陰陽師見習いへの転職

 散々銀行とお金の話題で盛り上がった後、アニスさんと別れて転職クエストの報告に向かうことにした。

 お供は猫又の音緒ただ一人だ。


「武蔵国といえば和風で有名にゃ。美味しい焼き魚があるといいんだけどにゃ~」

 そんなことを言いながらのんきに前を歩く音緒の尻尾は、ピンと垂直に立ってゆらゆら揺れたり、大きくゆっくり振るように動いていた。

 どうやら機嫌がいいようだ。


「にゃふふ~。楽しみだにゃ~。まぁ焼き魚が無くても干し魚でも可だけどにゃん」

「弁慶さんお魚好きっぽいから、もしかしたら御馳走してくれるかもしれないね。あっ、そうだ音緒、後でステータス見せてよ」

「私のなんて見ても面白いことはないにゃ。でもどうしてもって言うならあとで見せてあげるにゃ。まずはスピカにゃんの転職と焼き魚が先にゃ」

「あ、うん。ボクの転職と焼き魚は同じレベルなのね」

「実を言うと焼き魚の方がちょっと上にゃ」

「…………」

 音緒の一言に、ボクはちょっとだけ傷ついた。



*****************



 音緒と話しながら歩いていると、東門の方面にある和風建築の建物に辿りついた。

 武蔵国風って言い難いし、和風って言いたいけどそれもどうかと思うので、武蔵風もしくは武風と呼ぶべきかな?

 なんてくだらないことを門前で考えていると、見知った顔の武士が出てきた。


「やや、これはスピカ殿。そちらの猫耳が可愛らしい美少女はどなたであるか?」

「わわ、顔大きい」

「音緒、失礼だよ? 身体的特徴を指摘しないの。ごめんなさい、左門さん。こっちの子は友達の音緒って言います。猫又です」

「猫獣人ってことにしてほしいにゃ。猫又っていうとびっくりしちゃう人多くて困るんだにゃ」

「おぉ、猫又であるか。武蔵国ではたまに見かけるのでよく知っておりますぞ。拙者、猫好きでありましてな」

 いつになく上機嫌な左門さん。

 そうとう猫がお好きなようで、ちらちら音緒を見ている。

 それとも、音緒みたいな子が好きなのかな?


「左門さんって言うのかにゃ? 音緒は音緒にゃ。地下アイドルやってるにゃ! スピカにゃんとは友達でありライバルでありともに頂点を目指すアイドルの運命共同体でもあるにゃ」

「おぉ? アイドルであるか! ところで、アイドルとはなんであるかな?」

「アイドルというのはにゃ~」

「ねぇ、ボクそんなものになるって言った覚えないんだけど? というかボクは転職に来たんだから、宮司さんの所にさっさと行くよ!」

「宮司殿でありましたら、社前におるゆえ向かうがよかろう」

「ありがとうございます、左門さん」

「ありがとうにゃん」

 左門さんと挨拶して別れ、ボクたちは敷地内の社へと向かった。

 しかし、どうして音緒はアイドルになりたいんだろう?


「あの顔の大きい人はなかなか面白いにゃ。ああいう人が固定のファンになってくれるんだにゃ。ファンは大事にするにゃ」

 どうやら音緒は、左門さんをファンとして認識したようだ。


「おぉ、これはスピカ殿。百体討伐はいかがですか? 終わっていましたらお渡しした勾玉をお渡しください」

 宮司さんが求めているのは試験開始時に渡されていた翡翠の勾玉のことだ。

 ボクはインベントリから翡翠の勾玉を取り出して宮司さんに手渡した。


「百の魂を吸収し、勾玉に力がみなぎっていますね。これなら問題ないでしょう。陰陽師とは古くは天文や地相を見ては吉凶を占ったりするの職業でした。しかし、道術を学び魔術を学んでいくうちに、陰陽寮は独自の術を生み出すことに成功しました。それが陰陽術です。精霊や神、そして妖種などを使役したり調伏(ちょうぶく)することができる陰陽術は、やがて魔術や妖術のように、攻撃術の一種に数えられるようになりました。その見習いとしてこれから陰陽術を習っていく貴女には、今までとは違う世界が見えることでしょう。それは別の世界であったり死の世界であったりもします。恐れずに研鑽していってください」

