天狐の歴史

 ぬらりひょんさんに連れられ、店の奥の倉庫までやってきたボクたちは、そこで新しい尻尾用ケア用品を見せてもらっていた。

 なんと、尻尾の毛が痛むことを防止してくれる上に、日焼けによる色の変化などを抑えてくれるというものらしい。

 髪の毛なども日焼けすると茶色かかったりすることがあるように、青銀色の尻尾の毛も日焼けによって色が変化してしまうのだ。

 これは画期的な商品だと思うよ!


「はぁ~。すごいですね。これ売れるでしょ? 烏はどうかわからないけど、猫又や狗賓には売れると思います!!」

 人狼とかもいるけど、人狼ってそもそも毛が硬いからボクは好きではない。

 狗賓は名前を出しはしたものの、まだ会ったことはないので今度会ってみたいなと思っているけどね。

 毛並みが美しい種なら大歓迎です。

 代金を払い新商品を購入しておく。


「詠春に聞いてはいたが、やっぱりお前さんたちは毛並み狂いじゃのぅ。いっそ尻尾コンテストでもやったらどうじゃ?」

「それいいですね!!」

 自慢の尻尾を見せて採点してもらうというのはありかもしれない。

 ふふん、そうしたらボクの尻尾が一番になるのは間違いないね!


「変わったものがたくさんあるんですね。私は妖種じゃないからどう使うのかよくわからないものが多いですけど」

「まぁ確かに、お前さんは妖種ではない。ただ神族であるのでわしらと無関係でもない。大体何でこの世界に神族がひっそりと紛れ込んでおるんじゃ」

「お母さんは『見た目変わらないし、問題ないわよね?』とか言ってましたけど」

「そういう問題ではないと思うのじゃが……。はぁ、まぁいい。それと昴」

「はい?」

 軽くぬらりひょんさんと話したミナは、商品を手にとっては難しい顔をして悩んでいる。

 珍しいものが多いことは確かだけど、正直ボクにだって何に使うのかわからないものが多いんだよね。

 ぬらりひょんさんはなんだかんだ言いつつも教えてくれるのであとで聞いてみるつもりではいるけど。


「まだこっちにこられないココノツに頼まれていたことなんじゃが、天狐種の歴史には興味ないか? まぁ面白い歴史ではないんじゃが……」

「う~ん……。正直過去のことは興味ないんですけど、お婆ちゃんが言うってことは必要なことなんですよね?」

「まぁそうじゃな。一冊の本を貸してやるから読んでみるといい。もっと詳しいことを知りたいときまた来るといい」

 そう言うと、ボクに一冊の古めかしい本を手渡してきた。

 タイトルは『天狐の歴史』だ。


「お姉ちゃん、その本なに?」

「さぁ? あとで簡単にまとめて教えるよ」

「うん、楽しみにしてるね」

「ほれ、もう今日は帰れ。わしも忙しいんじゃ」

「わわ、ちょっと押さないでよ」

「あはは、ありがとうございました」

 ぬらりひょんさんは、本について話すボクとミナを雑に追い払うと、ふらりとどこかに行ってしまった。

 

「とりあえず帰ろうか?」

「うん」

 ボクとミナは手を繋いで家へと帰った。



**************



「はぁ、やっぱり歩くと疲れるね。暑いし」

 靴下を脱ぎショートパンツ脱いでベッドの上にだいぶする。

 ぼすんという音と共に、お腹に軽い衝撃が走る。


「ベッドダイブって思ったより苦しいよね……」

 上はTシャツのまま、下は下着丸出しの格好だけど、自分の部屋の中なので問題ない。

 クーラーが良い感じに効き始めてきたころ、そっと本を手に取り読むことにした。


 本の内容の一部はこうだった。

 とあるところに、妖種の中でも人間と獣の合いの子のような容姿をした種族が住む隠れ里があった。

 見目麗しい者が多いという噂のその隠れ里を、当時の豪族や貴族たちは血眼になって探した。

 とある貴族の配下の武士が隠れ里を発見、噂通り、獣のような特徴を持った見目麗しい者たちが多く武士は大変喜んだそうだ。

 そして一人でも連れ帰ろうと手を出した矢先、その者たちは超常の力を持って武士を撃退する。

 未知の力に恐れをなした武士は、すぐさま都へと逃げ帰り、主である貴族にこのことを伝えた。

 そして、貴族は下級貴族による武士団を準備し再びその隠れ里へと向かう。


 無体な真似をしようとする人間を警戒した隠れ里の者たちは、空には烏のような羽根を持った者たちが飛び交いながら警戒し、鬼のような角を持った者たちが里の入り口を守った。

