ぬら総合雑貨店
「うぅ、不安だ……」
おそらくきっとフィルさんによって抱き枕にされていることだろう。
そういえば、フィルさんって結構最初から好意的だった気がするけど、なんでだろう?
無口でとっつきにくそうなエルフの少女のフィルさんと出会ったのは、マーサさんのお店だった。
ちょうどクエストの関係でお手伝いに行くことがあり、その時に偶然出会ったのだ。
「結構変わった人だと思ったんだよね。実際変わってたけど。他人について興味なさげで、顔を合わせようとすらしなかったし」
おそらく人見知りだったのだろう。
「ふぁ~ぁ。考え事してたら眠くなってきたよ……」
ボクの瞼はだんだんと下がっていき、意識は途切れ途切れになっていく。
ふっと意識が飛び、はっと目覚めると五分先の未来にいたりするのだ。
ボクはいつの間に時間移動を覚えたんだろうか。
「んゃ~~! 寝るかぁ……」
軽く伸びをして眠気を飛ばし、頑張ってベッドまで歩いていく。
そしてそのままぽすんとベッドに倒れ込み、そのままもぞもぞと動いて位置を調整する。
いい位置を見つけたところで、軽くタオルケットを掛けておき、尻尾をバサバサと動かして股の間を通してお腹の前まで持って行く。
そして尻尾の先端を抱きしめながら電気を消して微睡んでいく。
ふぁ~ぁ。
おやすみなさ~い。
**************
ふと目が覚めると、すでに朝日が差し込んできていた。
狐は夜行性ではあるけど、妖狐は別に夜行性というわけではない。
ただ、月天狐の場合は夜に行動すると、いつもより大胆になるようだ。
夜の戦闘時には目が赤くなり好戦的になる。
日中だとそんなことはないんだけどね。
ある意味興奮状態というか酩酊状態というか、ふわふわしたような気分になるのだ。
とはいえ、子供のボクはある程度動くとやはり夜は眠くなってしまうので自然と寝てしまう。
その辺りは野生の狐とは大きくかけ離れている。
やっぱり、見た目と同じで人間のような生活サイクルを送る方が無難なのかもしれない。
進化というか変化の時点で、何か大きなことがあったのかもしれない。
「夜行性じゃない狐って狐って言って良いの? 私は納得しないよ?」
「はぁ……」
朝、すぐにやってきたのは妹のミナだ。
朝から元気で活動的な妹は、やってくるなりなぜ妖狐は夜行性じゃないの? という悩ましい質問を投げかけて来た。
「じゃあさ、夜に活動的になった方がいいの?」
ボクがそう聞くと、ミナは首を横に振る。
「うるさくて眠れなくなるから却下。そもそも妖怪って夜の世界の住人でしょ?」
ミナの妖怪像はどうなっているのだろうか。
「たしかに、夜に活動的になる妖怪は多いよ? でも別に日中でも活動できないわけじゃないし、それに人に混じり始めてからは、だんだんと主な活動時間が日中へとずれていったって聞くよ」
夜の世界には夜にしか活動できない妖怪がいて、色々な仕事に従事している。
どちらでも活動できる妖怪は、特別な理由がなければ日中に活動することで夜専門の妖怪に仕事を譲っているのだ。
妖怪の世界にも侵食していく資本主義の恐ろしさよ。
「へぇ~。ところで、今日はあのお店に行くんでしょ? 妖種用のケア用品を置いているお店」
「あぁ、うん。文句は言われるけどあそこしか売ってないからねぇ。お昼前には帰れるようにそろそろ行こうか」
今日は遅い夏の海に行くために尻尾と耳用のケア用品を買いに行くことになっている。
なので、少しゲームは後回しになる。
「はい、そろそろお姉ちゃんも自分で似合う服買えるようにならなきゃね? ばんざ~いして」
「ねぇ、ボク自分で服着られるんだけど?」
「ん~? 聞こえないな~。はい、ばんざ~い」
ミナはまるで義務と言わんばかりに、ボクの着替えを手伝おうとしてくる。
自分で着替えられるから! と言ってもなかったことにされるのだ。
健康な姉なのに、なぜ介護レベルでお世話されているのか……。
「そんな顔してもだめで~す。これは私の楽しみなんで~す」
「楽しみとか言いつつ、ボクを着せ替え人形にするなー!!」
残念、ボクは抵抗も空しく、いつも通り丸裸にされた上で着せ替え人形にされるのだった。
**************
「姉とはなんなんだろう」
きっとこの光景を見た人は、こいつ大丈夫か? って思うかもしれない。
