最下層のハイゴブリン

 突如現れた大きな部屋と降りる階段。

 さすがに突然の変化には驚きが隠せない。

 正直に言えば、不気味だと感じた。


「不思議なものね、ダンジョンというものは。まるで生きているようね」

 大禍津が警戒しながら階段を確認している。

 ボクはボクで罠がないかのチェックを行う。


「せめて、通路の先に~とかならわかるんだけど……。通路が消えちゃったのには驚いたよ」

 通路は確かにあったのだ。

 その証拠に、目印の置物がそのまま残っている。


「置物はそのままということは、部屋自体が動かずに変化したということね。もしくは幻影を見ていたのかもしれないわね」

 大禍津は冷静に状況を確認していく。

 そして問題がないとわかると、「大丈夫そうだから行きましょう」と言って、ボクの手を取って階段を降りていく。


「ごめんね、大禍津。なんだか確認に行かせちゃってさ」

 階段の途中で謝るボクに一瞬視線を向けてきた大禍津は溜息一つ吐いて言った。


「私であれば問題ないのだから気にしなくてもいいのだけれど。別にこれくらい大丈夫よ」

 なんだかんだで大禍津には色々助けてもらっている。

 お触りされたり変な視線向けられるのは苦手だけど、頼りになる神様かもしれないとは思っている。

 性癖については信頼できないけど、冒険と知識については信頼しているといってもいいと思う。


「変な顔してないで、さっさとクリアするわよ。貴女の現実ではそこまで時間が経っていなくても、ここではだいぶ時間が経過しているのだから、もう少し考えて動かないといけないわよ」

「うん、そうだね」

「もう次の階層ね。見えてきたわよ」

 大禍津の言葉通り、階段の終わりが近づいている。

 次の階はどうなっているんだろう。


「わっ」

 階段を降り切って、部屋の入り口を見る。

 するとそこには、大きなきれいな湖と白い石材で建てられた神殿のような建物が存在していた。


「ゴブリンアーミー残党拠点という名前には似つかわしくないきれいな場所だよね」

 白い石材で建てられた神殿のような建物、古代ギリシャ風のその建物の中には、青白い水晶が鎮座しているのが見えていた。

 あの水晶は何なんだろう?


「ねぇ、大禍津。あの水晶なんだけど、あれって何かな?」

「世界が違うと祀っているものも変わるわ。だから私には分からないけれど、大事なものじゃないのかしら」

 ここに到達するまでに倒したゴブリンアーミーの数は百体ちょうどだった。

 正直、二層目で迷いまくったせいでこれくらいスコアが伸びたともいえる。

 ボクのアイテムはだいぶ減ってしまったけどね……。


「それにしても、結構やるのね? 狐の子。正直そんなに倒せるとは思わなかったわ」

 ここに来て大禍津からお褒めの言葉を頂いた。

 結構しんどかったけど、レベル20になってからは攻撃力も上がっているし体力も上がっているのでもっと強い敵が出ない限りはもう少し戦えるくらいの余裕は残っていた。

 妖力は妖力丸で回復できるし、体力はポーションで回復できる。

 通常魔術で戦うなら、魔力ポーションも結構必要だったろうけど、生憎とボクのスキルは妖力を使うものが多いので出番はほとんどなかった。

 

「妖力ばかりで戦うなら魔力要らないじゃない。少しは魔力を使うものも覚えなさい」

「あはは……。魔力を使って戦う魔術はアーク兄やリーンさんがすでに持ってるから覚える必要はないかな~って思って。初級とかは覚えられるし覚えてみようかなぁ……。でも、錬金術に魔力必要だから要らない子ってわけじゃないんだよね」

 錬金術には『通常錬金』と『魔力錬金』の二種類が存在している。

『通常錬金』もやりたいけど、一番やりたいのは『魔力錬金』のほうだ。

『魔力錬金』は通常では作り出せない特殊な金属や素材を作り出すことができる一つ上の錬金術だ。

 まぁ、やりたくてもまだまだ覚えることができないんだけどね。


「であれば、しっかり錬金術もやるしかないわね。さて、そろそろあの建物に向かいましょう」

「そうだよね。あの水晶も気になるし」

 ボクたちは神殿風の建物に向かって伸びる一本道を歩いていく。

 近づいていくとよくわかるけど、 この建物、パルテノン神殿にとても良く似ている。

 やっぱり神殿じゃないのかなぁ?


