転職試練・百体討伐編3

 ゴブリンアーミーを倒しては進み、曲がっては最初に戻る。

 階段を見つけては降りて、再び見た場所に戻ってくることを繰り返すこと、十回。

 ボクは未だに二層目を抜けることができていなかった。

 さらに言えば、宝箱の一つも見つからないのだ。


「もう! どうなってるんだよ~!!」

 ボクのストレスはかなりのものになっているようで、尻尾の毛艶が良くないことからも分かってしまう。


「心なしか貴女の尻尾も元気がなさそうよ? 狐の子」

 指摘されるまでもなく、違和感を感じているので分かってしまうのだ。

 このままでは、ボクの尻尾が大ダメージを食らってしまう……。


「む~……」

 ボクは入り口で立ち止まり、あたりを見まわしてみることにした。

 前方に見えるのは直線の通路のみ。

 その先を進めば、やはり十字路に辿りつく。

 そのままずっと進んでも、やがては階段に辿り着くけれど、そこを降りるとまたここに戻ってきてしまう。

 こういう時、何かヒントになるものを見つける必要があるんだよね……。


「そう言えば、洞窟で迷ったときは壁伝いに行くと良いと聞いたわ。どうかしら?」

「それだ!!」

 大禍津の意見を採用し、さっそく壁伝いに十字路を突き進む。

 十字路の壁に手を当ててそのまま進んでいく。

 そうすると、ほら見て! 階段があったよ!!


「さっすが大禍津だね! 伊達に神様やってないよ!!」

「貴女ねぇ……。ちょっとは疑いなさい?」

「兎にも角にもレッツゴー!!」

「もう、こらっ」

 ボクは大禍津の手を握りそのまま一緒に歩いて階段を降りていく。

 そしていよいよ見えてきた次の階!

 ほら見て! 目印に置いておいた置物がそこにあるよ!!


「ってちがうよ!? また戻って来たよ!?」

「あ~……。知ってたわ」

 がっくりとうなだれ崩れ落ちるボクと、ちらりと見えた呆れ顔の大禍津。

 なんでどうして、ボクの行く道は全部入り口に辿りつくんだよぉ……。


「まぁ、その、元気出しなさい? お稲荷さんあげるからね?」

「はむっ」

「ちょっと! 手で取りなさい! 私の手ごと食べないでちょうだい」

 どこから持ってきたのかわからないお稲荷さんを、ボクは大禍津の手ごと食す。

 ちょっとしょっぱい。


「ねぇ、ちょっとしょっぱかったよ?」

「私の手ごと食べて言うセリフがそれなのかしら? 一時的に肉体がある状態なのだから発汗するのは当たり前でしょ?」

「そういうものなのかなぁ~」

 でもほんと、どこからお稲荷さん出したんだろう?


「どうしたの? 狐の子。じっと私を見つめて」

 ボクが考え事をしながら大禍津を見ていたせいで何やら誤解させてしまっているようだった。

 なので、ボクは率直に思ったことを質問した。


「ねぇ、大禍津。もしかしてだけど、お稲荷さん、自由自在に生み出せたりは……」

「そんなわけないじゃない」

「ですよねぇ~……。じゃあ何でお稲荷さん持ってたの?」

「そ、それは、貴女がまた来るかと思って、多めに作っておいたものを時間の止まる袋に入れて保管しておいたからってだけよ。他意はないわよ」

 そっぽを向きながら、早口で理由を説明する大禍津の姿がなんだか可愛らしく思えた。


「ふぅん? そうなんだ? ねね、ということは、まだその袋にはお稲荷さんが大量に?」

「ないこともないわよ。でも、そんなに嬉しそうに尻尾を振ったって今すぐにはあげないわよ? さっさとこの階層の問題をクリアしなさい? 話はそれからよ」

「うぐぐ……」

 ちょっと期待した分、お預けを食らった時の衝撃が大きい。

 そんな意地悪するくらいなら、頑張るから先に渡してくれてもいいと思うんだけどなぁ……。


「そんな目をしてもだめよ? まったく。あら? どこからか風が吹いているわね」

 ボクに食べられた方の手をかざして何かを確かめている大禍津。

 そして、おもむろにその手を壁に向けた。


「あっちから風が来てるわね」

「あっち? 壁しかないんだけど」

 大禍津によって示された場所には、壁しか見当たらない。

 勘違いじゃないのだろうか?