わかってるんだ、でもね。
にこやかな笑顔で服と下着を手に持って、じりじりと迫ってくる妹に、ボクが勝てると思わないでほしいんだ。
「もう、脱がされるのは慣れたでしょ? 性別決まってからずっとやってあげてるんだから」
「強制的に脱がされた覚えしかないんですけど?」
さも当然と言わんばかりに、そう言い切るミナに、ボクはせめてもの抵抗として抗議した。
もうね、着方も分かったんだよ。
だからいつでも着替えられるんだ。
「お姉ちゃん」
寂しそうな声でミナが呼びかけてくる。
「どうしたの?」
急に寂しそうな声を出す妹に、ボクは気になり問いかけた。
「お姉ちゃんが、好きな男の子が出来てその人と付き合うことになったり結婚することになったりしたら、もう大好きなお姉ちゃんを着せ替えてあげることができなくなるんだよ? それまでしかできないの……」
「ミナ……」
そうか、そうだよね。
ボクに変化が訪れたら、ミナと別離しなければいけないんだよね。
姉なのに、妹の気持ちを汲んであげられないなんて最低だよ。
「ご、ごめんね。ミナがそんなことを考えてるなんて思わなくて……」
暑い夏の日差しの下、ミナは不意に立ち止まり潤んだ瞳でボクを見つめてくる。
そうだよね、姉としてはできるだけ妹の気持ちに応えてあげないと……。
「だから、着せ替えさせてほしいの……」
「うん、わかったよ。ちょっと困るけど、我慢するよ」
「ほんと!? お姉ちゃん大好き! 愛してる!!」
感極まったミナがボクに抱き着いてくる。
そして嬉しそうに、ボクの胸元に顔を擦りつけて甘えている。
ちょっとは姉らしいことができたかな?
「計画通り」
「ほえ?」
今何か、ボソッと聞こえたような?
「ううん、何でもない。いこ、お姉ちゃん」
「うん、早く行かないと焼け死んじゃうしね」
なぜか満面の笑みでボクの手を引くミナ。
一体どうしたんだろう? そんなに焦らなくてもいいのに。
結局のところ、ボクの疑問は解決されることはなかった。
「ふふん。お姉ちゃんもお兄ちゃんも大好きだから仕方ないよね。ちょっとくらい嘘ついて独占してもいいよね?」
「うん? 何か言った?」
「うん、楽しみだね~って」
「海、苦手なんだけどなぁ」
ケア用品を買ったら、いよいよ海に行かなければいけなくなる。
ボクの耳と尻尾は無事で済むんだろうか……。
そうこうしているうちに、目的のお店に辿りついた。
『ぬら総合雑貨店』という看板が掲げられている、大きなお店だ。
妖種用ケア用品から輸入物、滅多に見ない珍品に妖精郷産の品物など、色々なものを取り扱っている。
ちなみに、妖種用の服もここに売っているけど、普段使いには向いていないため、普段使い用は街のショッピングセンターなどで購入するようにしている。
「いらっしゃいませ」
機械音声が客の入店を知らせる。
すると、近くをうろついていた落ち着きのない店主がボクを見て顔をしかめる。
「なんじゃ、お前らか。わしは忙しいんだから冷やかしなら他所の店に行け」
「なんで大きな店なのに入り口付近をうろついてるんですか? ぬらりひょんのおじいさん」
ボクを見て顔をしかめたのは、妖種の御意見番ことぬらりひょんだ。
「自分の店なんだからどこにいてもいいじゃろうに。わしはお前さんを待っていたわけじゃないんじゃぞ!」
ちなみにお父さんの連絡で品物を事前に準備してもらっているので、ぬらりひょんさんはそれを知っているはずだ。
「今日は人が少ないですね。朝なのに」
「朝だから少ないんじゃろうが。まったく、ココノツといい、詠春といい、お前さんといい、毎度毎度おちょくりおって」
ちなみにぬらりひょんさんはそう言うが、おちょくりまくったのはお婆ちゃんだったらしい。
それ以来、ボクたち一族に苦手意識があり、会う度に文句を言われるという始末だ。
「ほれ、必要なものは用意しておいたから奥へ行くぞ。まったく」
「あはは、わかりました」
「いつ見ても素直じゃないんだから。ぬらりひょんさんは」
ボクは苦笑しながらついていき、ミナは溜息一つ吐いて素直じゃないと言いながらついていく。
これはボクたちの日常のよくある光景だった。
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