穢れの浄化

 街中の穢れの浄化は、細かくやる必要はなく一か所に浄化の陰陽符を設置するだけで一定範囲が浄化されるようになっている。

 武蔵屋敷を出てからというもの、すでに五か所の浄化を行っているボクは、少しずつだけど穢れの浄化について慣れてきていた。

 浄化すると、その場所に清涼な空気が流れ込んでくる。

 それはとても清々しいもので、今までの空気が嘘みたいにきれいになっていくのだ。

 ある程度浄化していて分かったことだけど、穢れには様々なものがある。

 例えば、地脈が乱れることによって穢れが生じるものであったり、空気が上手く流れず淀み、そこに穢れが発生したりするのだ。

 また、死体などがあれば悪霊が取り付き、腐敗を始めては穢れをまき散らす。

 そしてあまりにも歪みが大きくなった場所限定らしいのだが、陰界と繋がり始めてしまう場合もあるようだ。

 その場合、最悪陰界の悪鬼がこちらに這い出して来ることになるのだ。


「スピカにゃん、どうしたのかにゃ?」

 不意に立ち止まったボクに、音緒が声を掛けてくる。


「重要なことに気が付いたかもしれないんだ」

「じゅうようなこと?」

 ボクの言葉を聞いて、音緒が可愛らしく小首を傾げて聞き返してきた。


「うん。この世界を覆ったっていう闇の汚染、瘴気による汚染ってさ、何で女神の力で防げないのかずっと疑問だったんだよね」

「???」

 音緒はよくわからない様子だった。


「ファンタジーでいう、闇や瘴気ってどういうものを想像する?」

「う~ん……。魔界の王様や悪魔がいて、その人たちが生きている世界の空気が漏れ出したり、力が漏れ出しているもののことをいうんじゃないかにゃ?」

 音緒の答えた闇の汚染や瘴気による汚染は、まさにファンタジーの王道ともいえるものだった。


「うん、そうだよね。昔この世界にも魔王がいたらしいから、合ってると思うんだ。でも、そういう事例があるから対策したのに汚染が浄化できないんだよ。どういうことかわかる?」

「う~ん……」

 ボクの問いかけに、音緒は悩みこんでしまう。

 だからボクはヒントを与えることにした。


「ヒントはボクたちだよ」

「スピカにゃんたち? あっ」

「わかった?」

 ボクの出したヒントで、音緒はハッとした顔をする。


「陰界、妖界、冥界、冥府……」

「正解。この世界には八十禍津神が潜んでいるらしいんだ」

 大禍津含む禍津神は、黄泉の国へ渡ったイザナギの禊の結果生まれたという逸話がある。

 つまり陰の世界、悪鬼たちの世界、冥府の気を孕んでいることになる。


「悪魔たちなどを対象とした結果、それとはまったく違う世界の汚染には対応することができなかったんだ」

 魔界や地獄などは神であっても立ち入ることは可能だし、神は神性を保ったまま存在することができる。

 でも、冥府は違う。

 黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)を通ることで行くことができる黄泉の国は、神であっても神性を保ったままでいることはできない。

 神も汚染され、冥府の神または悪鬼として陰の世界で生きることになるのだ。


 妖種や禍津神たちは陰の気に対してある程度の耐性がある。

 それゆえ、ボクたちは陰の気の汚染に立ち向かうことができるのだ。


「にゃるほど。神様も盲点だったってわけだにゃ」

「正確には陰の世界という概念がない世界やそういった神にはわからないことなんだよ。高天原では有名なお話なわけだしね」

 もしこの世界の神が高天原の神であったなら、ここまで汚染は広がらなかっただろう。

 つまり、最初から対応できない神が対応できない汚染に対して対応しようとしていたからこそ起きた悲劇だったのだ。


 実際、ボクも陰陽師見習いになるまではわからなかった。

 でも、だからといって陰陽師たちだけで解決できるのかといえばそんなわけはない。

 魔術師や神官など、色々な術者がいて初めて問題を解決できるのだ。


「汚染を解消するには要塞の力が必要。そしてその要塞に注ぐ力は陰の気を払う浄化の力が必要ってわけだよ。要塞があれば浄化できるって言われてるけど、実際には要塞のアーティファクトか聖遺物かはわからないけど、そういったものが広範囲に浄化の力を広げるってわけだよ」

