間借りする冒険者たち
「はぁ~……。幸せ」
結局アイルさんには尻尾を触らせてあげることにした。
あんなに求められては要求に応えないわけにはいかないからね。
もちろん、女性陣には許可を出しているので物珍しさもあってか、みんな恐る恐る撫でていく。
正直指先で擦られるとちょっとくすぐったいんだけどね。
「うわっなにこれふさふさだし、ふかふかだし、いい匂いするし!?」
「これは最高の抱き枕になりそうね。スピカちゃんって狐の獣人なの?」
「違う違う。ボクは妖狐だよ。人間からなった妖狐じゃなくて生粋の妖狐」
「えっ? もしかして妖種?」
「うん。そうだよ。あっ、でも怖がらなくていいからね?」
シルさんが尻尾に顔を埋めて匂いを嗅ぎながらそう言い、カリーナさんが軽く尻尾を抱きしめながら感触を確かめる。
アイルさんはボクの正体を聞いてかなりびっくりしたようで、とても驚いた顔をしていた。
妖種という種が受け入れられてから結構な月日が経つらしいけど、まだ一部では受け入れられない人もいるらしい。
正直人間と変わらない姿をしているなら受け入れやすいとは思うけど、まったくの人外という姿の妖種もいるので怖がるなというのは無理がある。
そんな中でも鬼人や烏天狗、雪女や妖狐、猫又なんかは良く受け入れられている方だ。
やっぱり人間に近い姿というのは安心感を与えるのだろう。
「たしかに、人間の姿をしていないと怖い! って思っちゃうことはあるよね」
「私の周囲には妖種の人がいないから実際には見たことなかったわね」
「そうですよね。それにしても現実にもケモ耳に尻尾付きなんですか……。これは実際に抱きしめて寝るチャンスかなぁ……?」
シルさんの怖いという気持ちも分からなくはない。
なぜなら、夜道で出会うとボクも結構驚くことがあるからだ。
カリーナさんは興味津々といった様子でボクをじっと見つめ、アイルさんは不穏なことを口走っている。
「でも教えちゃってよかったの? こう言っちゃなんだけどネット上は拡散も速いからあまりいい結果にならないんじゃないかしら?」
カリーナさんが心配そうにそう言ってくれるので、ボクはちょっとだけ反省しつつ気持ちを打ち明けることにした。
「確かに軽率だったかもしれません。ごめんなさい。ただ、ボクは尻尾を褒められるのが嬉しかったから……」
「わかる! この尻尾なら自慢に思うべきだよ!!」
妖狐状態のボクの尻尾や耳は、ボクの感情に反応して萎れたり立ったりするので機嫌などを確認するのに役立つだろう。
実際今のボクの耳はペタンと折りたたむかのように伏せた状態になっている。
尻尾の毛も心なしかしんなりしているはずだ。
「ネットって怖いんだから、情報も自分も大切にしなきゃね? あそこにいるクールぶってる魔術師みたいなのにも気を付けなさいね?」
カリーナさんの指さす先にはクールな表情でこちらを見つめる魔術師がいた。
そういえばあの人の名前知らないな。
「カリーナさん、あの人は?」
「あぁ、あいつはマックスね。見た通りの黒髪黒目、少し長めの髪をしてるでしょ? たしかスパイラルネーブレスツーブロックマッシュとか言ったかしら? 若い子にも人気らしいわよ? あれで細面だし、すらりとしていて身長高め、女の子にも人気あるのよね」
こっちの声が聞こえていたのか、マックスさんがこちらに軽く会釈をしてきた。
口元にひげを少し生やしているが小奇麗にまとまっていて似合っているから不思議だ。
「あはは……。それにしても随分長い名前なんですね。ボクだったら覚えられないなぁ」
「あら、私もそうだったけど雑誌見てるうちに覚えたのよ。大体のヘアスタイルは形が決まっていて、そこから変形させたり組み合わせたり無造作にパーマかけてみたりとかいろいろやって幅を広げてるみたいね」
「へぇ~」
カリーナさんの話はすごくタメになったと思う。
でも、きっと詳しいその情報は要らなかったよね。
ボクの髪はただ伸ばしっぱなしだからなぁ……。
そろそろ髪型とか考えるべきなのかも?
「そんな複雑なヘアスタイルもデータ化できるのかぁ。ということは、もっといろいろなヘアスタイルでキャラクターを作れる可能性が?」
今度いじれる機会があったら、ボクのヘアスタイルもちょっと考えてみようかな?
