JKと大家さん
北乃ミエ
女子高生と俺
ニシキ荘の裏庭にある桜の木はいつの間にか散り、大家である
「大家さん」
「おはよう、姫花ちゃん」
ニシキ荘の住民、
彼女は寒さ残る3月初旬、ニシキ荘の前で体育座りをし、雨宿りをしていた。捨てられた猫の様に怯えた目をしていたのを覚えている。
ソウタは取り敢えず傘を差し出し、帰らそうとしたが彼女は拒んだ。雨に濡れ、風邪でも引いたら困るという思いが勝り、仕方なく家に招いた。
JKを二十五の男の部屋に上がらせていいものかと悩んだが、雨が止むまでコーヒーを作って飲ませ、しばらく過ごさせた。
彼女が落ち着いた頃にもう帰る?と聞いてみると、素直にそのまま帰って行った。
これで一段落とホッとしていたが、次の日、彼女はまたニシキ荘の前で体育座りをしていた。ソウタは呆れながらどうしたの?と声をかけると、
「此処で暮らしたいんだけど。金ならあるから」
と、鞄の中から分厚い札束を出し、そのまま渡されお願いされた。部屋でコーヒーを作っている時にうっかり大家だと話してしまったらしい。一度断ったが、いつの間にか不動産から内覧予約をいれられ、あれやこれやで、住民になってしまった。
親から生活費を貰っているらしいが、きちんと生活が出来ているのかは分からず、ソウタはとても心配をしていた。
◇
「お湯出ないんだけど、どうにかして」
「マジ?壊れた?」
「そ。直してよ」
「じゃあ、ちょっと様子見るから、お邪魔させてもらっていい?」
「大家さんおじさんみたいでじわる」
「ええ?」
どこにおじさん要素があったかソウタは分からなかった。
「襲ったりしないでよ」
「子供は襲わないから大丈夫」
「何その言い方ムカつく」
彼女はむっとしてその後も文句を言い始めたが、ソウタは無視して、彼女の部屋へ行くことになった。
「部屋すごいね」
まず目についたのは大きい熊のぬいぐるみと、ピンクの花柄の絨毯だった。彼女はクールな性格だが、中身はやはり普通の女の子だ。
「あっこれ高いやつじゃない?」
テーブルの上に置いてあったバッグをよく見ると、ブランドのロゴマークが付いている。それを見て生活には困っていないような気がして、少し安心した。
部屋干しされている服も質が良さそうで、他にも本来社会人になってから買うようなブランド物らしき家具や食器がそこかしこにあった。
「じろじろ見んなよ変態」
「ごめんごめん」
正直ソウタは本来の目的を忘れていた。直ぐ様風呂場に行き、蛇口を赤のところへセットし、捻ると、
「お湯にならないね」
「うん」
掌は冷たい水を受けるだけだった。
「業者呼ぶよ」
「えっ金出したくない」
「大丈夫、故意に壊していない場合は大家が払うことになっているから」
「ふーん」
ソウタはスマホに登録していた水道業者に連絡した。
業者が来るまでの間、ソウタは自分の部屋に戻り、十分前に再び彼女の部屋に向かった。
「どうもー点検に来ましたー」
「こんにちは。どうぞ」
「早っ」
ドアを開け現れたのは、大柄で明るいちょっと太ったおじさんだった。
「お風呂のお湯ですよね?」
「こっちですね」
ソウタは風呂場に案内をすると、彼女が近くにいないことに気づく。部屋を見回すと、ベットの上でイヤホンを付けてスマホを両手で持ちながら、ポチポチ何かをやっていた。ソウタは小声で、
「姫花ちゃん、挨拶ぐらいはした方が…」
と言ったが、
「えっ?何?聞こえない」
とイヤホンを外して聞かれてしまった。
画面を見ると音ゲーをやっていた。何個も玉みたいなのが目で追えないぐらいの速さで上下左右に流れている。これを音に合わせて打つのを知っていたが、実際は難しそうだとソウタは釘付けになっていた。
「もう。折角パーフェクトでやろうと思ってたのに何?」
「あっごめん。挨拶ぐらいはした方がいいよって言ったんだよ」
「あ?…親みたいな言い方でムカつくんだけど」
彼女は眉間にシワを寄せ、そう言われ、ソウタは余計なお節介だっただろうか、とまごついた。
「あのー…」
「あっすいません」
どうやらおじさんは点検が終わった様だ。
「一度、温度を五十度ぐらい上げていただければ、お湯は出るみたいです。その後温度調整すれば使えますよ」
「五十度にしないと暖まらない感じですか?」
「何せ築年数大分たってますから、中々暖まらないみたいですね。思いきって全て直します?」
ソウタはうーんと考えた。ちらっと彼女を見ると、直してと、キラキラした瞳で訴える。
「よしっ直します!と言いたいけど、いくらですか?」
「えーっと…」
おじさんは鞄から電卓を出した。パチパチと手際よく叩く。