「くだらないこと考えていないで、さっさと行くわよ、狐の子」

「本当にそっちなの? もうわかったよ。ボクも行くよ」

 壁に向かって歩き出した大禍津を追って、ボクも歩き出した。

 

 壁に近づくと、埃っぽい臭いが漂ってくる。

 よく見ると、かすかに隙間があるようにも見える。


「ここね? 狐の子、行きなさい」

「わわっ、ちょっと!? ぶつかったらどうするのさ!!」

 押されて壁に激突するボク……だったはずが、壁をすり抜けてしまった。


「えっ!?」

「ふぅん。巧妙に偽装した壁の幻影ってところかしら。隙間があるのは壁一枚分くらいのサイズしか生み出せないのね?」

 大禍津が状況を整理しながら壁の中に入ってくる。

 まぁ、壁の先は小部屋になってるわけで、壁の中という表現も変なんだけどね。

 ただ、後ろを振り向くと、うっすらと光る膜のようなものが見えている。

 結界……?


「ねぇ、大禍津。もしかしたら結界か何かかも」

「結界……? あら、本当ね。なんでこんな面倒なことをするのかしら」

 うっすらと光る膜を見た大禍津はそんなことを言いながら、じっくりと観察している。

 なのでボクは小部屋を物色することにした。


 部屋の中には木箱、机、本棚、ベッド、そして宝箱とクローゼットが置いてある。

 気になるのは木箱と宝箱とクローゼットだ。

 本棚も気になるけど、それは後回しでもいいだろう。


「う~ん。木箱の中には……」

 木箱を開けると中から出てきたのは小さな袋が二つ、そして何か道具が入っていそうなサイズの木箱だった。

 木箱の中から木箱……。


「木箱の中から木箱だなんて、また開けたら木箱が出てきたりするのかしら?」

 大禍津が小首を傾げながら縁起でもないことを言う。

 そのまま続けばやがて小さな小さな木箱が出て来ても不思議じゃないじゃないか。


「まずは小袋の中身を拝見っと。どれどれ……。わおっ」

 思わず声を出してしまったが、一つ目の小袋の中からは金貨が十枚出てきた。

 一千万クレディだよ!!

 やったね、一気にお金持ち!!


「うへへ。馬車買える~」

「すぐに無駄遣いしようとしないの、少し考えなさい? 狐の子」

「うぅ~」

 すぐさま思いついたのは馬車だったけど、注意されて気づく。

 そういえば税金の話もあるんだっけ。


「むぐぐ……。気を取り直してもう一つの小袋はっと……。石? 鉱石かな?」

 最後の小袋から出てきたのは不思議な色をした石だった。

 鉱石かもしれない。


「なんだろうこれ。わかる?」

「ん~。だめね。世界が違うと色々変わるからさっぱりわからないわ」

 大禍津に聞いても分からないらしい。

 それもそうか、アルケニアオンラインの世界の人じゃないもんね。


「そういえば、お稲荷さんはどうやってここに持ち込んだの?」

 世界が違うといえば、ボクは食べたお稲荷さんのことを思い出した。

 世界が違うのにどうやって持ち込んだんだろう?


「この世界の基準に合わせて持ち込んでから実体化しているだけよ。ただそれだけね」

「えぇ!? それじゃあ、ほかの物も持ち込めるの!?」

 なんというチート!

 そんなことができるならなんでも持ち込めそうじゃないか。


「それは無理よ? あの程度の食べ物なら特別でも何でもないし、この世界でも作れるもの。この世界でいきなり作ることができないものを持ち込もうとすると、大きく影響を与えてしまうから、そういうものは持ち込めないようになっているのよ。たとえば、神具とか神の酒とかね。お稲荷さん程度特別でも何でもないわ」

「なんだぁ……。がっかり」

「期待に添えられなくて悪かったわね」

 大禍津チート万能説が一瞬出て来たのに、一蹴されて終わってしまった。

 でもそうか、お稲荷さんはどんな世界でも必ず存在できるんだね。

 ボクはその情報だけで生きていけるよ。


「その木箱の中身はどうなの?」

「あっ、見てみるね」

 大禍津に促され、出てきた木箱の中身を確認する。


「白い金属製の鎚? 鍛冶道具かな?」

 木箱の中から出てきたのは、鍛冶屋で使いそうな白い金属製の鎚だった。

 

「なんのやつだろう?」

「わからないわね。知り合いに鍛冶屋とかいたりしないの? いるなら見せてみるといいんじゃないかしら」

「知り合いかぁ……。う~ん……」

 知り合いに鍛冶屋なんていたっけな? と考えていると、不意にノームのことを思い出した。

 そういえば、何かを探せって言われてたんだっけ?

 見せてみる?


「まぁあとでかな」

「そうね。次はほかの物を確認しましょう」

 大禍津に促され、ボクは次の宝箱の中身を確認するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る