「そうそう、聞きたかったんだけど、二人でゴブリンアーミー狩ってたの?」
シルさんがボクたちに質問を投げかけてくる。
まぁたしかに、ボクたちは強そうには見えないし当たり前だよね。
「狩ってたというか、たまたま遭遇したってのが正しいかな? 周りを掃討したのはコノハちゃんだから」
「そうなの? 小さいのにすごいのね」
カリーナさんはコノハちゃんの笑顔でなでている。
当のなでられている本人は表情こそ無表情だが、わずかに身じろぎしているところを見るとくすぐったいのだろう。
「ゴブリンアーミーか。聞いたところじゃ結構レアな敵みたいだな。もしかすると拠点を手に入れるチャンスかもしれないな」
ゴリアテさんが真剣な表情で思案している。
どうやら今回のことが片付けば拠点入手への大きな一歩になると考えているようだ。
そもそもゴブリンアーミーってなんなんだろうか?
倒すにしても何にしても、ボクたちには情報が不足していた。
「あとで掲示板とかを巡って調べてみる。もしかすると遭遇している人がいるかもしれない」
「そうだな、こんだけプレイヤーがいるんだ。遭遇したのが一例だけなんてことはないだろう。まずは情報収集か。ところで嬢ちゃん、ものは相談なんだが……」
「?」
行動方針をどんどん決めていくゴリアテさんとマックスさん。
実に頼りになるし経験豊富なだけあって、ボクなんかよりも決断が早い。
おそらく頭の中では大体の行動計画が組みあがっているのだろう。
「もし良ければなんだが、少しの間で良い、部屋が空いてたら間借りさせてくれないか?」
「ちょっとゴリアテ?」
「図々しいのは重々分かってる。ただな、ギルドの情報は嬢ちゃんに届くだろう。なら、一緒に居て情報を得るのも悪いことじゃないんじゃないか?」
「それはそうだけど……」
「それにはうちも賛成かな。せっかくなら拠点暮らしてのもしてみたいし、お試しっていうかさ」
「私もそれが良いと思います。決して個人的な事情で言ってるんじゃありませんよ? それにいざという時は人手がほしいかもしれないじゃないですか」
シルさんもアイルさんもゴリアテさんの意見に同意する。
まぁボクとしては部屋数はあるので拒否する理由もない。
それに変なところを除けば悪い人だとは思えないので、問題はないと思っている。
「ほかにも一応メンバーはいますよ? 妖種もいますけど、大丈夫ですか?」
「もうそれは今更ね。図々しいお願いというのは理解してるんだけど、みんなも言ってるし、間借りさせてもらえないかしら?」
カリーナさんが苦笑しながらボクに許可を求めてくる。
ボクとしては構わないと思っているけど、ここを管理する人からしたらどうなんだろうか?
ボクはちらりとルードヴィヒさんの方を見る。
「お嬢様、私どもは構いません。ここはお嬢様のお屋敷でございます。思うようにされるのがよろしいかと」
ルードヴィヒさんはそう言うと、ボクに軽くウィンクをしてくれた。
ルードヴィヒさんはボクたちから見ればおじさんといった年齢ではあるけど、しなやかな身体つき、綺麗に短く刈り込まれたヘアスタイル、穏やかながらもどこか力強さを感じる瞳、そして高めの身長といった見てて頼りたくなるおじさまといった雰囲気がある。
俗にいうナイスミドルというのに分類されるタイプだろう。
近い年齢であるお父さんとは別の魅力を感じる。
「ありがとう、ルードヴィヒさん」
「いえ、これも執事の務めでございます。それと、何やら不穏な話も聞こえてまいりましたので、私自身も少々情報を集めておこうかと思います。時々留守にすることもあると思いますが、ご了承ください」
そう言うと、華麗に一礼し頭を下げる。
自信溢れる静かな物言いといい、美しく感じる所作といい、この人は結構強いんじゃないだろうか?
ボクはルードヴィヒさんを見ていて、ふとそんな考えが頭によぎった。
「はぁ、いいわね。こんな素敵な紳士が執事なんて」
うっとりとした表情で熱っぽくそうつぶやくカリーナさん。
どうやらカリーナさんお好みの男性だったようだ。
「とりあえず、しばらくはよろしくお願いします」
「おう! よろしく!」
「よろしくね~」
「よろしくお願いね」
「よろしくお願いいたします」
「よろしく」
ボクの言葉に続いて、ゴリアテさん、シルさん、カリーナさん、アイルさん、マックスさんの順で挨拶していく。
当面はボクたちのパーティーと共同で事に当たることになるだろう。
ゴブリンアーミーの件も大事だけど、要塞戦についてもそろそろ考えなければいけない時期だった。
そんなボクたちのレベルは、まだ高くても18しかないのだった。
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