「中には特に部屋はなさそうね」

「台座に鎮座した青白い水晶が一つあるだけだね。ということは、あの水晶で何かしなきゃいけないのかな」

 大きなその神殿は、内部には支えとなる柱以外特に何も存在していなかった。

 小部屋もなければ宝箱もない、その上神殿ならありそうな書見台も存在しない。

 ただ台座に鎮座している青白い水晶が回転しているだけだった。


「この水晶は何なんだろう? 気になる」

「うかつに触るなとは言いたいけど、触る以外他に何かできることもなさそうね」

「そうみたい。よしっ、いくよ」

 ボクは水晶にそっと手を触れる。

 すると、水晶は突然強い青白い光を放出し始めた。

 ボクは思わず目を閉じる。

 そして次に目を開いた時、そこには大理石のような壁に囲まれた広い部屋があった。


「突然消えるから驚いたわ。どうやら転送装置だったようね」

 すぐ後ろから大禍津の声が聞こえた。

 どうやら彼女もボクを追ってきたようだ。


「玉座っぽいところに誰か座ってる……」

 ボクたちの目の前には金色の椅子に座った大柄なゴブリンがいたのだ。

 もしかして、これがボス?


「人間……? いや、違うものか。ぬしらはどうやってここまで来た」

 金色の椅子、それはまるで玉座のようだった。

 その玉座に座っていた大柄なゴブリンは、ボクたちの方を見ると、そう問いかけてきた。


「神殿の青白い水晶に触れて、気が付いたらここにいました」

「神殿? あぁ、メルヴェイユ様の残した待避所か。理解した。わしは、ゴブリン種族の一氏族束ねるハイゴブリンだ。ハイゴブリンジェネラルと言われることもあるな」

「ハイゴブリンジェネラル? ハイゴブリンたちの上位存在ってこと?」

 ハイゴブリンについては一度戦っているので知っていたけど、ハイゴブリンジェネラルは初めて出会った。

 ゴブリン種は上位存在になればなるほど知能が高くなり、文明的であるようだ。

 言葉も流暢に話せるので、意思の疎通も可能なようだった。


「そうだ。ぬしらはここに何しに来た? 仲間を奪われ幽閉されたこの老いぼれでも倒して、名声を得ようと考えているのか?」

 そう言うと、ハイゴブリンジェネラルはゆっくりと立ち上がった。

 しかし、すぐに体勢を崩し、手に持った剣で膝をついたままの体を支えていた。


「待ってください。たしかにボクたちは、ゴブリンアーミーの残党を討伐しにここまで来ました。でも、貴方からは敵意を感じません」

 不思議なことに目の前の大きなハイゴブリンからは、敵意のようなものを一切感じなかった。


「であろうな。わしらの氏族は人間との交流があった。それゆえ、わしは人間を敵視してはおらぬ」

 ハイゴブリンジェネラルは膝をついたままそう話す。

 なぜ、彼はそんな話をボクたちにするのだろうか。


「ゴブリンの多くは人間たちを襲います。だから、ボクたちはゴブリンたちを倒してきました。その中にはハイゴブリンもいました。そんなボクたちは貴方から見たら敵では?」

「くはは、そうか。だが、盟約を破り人間を襲うハイゴブリンに慈悲を掛ける必要はないぞ。反対に盟約を守り人間を襲わぬハイゴブリンを襲えばわしは慈悲もなく殺すがな」

 にやりと笑いながらそう言い切るハイゴブリンジェネラル。

 どうやら、ボクたちと事を構えることはしないようだ。


「貴方は、幽閉されたと言っていました。どうしてここに囚われているのですか? 仲間は?」

「仲間……か。もはやおらぬよ」

 ゆっくりと立ち上がり、金色の玉座に座りなおすハイゴブリンジェネラル。

 そしてゆっくりと何が起きたのかを語り始めた。

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