第8話 夏休みの修羅場
緊急の連絡が入ったため、一旦ログアウト。
夏休み中に連絡してくる友達はそう多くはないものの、三人の友達だけは理由がなくても連絡してくる。
みんなで仲良く遊ぶなんてのは小学校くらいまでで、あとは特定のグループで集まって何かするということがほとんどだと思う。
「まぁ夏休みに誰かと遊ぶなんてあまりないしなぁ。特にボクの場合はねぇ……」
手元のスマートフォンに表示されているメッセージを見つめながら、ボクはそう呟く。
『至急連絡されたし。みかげ』
メッセージの最後に署名のように自分の名前が入っている。
差出人は『烏丸美影』。
昔から一緒にいる、いわゆる幼馴染というやつだ。
烏丸家の双子の姉妹で、自称姉の方。
それが烏丸美影だ。
そんな友達から連絡が入ったということで、ボクは重い腰を上げて着替えに向かう。
「あっ、着替えどうしよう?」
美影にはボクの現状を伝えていない。
なので、ボクの姿を見て驚くことが予想される。
さて、どうしたものか……。
考えあぐねていると、部屋の出入り口のドアからノックの音が聞こえた。
「お姉ちゃん、大丈夫? 急に落ちるって言いだしたからちょっと心配で」
ドアを開けて入って来たのは妹のミナだ。
どうやら心配して様子を見に来てくれたようだ。
「あっ、ミナ。こっちは大丈夫だけど、友達が大丈夫じゃなさそうなんだよね」
近づいてくるミナにそう返事をして、スマートフォンのメッセージ画面を見せる。
「ね? なんか緊急っぽいでしょ?」
ボクが表示させたメッセージを見たミナは、眉根を寄せ何やら唸っている。
「よりによって、みかげちゃんかぁ……。みずきちゃんならまだわかるんだけど、みかげちゃんじゃなぁ」
ミナは誰よりも烏丸姉妹を知っている。
ある意味、ボクよりもだと言えるだろう。
同性であり、幼馴染でもある三人は、ボク達には言えないことも色々話していることだろう。
それに、ミナの懸念していることは分からなくはない。
美影は何よりも、女の子が好きなのだ。
恋愛的な意味ではなく、可愛いものを愛でたいという心理からだろうと思われる。
「う~ん。みかげちゃんに会いに行くなら私も行った方がいいよね。お姉ちゃん、今のままじゃ抵抗もろくに出来ないでしょ?」
ミナはそう言うとクローゼットを開け、さっそくボクの服を選び始める。
「何でボクが抵抗出来ないって思うのさ?」
ボクは疑問に思ったことを問いかけた。
「お父さんが言ってたんだ。天狐種は、進化してから一か月ほどはまともに運動も出来ないくらいに身体能力が落ちるって。身体の作りが変わるから、すぐには適応出来ないんだって。実際にお姉ちゃん、驚くほど力がないよ?」
ミナの指摘は的確だった。
実際にボクは非力だ。
進化前に出来ていたことが、今現在出来ないのだ。
生活に必要なことは出来るものの、力を使って行う作業や力の強い相手を食い止めることがまるっきりできないのだ。
介護が必要というわけではない。
激しくしなければ運動したって問題はないのだ。
「まぁお姉ちゃん達がそうなるのは、身体の作りがまるっきり変わるかららしいね。どうやったらそうなるのかわからないけど、そういうものだってお父さんは言ってた。それと、お姉ちゃんのお世話をしてるのは誰かに言われたからじゃないよ? 色々変わって大変だろうと思ったからやってるだけで」
改めて聞くと、どんな不思議生物なのだと自分でも思ってしまう。
妖種の中でも一番謎に満ちた種族が天狐種なのだ。
「はい、お姉ちゃんの服。これにしとこう。シャツにサマーカーディガン、ショートパンツ、ニーハイソックス」
ミナが手渡してきたのは、前にも着たような服だった。
ニーハイだけはどうしてもセットなんだね……。
「いい? みかげちゃんは油断ならないから、絶対軽々しく誘いに乗っちゃだめだからね!」
ミナが腰に手を当てながらそう注意してくる。
やっぱりボクが知らないことをたくさん知っているんだなぁ。
「やっぱり、美影って危ない?」
実体は知っているけど、危険度については全く知らない。
今まで女の子ではなかったしね。
「昔、私もうっかり捕まりそうだったから言えることだけど、みかげちゃんは兎にも角にも可愛いものと女の子が大好き。一応本人は男の子もいけるよ? って言ってるけど、問題はそこじゃないね。可愛ければ男の子だっていけるよ? って意味だから」
どうやら条件次第では問答無用で美味しくいただかれるようだ。
ボクが回避する手段はないのか!?
「みずきちゃんを味方に付ければ、みかげちゃんを抑えることは出来るかな。みかげちゃんはみずきちゃんを崇めてるからね」
『烏丸瑞樹』、烏丸姉妹の他称妹のほう。
才色兼備で成績優秀、男子にも女子にもモテモテ。
身長は美影よりも高く、物腰柔らかで淑やか。
芯の強い女の子だ。
「瑞樹かぁ。う~ん。たぶん大丈夫だと思うけど、ちょっと怖いなぁ」
一番暴走しやすいのは間違いなく美影であり、下手をすれば貞操の危機すらあり得るのが美影だ。
でも、瑞樹にも問題がないとは言わない。
「あぁ、そっか。お姉ちゃんって瑞樹ちゃんに……」
ミナは困った顔をしながらそう言った。
「一回告白されてたんだよね。夏休み前に」
「あはは……」
ボクは乾いた笑いしかでなかった。
そう、烏丸瑞樹には夏休み前に告白されていたのだ。
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