 要塞を解放すると、要塞が司る各ゲームシステムの機能を利用できるようになると同時に、浄化の力を広範囲に広げることによって清浄なる地を取り戻すことができるようになる。

 

「そういえば、絆の要塞方面の汚染地帯に冒険者たちが進出したって聞いたにゃ。一時的に浄化することができるアイテムを持つことによって、時間限定だけど外部へと進出することができるようになるらしいにゃ。これからはどんどん実力者や攻略担当者たちが進出していきそうだにゃ~」

「それはそれで助かるよね。ボクたちと違って一番を目指すのが好きだったり、誰も知らない場所を見つけたがる人たちだから、情報がたくさん集まるんだよね。そういった人たちの集めた情報がないと怖くて外いけないよ」

 先行者、トッププレイヤー、そして攻略組といった人たちはどんなゲームにも存在している。

 たまにすごくゲームが上手い人で現実を捨ててプレイしていないのに強い人たちがいたりする。

 でも、そういう人は少数で、大半の人は現実を半分捨て置いた状態で攻略にいそしむのだ。


「さすがにボクには真似できないけど、美味しいところはうまい具合にもっていけたらな~なんてことは考えてるよ?」

 怒られるかもしれないけど、ボクは結構ずるいのだ。

 狐だからかもしれないけどね?


「私もそうだにゃ~。アイドルやりつつトップに食い込めるくらいいい感じにやりたいにゃ~」

「姫プレイとかはだめだよ?」

「スピカにゃんが私をどういう眼で見ているのか、よ~くわかったにゃ」

「あはは」

 貢がせたりする行為には断固反対です。

 音緒のことはしっかり見張っておかなくちゃ。

 ボクは友達として、音緒を間違った道に進ませないようにしておこうと心に誓ったのだった。


「それにしても、陰陽符で浄化? 不思議なものだにゃ~」

 ボクの浄化作業を見ていた音緒がそんな言葉を口にした。

 陰陽符での浄化とはいうものの、妖力や霊力を使用した【陰陽反転】というスキルを使っている。

 やり方としては、五行属性を設置して五芒を描き、その真ん中に陰陽符を設置する。

 そして『【陰陽反転】』と唱えることでその地点が浄化される。

 ただし、反転した際にゴミとして陰の力の残滓が黒い勾玉として排出されるため、これを処理する必要がある。

 あまり溜まりすぎるとよくないようなので、処理方法を確認しないといけないかな?


「あっ音緒、マタンガの集落に戻ったら外の世界に旅立とうと思ってるんだけどいいかな?」

「うにゃ? もう行くのかにゃ?」

「うん、興味もあるし、もしかしたら無事な村もあるかもしれないじゃない? せっかく力がついてきたんだし、いつまでも行かないなんておかしいじゃん?」

「まぁいいにゃ。私もついていくから一緒に行くにゃ」

 浄化の途中ではあるけど、今後の方針を決めておくのは大事だと思う。

 外の世界はもっと汚染されているけど、今なら多少は安全に行けるんじゃないかと思っている。

 なら、行くなら今しかないよね?


「楽しみだにゃ~。他のみんなも呼び集めないとだにゃ。メッセージは出しておくから日にちだけ決めようにゃ」

 音緒は率先して予定を決めてくれるようなので、ボクたちの都合のいい時期に出発しようと思う。

 この先何があるかはわからないけど、冒険はまだ始まったばかりだし、たくさんのことを経験して行かないとね!

 

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