわざ一つしかない傘を貸してと言ってしまったのだ。
それなのに黒瀬くんは、雨も顧みずに、私のブレスレットを探し、見つけてくれた。
恩を仇で返す、とは聞いたことがあっても、仇を恩で返してくれるなんて、私はなんてひどいんだろう…。
涙の訳も話せないまま泣いている間、黒瀬くんは何も言わず、ただ隣に座って、ずっと黙っていた。
私が急に泣き出してどれくらいの時間がたっただろうか。外はもう暗くなり、雨もだいぶ弱くなってきていた。
「落ち着いてきた…?」
「うん、ごめんね…」
目を拭いながら、表情を整える。
「俺の方も、ごめん」
思いがけない言葉で反射的に、世界最速の「えっ!?」が飛び出る。
「別に、黒瀬くんは何も悪くないよ!」
「いやでも、星宮さんは俺があのブレスレットを見せてから泣き出したし…」
「ううん、違うの!多分、それで泣いたんじゃないの!」
「そう、なの?」
「うん、そうだよ!」
呼吸を整えて…。ちゃんと言わなきゃ。
「ブレスレット、見つけてくれてありがとう」
泣き止み顔の私に、黒瀬くんは溢れんばかりの笑顔を返してくれた。
「ううん、どういたしまして」
お互いの顔を見合わせ笑いあう。
そして、いつもの調子に話し始める。
「ごめんね…。折り畳み傘一つしかないのに、奪っちゃって」
「奪われた覚えはないなぁ、貸したはずなんだけど…?」
「そうだね。借りちゃってごめんね」
「いいよ!気にしないで!」
黒瀬くんの髪先からはまだしずくが滴っている。
それに、どこから垂れたのか、足元がちょっとした水溜りになっていた。
「普通の傘、持ってきてないなら、貸さなくても良かったのに…」
「でも、そしたら古賀さんが困るでしょ?」
「そうかもだけど…」
「俺、古賀さんに嫌われているみたいだからさ、あそこで貸さなきゃますます嫌われてたでしょ?」
苦笑混じりに言っている。ほんとは、貸す時に迷いがあったはずなのに…。
「でも…」
言いかけた時、黒瀬くんの少し強い調子の声が飛んできた。
「俺さ、古賀さんは良い人だと思う。生徒会も美推もちゃんと仕事をこなしているしさ。見えてるところであれだけ頑張ってるんだから、見えないところでもきっと頑張ってる、って思うんだ」
「智ちゃんは良い子だよ!良い子、なんだけどね…」
「やっぱりー!星宮さんも良い子だと思うよね!」
「うん、思うよ…」
でも、「“あのこと”が原因で智ちゃんが黒瀬くんを嫌ってる」、なんて言ったら、“あのこと”を私から言ってしまって、黒瀬くんが知ってしまうことになるし…。
「まぁ、でも、仕方ないかな!」
「へっ?」
「人間、誰しも仲良く出来るわけじゃないじゃん?だから、どうしても嫌いより好転することがなくても仕方ないよ。せめて対立だけは避けたいけどね…」
そうやって、智ちゃんから永遠に受け入れられないかもしれない可能性を示唆しているのに、どうしてそんな笑顔を作れるんだろう…。
黒瀬くん、良い人なのに…。それなのに、仲良くなれないのはなんだかおかしいような気がする…。
見つけてくれたブレスレットに目を落とす。
そして、一つの小さな勇気が生まれた。
「あの!」
「はい!」
勢い余ったせいか、声が大きくなってしまった。
それに沿った声量の返事は、当然と言える。
それでも私は、怯まずに伝えなければならない。
「私が…なんとかしてみるっ!」
「えっ、でも…」
「ううん、ブレスレットを見つけてくれたお礼!」
半ば強引にまくし立てる。
でも、それで良い。黒瀬くんと古賀さんは良い人同士なんだから、絶対に分かり合える!
「きっと、仲良くなれると思うよ!それに智ちゃん、すっごい面白いし!」
「ありがとう。でも無理にしなくていいからね!古賀さんと星宮さんが険悪になるの、見たくないから」
「うん、ありがとう」
突然、明後日の方から別の声がした。
「ほら、もう帰りなさい!」
気付くと、もう時計は18時を指していた。守衛さんの登場である。
「はい!すみません!帰ります!」
私たちは慌てて校門を出た。
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