「ざっと見積もってこのぐらいは掛かりますね」
「…えっ?」
ゼロが一桁多いとソウタは思った。
「あの、使えなくはないんですよね?」
「勿論そうです。」
ソウタはくるっと彼女の方へ向き、
「ごめん。使えなくはないみたいだから許して!」
と情けなく懇願した。
「えーさっき直すって言ったじゃん」
「ごめんなさい」
「まあいいや。お湯使えるなら」
「では、全く使えなくなったら直す形でいいですかね?」
とおじさんは言ったので、ソウタは、はいと頷いた。彼女も渋々こくっと頷いた。
◇
「それじゃあどうもですー!」
ソウタが点検料を払った後、大きな声でおじさんは挨拶をし、バタンと大きな音を立て、ドアが閉まった。そして暫く沈黙が流れる。
「あの、お詫びに何か奢ります…」
「は?金無いなら奢らなくていいよ」
「うぐっ…」
やはり子供は正直で怖いと、ソウタは震えた。
「…じゃあさ奢るより、手作りのものが食べたいから、作ってよ」
「へっ?俺が作るの?」
「そう」
「俺でいいならいいけど」
彼女の予想外のリクエストは子供の可愛らしさを感じて和んだ。
「カレーって作れる?」
「えっ?それくらいだったら作れるよ」
「じゃあそれ」
凄く難しいものをリクエストされたらどうしようかと身構えたが、ソウタはほっとした。
◇
二人は近くのスーパーに行き、カレーの材料を買った。途中彼女はカートの中にお菓子とか、雑誌とかをわざと入れて悪戯をした。
楽しそうな彼女を見ると、黙っていれば少しだけ大人の様な色気と女を感じてしまうが、やはりまだまだ子供なんだなと気づく。
買い物を終え、帰り道を歩いていると、街中に溶けた夕焼けを彼女はじっと見つめていた。しかし、その瞳は初めてあった頃の寂しそうな目をしていた。
その姿をぼんやり眺めていると、
「あれ、大家さん達何してるの」
と、声をかけられ振り向くと、浪人生の
「よう、シロ見てみ。カレー作るんだ」
「二人で?」
「そ。これからバイト?」
「そうなの。行くのやだなあ」
シロは駄々をこね始めた。すると姫花は、さっきの寂しそうな表情は消え、
「シロ頑張れよ」
とズバッと言いはなち、いつもの勝ち気な表情に戻った。
「年上なのに女子高生に頑張れよって言われる私って…」
シロは落ち込み、頭を抱えた。
「ネガティブに考えちゃ駄目だよシロ。JKに応援されたい人は世の中に一杯いるんだからさ」
「だから大家さん、おじさん臭いんだけど」
「私女だし。ソッチの趣味ないですよ!」
ソウタは若者の気持ちでいたが、そう言えば、この中で一番年上は自分だけで、発言もおじさんっぽくなっていることに気付き、恥ずかしくなった。
「まっ大丈夫だよ。行ってらっしゃい」
とソウタはシロの頭をポンポンして言うと、
「ちょ、子供扱いしないで下さい…行ってきます」
シロは一瞬顔が赤くなり、そのまま駅へ向かった。
「大家さん、私シロ心配だわ」
「大丈夫。ああ見えて根性ある人だから」
「そーなの?」
姫花は首をかしげ、笑った。いつも彼女は笑うことが少ないので、ソウタは安堵していた。
◇
ソウタの家につき、二人でカレーを作る。彼女は料理が苦手だったので、お米だけ研いで貰った。
途中野菜を切っているところを興味深そうに見ていた為、野菜切ってみる?と言うと、
「包丁、嫌」
と拒んだ。
ぐつぐつとたっぷり煮込んだカレーを彼女が一生懸命研いだご飯にのせる。ソウタは久しぶりに料理を楽しめた気がした。
ばくばくと勢いよく彼女は食べ始め、ものの十分でお皿は空になった。
「ごちそうさま。美味しかった」
「どういたしまして」
と彼女は満足そうに言い、ソウタはとても嬉しかった。
「カレーさあ、久しぶりに食べた。うちの親ほとんど作らないから」
彼女は空になったお皿をスプーンで擦りながら
「つか夜遊びしてて、帰ってこないし」
と目を伏せ呟いた。
「そっか…」
ソウタは無理矢理慰めても相手には何も嬉しくはないことを知っていた。だから黙って話を聞いていた。
「包丁嫌って言ったでしょ」
「うん」
「私、親に包丁向けられたことあるんだ」
「うん…」
ソウタは彼女が親に虐待をされているのを何となく分かっていた。初めて合った時の怯えた目、腕の傷、顔の切り傷の跡。
「今度また遊びに行ってもいい?」
「もちろん。今度オムライス作ってあげるよ」
「マジで?やったー」
せめて此処だけは彼女の居場所になれますように───ソウタはそう強く願っていたのだった。
JKと大家さん 北乃ミエ @kitano-mie001
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