 そして狐のような特徴をもった者たちが指揮し、里を厳重に守っていた。


 当然、武士たちと隠れ里の者たちは激しく争う。

 幾度戦っても、どうやっても勝つことができない武士たちは都の占術師を頼った。

 占術師は山の裏手から里に忍び込み、一番大きな社へと向かうといいと武士たちに助言をした。


 占術師の占い通りに、山の裏手から里へと向かう武士たちは、幾度も烏のような羽根を持つ者たちの襲撃に遭う。

 仲間が倒れていく中、なんとか里で一番大きな社へとたどり着いた武士は、その扉を開け絶句した。

 社の扉の先には、数人の狐のような特徴をもった儚げで美麗な少女たちがいた。

 男女どちらにも見えるその美麗な者たちの一人を武士は捕まえると、そこから一目散に逃げ出した。

 抵抗はすれどもさしたる力もないその者を盾に武士は逃げ続け、ようやく里から離れることに成功した。

 追撃があるかと思ったものの、不思議なことに里からの追撃はなかった。

 しばらくして空から烏のような羽根を持つ者がやってきたので、死を覚悟し、戦うことを決めた。

 しかし不思議なことに、その烏のような羽根を持つ者は攻撃してこず、ただこう忠告するのだった。


「天狐様を盗み出した咎人(とがにん)よ、心して聞け。大天狐様の意思により、一時的に天狐様を其方に預ける。大天狐様は仰った。腹立たしいことこの上ないが、出し抜き盗み出したことは称賛に値すると。よって一時的に預けることにすると。ただし、数えで十四になるまでは手を出してはならぬ。そして無体に扱わず大切に扱い育てるように。でなければ大いなる禍が襲うであろう」

 それを聞いた武士は恐怖したが、同時に疑問があったため、その者に質問をした。

 この子は男女どちらなのかと。

 するとその者はこう答えるのだった。


「天狐様は純粋なる存在。ゆえにどちらでもありどちらでもない。其方が育てる方針がそのままその子の性別の変化に繋がる」

 武士はその者と別れ、都へと帰る。

 武士団は壊滅し、たった一人だけ生き残ったその武士を上役の貴族は罵った。

 武士は成果を正しく報告せず、何も手に入らなかったという虚偽の報告をし、連れ帰った子供を隠して叱責を受け続けた。 

 しばらくして、その下級貴族である武士の元ですくすくと育った天狐様と呼ばれた狐のような特徴をもった者は、誰もが息をのむ美女へと成長した。

 美しい女性へと成長したその者は、武士にこう言った。


「最初にさらわれた時は、恐怖しかありませんでしたが、今では感謝しています。貴方は私をどうしたいのですか? 妻とするのか、それともほかの者に捧げたいのか、私に教えてください」

 そう言われ、武士は悩んだ。

 結果、武士は天狐様と呼ばれた女性に任せることにした。

 そうして二人は、女性の意思で結ばれることになった。

 ある者は嫉妬し、ある者は祝福した。


 ある時上級貴族の者が、武士の妻となった女性を渡せと言ってきた。

 武士は上級貴族の者の圧力に屈し、自身で捕まえねば手に入らないことを教え、隠れ里の場所を教えてしまう。

 なんとか妻だけを守ることはできたものの、里を危険にさらしたといことで、武士は妻に厳しく叱責されてしまう。


「貴方の行った行為は里を危険にさらすだけでなく、都をも危険にさらします。私たち天狐はほかの者と比べれば数えで十四まではさしたる力も持ちません。ですが、十四から先は別です。無体に扱われれば恐ろしい報復が待っているでしょう。出し抜き攫えば抵抗することも困難な私たちですが、同時に恐ろしいものを抱え込むということを忘れてはなりません」

 妻の言葉に武士は恐ろしくなる。

 同時に、自分の選択は正しく運が良かったのだと思った。


 しばらくして、一人の天狐を手に入れた上級貴族は、烏のような羽根を持つ者に同じように忠告を受けたが、その忠告を無視し無体に扱った。

 それからしばらくの間は平穏な時期が続いたが、ある時、天狐を手に入れた上級貴族の屋敷から火の手が上がった。

 同時に恐ろしいほどの圧力が辺りを覆い、まともに動けるものがほとんどいなくなった。

 ある者はその恐ろしさから必死に逃げ出し、ある者は勇気を振り絞って戦うも一撃のもとに殺されてしまった。


 武士も腹を決め戦いに臨んだ。

 自身が相対した相手、それは妻のような特徴を持つ狂気の笑みを浮かべた天狐だった。

 同時に、「無体に扱われれば恐ろしい報復が待っているでしょう」という妻の言葉を思い出した武士は、自分が本当に運が良かっただけなのだと思い知らされた。


 武士は必死で戦うも、力及ばず地面に倒れ伏す。

 いよいよ最期と思ったその時、自分が誰かに守られたことに気がついた。

 それは、夫である武士を守るべく駆けつけた妻だった。

 

 妻と悪鬼のようになった天狐は激しく戦い、ぶつかり合う。

 都は火の海に包まれ、一部は更地のようになる。

 多数の者たちが死にゆくその場所で、武士だけが生き残っていた。

 妻は天狐と戦いながらも、夫である武士だけは守っていたのだ。


 やがて妻は天狐を討ち果たす。

 だが同時に、妻も生き続けることが困難なほどの致命傷を負ってしまう。

 武士は激しく後悔した。

 自分が圧力に屈し、上級貴族の者に里のことを教えねばよかったのだと。

 しばらくして、妻は息を引き取る。

 妻は最後まで武士を案じ、愛を囁いていた。

 

 それ以降、武士は隠れ里を守ることを決め、都と隠れ里の橋渡しをすることにした。

 偶然手に入れた幸運だったが、最後は自身の過失のためにその幸運を失った。


「はぁ。なんかすごい話だなぁ」

 とある武士の天狐との話が書かれた文を読み、ボクはそんな感想を漏らした。

 他にもいろいろな事例があるようで、本には様々な人間と天狐の関わりが描かれている。


「扱いを間違えれば都すら滅ぼすとか、怖すぎでしょ」

 ボクはちょっと恐ろしくなり、本を閉じてクーラーの効いた部屋で布団をかぶりながらビクビクと震えていた。

 天狐マジ怖い……!! 

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