 宮司さんはボクにそう話すと、翡翠の勾玉を返してくれた。

 宮司さんの手からボクの手に翡翠の勾玉が渡った時、淡い光を発し崩れていく。


「わわっ、これ大丈夫なんですか!?」

「不思議な光景にゃ。きれいだけど少し怖い気もするにゃ」

「安心してください。今その魂は貴女の力になったのです。神々と共に歩み、百の魂を手に入れた貴女は魂を調伏し鎮撫することができるようになりました」

 淡い光と共に崩れ去った翡翠の勾玉の粉は、ボクの周囲を回った後、ボクの体に入り込んできた。


「不思議な気分です。胸のあたりがほんのり温かい……」

 それはとても不思議な出来事だった。

 翡翠の勾玉の粉がボクの体にぶつかりしみいるように消えた後、胸の内側にほんのりと温かいなにかが生まれたのだ。

 それと同時に、ボクの見ている景色が一変する。


「街に、歪が見えます」

 メルヴェイユの街の空などに黒い歪のようなものが見え始めたのだ。

 それは幽鬼のようにゆらゆらと揺らめき、まるで黒い陽炎のようだった。


「妖種ということもあり、適性は抜群だったようですね。今貴女が見ている光景こそ、この世界の真実なのです」

 社の付近は明るく輝いており、武蔵屋敷周辺の敷地もうっすらと光っている。

 そしてその外側、つまり武蔵屋敷以外の場所はややくすんだ色合いをしているのだ。

 これってまずいことかもしれない。


「街が、汚染されています」

 女神メルヴェイユの加護によって守られていたはずの街が、所々黒くくすんでいたのだ。


「慌てることはありません。それは穢れというものです。陰陽師見習いとしての初仕事を依頼します。街を回り穢れを浄化してください。穢れの中から幽鬼が生まれることもあるでしょうが、符術と同じ要領で陰陽符が生み出せるはずです。それを使い浄化と調伏を行ってください」

 いつになく真剣な宮司さんの声に、ボクは少し緊張してしまう。


「なんでしょうか、街に蔓延る穢れの気配の一部を誰かが浄化しています」

 まるでレーダーになったようだった。

 全体を包み込む生暖かいような不快な気配の中に少しずつだが清浄な場所が生み出されていくのだ。


「先に転職された陰陽師見習いの方ですね。適性はそれぞれですが、すでに浄化を行ってもらっています。この穢れは人の住む場所であれば必ず生まれてしまいます。定期的に浄化が必要なのです」

 そう話を聞いているうちに、また一つ清浄なる場所が生み出されていく。

 今までは気が付くことの出来なかった異常な気配。

 まとわりつくような穢れの気配。

 これが術師としての陰陽師の世界なのか……。


「穢れの元は陰界です。この陽界とは表裏一体です。切り離すことはできません。それでは頼みましたよ」

 にっこりと微笑んだ宮司さんに、ボクはペコりとお辞儀をする。

 そして浄化された武蔵屋敷を出て穢れにまみれた街に行くのだった。

 

「スピカにゃん、そんなに緊張した顔してどうしたのかにゃ? 大丈夫かにゃ?」

 心配そうに音緒が覗きこんでくる。

 初めて見る光景に、ボクは緊張しすぎているのかもしれない。


「ごめんね。そしてありがとう、音緒。おかしいよね? 転職しただけなのに世界が変わっちゃったんだから」

 浄化されていない穢れに満ちた街が、今のボクにはとても怖かった。

 放っておけば自分すらも穢れにまみれてしまうんじゃないかと思ってしまうほどに。


「私には見えないからわからないけどにゃ。でも、スピカにゃんが安心できないなら安心できるようになるまで付き合うにゃ。さくっと浄化するにゃ!」

 そして、ボクたちは穢れの浄化に乗り出すのだった。

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