第2話 ゴブリンキッス
「だからさ、結局男なんてのは人間もゴブリンも変わらないんだって。アレを穴に入れて腰を振りたいだけ」
「えー、でもゴブリンは違うんでしょ?ね、ユノ?」
「私は、その、まだしたことないし…」
「一緒よ。思春期の男なんてのはみんなそうよ」
別に親の不倫を目の当たりにしたとか男に弄ばれて心に深い傷を負ったわけでもない。色んな話を聞いてるうちに男なんてそんなものだという結論に至っただけだ。
男はみな性欲を動力源として生きている。同じクラスの男子どももみんなそうだ。人間もゴブリンも関係ない。男はそういう生き物だ。
「リタ、いい加減にしなよ」
水月はそう言って私の耳元に顔を近付ける。
「ほら、ホシ君も見てる。私らはともかくユノまで同じに見られたら可哀想でしょ?」
そう水月に言われて教室のドアの近くでたむろしている男どもを見る。彼らも私達と同じく三人組、ザ・男子高校生と言って差し支えない程平凡な田中とユノが片思いしてるというゴブリンのホシ、それから、豪田イサムだ。
「はいはい、分かったわよ」
豪田を見て私も少し反省した。名前に反して酷く落ち着いた文学少年、それが豪田イサム。私がちょっと気になっている男子だ。彼に悪く思われるのは本意ではない。ただこちらの好意に気付かれるのも、怖い。さじ加減は難しい。
「うわ、キモ!あいつらこっち見てる。ほら、ユノ隠して」
「なんで隠さなきゃならないのよ」
「だって変な妄想に使われちゃうかもしれないよ」
ゴブリンの女の子は可愛い。正直羨ましいくらいだ。背が低くて華奢ででもゴブリンらしく足だけは人間よりも逞しくそして長い指をした手も綺麗だ。
だが人間とゴブリンは性的には相容れない。仮に人間とゴブリンが愛し合ったとして子は出来ない。そう、犬と猫が交尾しても子供が出来ないように。犬や猫もそれが分かっているのか種族を超えて交尾しようとはしない。それと同じだ。どれだけ心を通わせようと人間はゴブリンに欲情しないし、ゴブリンもまた人間に欲情したりはしない。だからユノが可愛らしくてもあの三人の内彼女に欲情するのはゴブリンであるホシだけだ。
「ほら!リタが変なこと言うから出てっちゃったじゃない!」
彼らはこちらを一瞥して教室を出て行った。
「なら、好都合じゃない。で?ユノはどうするの?」
「どうするって、別に…」
「ホシの事好きなんでしょ?」
「…うん」
「なら告白するしかないじゃん」
「アンタさっきまで男子の事悪く言ってたじゃないのさ」
「それとこれとは話が別よ。私達が男の子を好きになるのは当然の権利よ。だけどそれを利用して性欲処理の対象にされちゃ敵わないわ。だから──」
ユノを見る。ユノがホシの事が好きだと知ってもう半年は経つ。
「きっちりハート
「抉ってどうすんのよ…」
「人間のセックスは肉体的なもの、ゴブリンのセックスは精神的なものである」
煮え切らないユノに半ば強引に告白の段取りを委ねさせ私はその舞台をセッティングした。夕日の差し込む教室、そこに豪田に呼び出されたホシが来るとユノがいる。そして二人っきりの状況が出来る。そういう手はずだ。この状況を作るため私は豪田に話をした。渋られるかと思いきやむしろノリノリで協力してくれて、今こうして彼らの様子をベランダから二人で覗き見ている。
「ゴブリンの研究者の言葉だっけ?」
「ああ」
ゴブリンと人間が出会って百年とちょっと経つ。人間は初めて自分たちと同程度の知能を持った知的生命体と出会い彼らの事を研究した。中には彼らのセックスについて研究した人もいた。
「人間もゴブリンも性器自体は然程違いはない。受精出来ないだけでセックス自体は出来るだろう。だがセックス自体の意味は根本から違うんだ」
男子の口から性器だの受精だのセックスだのポンポン出てくると正直困る。ましてそれが好きな男の子なら尚更だ。
