第1章 Q.結婚指輪を探してくれますか? A.レイドボスを倒してでも必ず!

第3話「トレイン? 真正面から追突しろってことね!」

 いつものように昼間に僕が惰眠だみんむさぼっていると、スマホに着信が入る。

 表示には女々メメの文字。

 仕事だ! と慌てて出ると、依頼人が来たから事務所に来るようにとの事だった。


 僕はすぐさまパソコンを起動させると、ダッシュでCTG内の事務所へとおもむく。


 事務所のソファーには沈痛ちんつうな面持ちで座る女性。

 華美な装飾品はなく清楚な服装に腰まで伸びた黒髪。顔も大人しそうな印象を与える。


 僕が入室すると、ニョニョは話を促すように手を出した。


「あ、はい。私の指輪を探してほしくて。ここは失せ物探しもやっていると聞きました。お金に糸目はつけません。どうか力になってください」


 女性は深々と頭を下げ、長い黒髪によって顔が隠れる。


 事前にニョニョが聞いた話しだと、女性の名前は、『☆田村友美☆』さん。CTGで出会った男性と恋に落ち、CTG内では結婚までした間柄の男とオフ会で会い、リアルでも付き合うことになったらしい。

 しかし、先日CTG内でその男性から貰った結婚指輪を死亡した際に落としてしまい途方にくれているらしい。


「落とした場所は?」


「はい。フェニックス樹海で……」


「あそこは確か推奨LVは70でしたね」


 彼女のLVは60ピッタリで、そこに行くにはいささか弱い。

 どうして無理して行ったかを問うと、


「レアアイテムを彼にあげたくて……」


 それだけ聞いて僕はピンッときた。


「なるほど、卵狙いですね」


 卵とはフェニックスの卵の通称で、樹海に超低確率で落ちているアイテムだ。

 モンスターを倒さなくても手に入る為、運試しで訪れるプレイヤーも少なくないが、大抵は見つける前にモンスターに瞬殺される。


「レベルマックスのカンストプレイヤーでも見つけた人は一握りしかいないから無理だと思いますが」


「はい。私もそうは思っても物は試しだと思って。でもまさか指輪を落とすことになるなんて……」


 CTGでは死亡した際に5%の確率でアイテムを落としてしまう。

 アイテム欄からランダムなので、そうそう重要な物は落ちないし、落としてもすぐに戻れば見つかる。例外があるとすれば、プレイヤーが拾うか、モンスターが拾った場合だ。

 結婚指輪なんて他のプレイヤーには意味をなさないし、高くも売れないのでまず拾うプレイヤーはいない。残された選択肢は――。


「つまり、モンスターに拾われて、戻ってこないと」


「たぶん……そうです……」


 すごく気まずそうにする田村さんに、ニョニョは至って明るくあっけらかんと伝えた。


「大丈夫ですよ。この灰色探偵事務所を頼ったのは正解です。アタシ達がちゃちゃっと取り戻しますから」


「ほ、本当ですか? でもあそこはかなりLVが高いですけど」


「うちには灰色のアカウントを持つ男がいるんで大丈夫ですよ!」


 ニョニョは僕に向けてか、田村さんに向けてか、もしくは両方に向けてウインクした。



 フェニックス樹海へとやってきた僕ら。

 流石に前回と違い僕は本気の装備を手にする。


 数々の状態異常無効と高い防御力を誇る漆黒のコート。

 探偵職ということでスーツ姿にこだわり第一線に出ても恥ずかしくないほど強化した防具。

 武器はなりふり構わず最高の短剣を装備している。

 アサシンというジョブを選んだ僕の最大限の最強装備だ。


 アサシンは回避性能と移動スピードに長けたジョブで、あとは固有スキルで罠設置がある。活躍の場はスピード勝負のクエストやタイマンのPvPだ。


 一方ニョニョのジョブは拳闘士。レベルは67でこの辺りでは若干厳しいレベルだ。

 装備は、赤いスーツから赤いチャイナ服に着替え、回避と防御両面を向上させている。

 個人的にはきわどいところまで入ったスリットのある服でどうして防御力が上がるのか謎ではある。運営の誰かの趣味だとしか思えない装備だ。

 さらに、ニョニョは魔法耐性を上げるリボンで髪を結び、お団子を作っている。

 武器はレベル相応のガントレットを装備している。


 拳闘士は攻撃力と連打速度に優れたジョブで、固有スキルの闘志は使用してから5分の間、パラメーターの1つを上昇させられる。もちろん他の上昇系と重ね掛け可能だ。

 活躍の場は、重量級モンスター及びボス級モンスターだ。


「さて、それじゃ、ここじゃ、ニョニョはキツイからトレインをやってくれる?」


「トレイン? 電車。……なるほど、わかったわ。つまり真正面から追突しろってことね!」


「おい。待て」


 僕は慌てて、ニョニョを掴む。


「わからないなら、わからないでいいから。ちゃんと聞いて。ねっ!」


「わ、わかったわよ」


 トレインというのはプレイヤーが敵モンスターを大量に引き連れている状態。死にそうで必死に逃げている場合に使われることが多いが、これを利用し敵を掃討する場合にも使う。


 僕の説明を聞いて理解したニョニョは、闘志で移動スピードを上げ、さらに僕の魔法でもスピードを上げる。


「それじゃ、死なないように、行ってらっしゃい!」


 ニョニョを送り出すと、今度は自分の作業を始める。

 いくら僕が廃人クラスにやり込んでいるとはいえ、高レベルモンスターを正面から大量に相手するのはアサシンではキツイ。

 そこで、アサシンのスキルで罠を仕掛け、一網打尽にする計画だ。


 フィールドは樹海というだけあって木が生い茂っており、遠距離攻撃は阻害されやすい。

 その為、矢や砲を使った罠ではなく、シンプルに落とし穴と落下物を使った罠にする。


 ニョニョの今までの行動パターンと敵モンスターの配置を考え、最適な場所へ罠を張り巡らせていく。

 CTGでは罠は実は強力なスキルなのだが、なぜか一動作ずつ行わなければならず、面倒さが勝り、あまり人気はない。

 僕はハイリスク、ハイリターンは世の常だと思い、もくもくと穴を掘っていく。

 昔はコントローラーの上下に腕をったものだけど、ここ最近は慣れて、恐ろしくスムーズに行える。


 葉で穴を隠し完成させるが、これ1つよりいくつかあったほうが効果的で1個くらい不発でも戦線が瓦解しない為、もう2つ3つ作る。


 落下物のほうも木へとよじ登り、袋を設置し、中に棘を入れておく。

 この罠は殺傷用というより、後方に逃がさない為の準備だ。メインの罠は落とし穴である。


 そろそろ、ニョニョが来る頃合かな。

 土煙を後方にはためかせ、疾走するニョニョの姿を捉えた。


 ニョニョは僕の期待以上に大群を従えて走ってきた。

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