「なら恋愛は?キミはどう思う?」
「ど、どうって?」
「彼らと僕らに違いはあるんだろうか?」
それは、ないと思う。いや、ないと思いたい。彼らも私達と同じように心を持っているのだ。
「では、愛は?僕らが愛し合う事と彼らが愛し合う事に違いはあるのだろうか」
ベランダで身を隠して室内を向こうからバレないように覗き込める場所は限られている。だから私達は顔をすぐそばに寄せて僅かな隙間から中を見る。そしてその距離で好意を寄せる男子がそんな事を声をひそめて言うのである。
「違わない、と思う。そっちはどうなのよ」
「僕も同意見だ。いや、むしろ彼らの方が僕らよりも深い精神的つながりを得られているんじゃないかと思う」
人間がゴブリンを受け入れたのは彼らの持つ深い精神性のせいだと言われている。尊敬に値するからこそ同格の存在として受け入れたと。まったく傲慢極まりない話だがゴブリンもまた私達の文明、文化や科学技術の発展ぶりに敬意を持って共存を願い出てくれたのだ。互いに認め合ったからこそ共存できているのである。
「僕は彼らがどんな愛し方をするのか間近で見てみたかった」
「まさかこの場でセックスなんてしないでしょ?第一ホシはユノの事どう思ってるの?」
「さあ?アイツは野球に夢中だからな。この手の話は聞いたことがない」
まさかユノが振られるのか?と思い豪田を問い質そうとその顔を見る。
「あ、キスしてるぞ」
「え?マジ?」
私は再び室内に目を向ける。
夕日で赤く染まる教室の中、ホシとユノがキスをしている。かつてゴブリンは醜い姿を持った小鬼だと言われていたらしいがそんなのは嘘だ。背が低くて指が長くて太腿は人間以上に発達してて鼻はモデルか西洋人かと思うほど立派で耳は尖っている。目だって目の大きい人くらいだし然程人間と変わりない。言ってしまえば美少年と美少女がキスをしているのである。つい見入ってしまっても仕方のない事だ。
そして、そのキスは長く、たっぷり十分以上はそうしていただろう。
キスを終えてゆっくりと顔を離す二人は互いに目を合わせたままだった。そしてホシはユノに手を振って教室を出て行った。
ドキドキした。顔が火照る。好きな相手とキスをするのはどんな気持ちなんだろう。そして今すぐ側に好きな人の唇がある。
「どんな気分なんだろう…」
豪田はボソリと言った。
「…直接聞いてみようか」
私はベランダのドアを開け中に入る。
「ユノ?」
「…うん?ああ、リタか。どうしたの?」
ユノはどこか惚けているように見えた。
「あのさ、ごめん。今見てたんだけどさ」
「うん」
「上手く行ったの?」
「ううん」
「はい?でもキスしてたじゃん」
「うん。彼、今やりたいことがあるんだって。だから付き合ったりとかは出来ないって。でも私の事嫌いとかじゃないって」
「でもキスは?」
「何か変?」
「え?だってキスって付き合ってからするもんでしょ?」
「ああ、人間はそうなんだね。そういうとこはやっぱり違うんだ…」
いや、人間だって国や文化が変われば挨拶代わりにキスすることだってあるけどさ。
「いやいや、あんな長い時間ディープキスとか愛し合ってる以外ないでしょ」
「リタさっきから変だよ?別にこんなのゴブリンの中じゃ何ともないって」
少し惚けが冷めてきてユノはいつものユノのようになってきた。
「つまりキスで心を通わせる、みたいなものか?」
「あ、豪田君もいたんだ。人間に説明するにはそう言ったら良いのかな?」
「なるほど。ゴブリンの感情を人間が理解するのは難しそうだな」
豪田は相変わらず妙な事を考えているようで、まるで学者か研究者のような口ぶりだ。
「キスしてる気持ちが知りたいならさ──」
ユノはそう切り出した。
「二人でしてみれば良いんじゃない?」
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