あなた、霊が憑いてますよ!

東風 吹葉

第1話 サナトリウム

「なあ、岬の方にあるサナトリウムだけど、どうやら出るらしいんだ。今度、行ってみないか?」

 大学が夏休みになって、バイトに精を出している俺だったが、友人の隆司(たかし)からそう言われた。

「サナトリウムって、昔、不治の病で亡くなった人たちが居た所だろう。なんか気持ち悪いな」

 隆司の問いに答えたのは、これも友人の圭一郎だ。

「なんだ、圭一郎、ビビッているんじゃないか?」

「ビビるというより、気持ち悪いじゃないか。何か病原菌が居るみたいで」

「それが、ビビるっていうんだよ。怜と龍太はどうだ?」

「サナトリウムって立ち入り禁止だろう。そんな所に入って良いのか?」

 俺も、そんな所に行くのは、あまり気持ち良くはない。少しばかりの抵抗を試みる。

「ところが、裏口から入れるらしいんだ。それは俺が別の知り合いから聞いた。そいつらも肝試しで行ったらしいが、確かに気持ち良くはないが、何も無いということだ」

「お、俺ならいいぞ」

 いつもは小心者の龍太が答える。

「龍太、お前、大丈夫か?お前が気を失うと、その巨体を運び出すのは俺たちなんだからな」

 龍太は、太っている。本人は大台には乗っていないというが、見た目はどうしても100kgは越えているのではないかと思ってしまう。

「怜、お前はどうするんだ?」

 隆司は、龍太から賛同を得られたと思って俺に聞いてきた。

「あ、ああ、いいと思うよ。だが、週末の夜はバイトがあるから、平日の夜の方がいいな」

「そうだな、そのサナトリウムも今では人気があって、週末の夜はかなりの人が居るらしいから、平日の方が良いかもしれないな」

「ああ、そうしてくれ」

 俺は、あまり乗り気ではなかったが、場の流れからそう言った。

 それは圭一郎も同じだったようで、結局、明日の夜10時に俺たち4人はサナトリウムに肝試しに行く事になった。

 俺たち4人は高校の時の同級生で、地方にある町から県庁所在地にある国立の大学に進学し、今ではこの県庁所在地にアパートを借りて住んでいる。

 大学に入っても、実家のある町が一緒の方向だったこともあり、車を持っている隆司に乗せて貰って帰省している。

 そして、悪友と言うべきなのか、いつも4人で隆司の車でつるんでいるのも一緒だ。

 隆司の家は、俺たちの町では名家であり、資産もあったので、親から中古ながら車を買って貰ったのだ。

 今の会話も、4人で車に乗っている中での話だ。

「じゃあな、怜。月曜日の夜9時に迎えに行くからな」

「ああ、分かった」

 俺は一番最初に下ろされると、アパートの2階にある自分の部屋に向かう。

 部屋に入ると、途端に憂鬱になる。

 正直、幽霊とか心霊現象とか、そういったものは好きではない。特に霊感が強いという訳ではないが、苦手だ。

 それは昔からそうであり、小さい頃はテレビで怖い映画を見ると、一人でトイレに行けなかった。

 だが、大学生にもなって、友人に幽霊が怖いなんて言える訳がない。それに、隆司が言っていたサナトリウムは、かなり昔に廃業になって、そのままになっている場所だ。もし、幽霊話があれば、かなりの噂になっているだろうが、そんな話は聞いた事がない。

 隆司の話も、単なる夏の噂話でしかないだろう。

 気持ち悪いだけの、ただの施設だ。俺はそう思う事にした。


 月曜日にバイトから帰って、食事と風呂を済ませた俺が部屋に居ると、携帯にメッセージが入った。

『もう直ぐ着く』

 どうやら、迎えに来たようだ。俺はアパートの部屋を出て階段を降りると、丁度車が角を曲がって来るのが見えた。

「待たせたな、では行こうか」

 俺が後部座席に乗り込むと隆司は車を発進させ、山の中を通って、岬の方にあるサナトリウムへ向かう。

 車の中はこの前の4人が乗っていて、そのサナトリウムの話で盛り上がる。というか、定番として、怖い話をする訳だ。

「そのサナトリウムには、どうやら若くして死んだ女の幽霊が出るらしい」

 早速、言って来たのは隆司だ。

「その話なら俺も聞いた事がある。死んでも天国に行けない人が居るのだとか…」

 隆司の言葉に反応したのは圭一郎だ。こいつは高校の時から頭が良かったから、こういう非科学的な事は真っ先に否定すると思ったが、隆司に同意するなんて。

「お、俺は、の、呪われて死んだ人も、い、居るって聞いたぞ」

 龍太は心もとないのか、ちょっと、どもりながら話をする。

「怜はどういった噂を聞いた?」

「いや、俺はそんな噂を聞いていない」

「何だよ、幸せなやつだな」

「「ははは」」

 隆司の言葉に圭一郎と龍太が笑うが、それは全員がある程度の不安を抱えていて、それを吹き飛ばすための空元気のような気がした。


 岬への道を行く事、1時間。既に都会の街の灯りはとうの昔に見えなくなっている。

 通り過ぎる車も、たまにすれ違うだけだ。

 この先は普通の岬であり、昼間こそ観光の車も通るが、夜になればそれこそ、誰も通らない場所なので、街頭だって所々にしかない。

 当然、道も暗い。そんな中、暗闇の中に薄汚れた建物が見えて来た。

 3階建ての建物で、見た目いかにも昔は病院か何かだったような建物になっている。

 隆司は、サナトリウムの前に車を止めた。4人が車から降りるが、正門と思われるところには鍵がかかっている。

「鍵がかかっているな」

 俺が暗に引き返したいと言う。

「裏に回ってみよう」

 隆司が俺の意見を無視するように答える。

 俺たちは隆司を先頭にサナトリウムの横から、裏口に回った。

「見ろ、あそこから入れるようだ」

 隆司が言った先を見ると、立ち入り禁止用に設置した柵のところが開いており、人一人がどうにか通れそうだ。

 隆司はその隙間から敷地の中に入った。それに続いて、圭一郎、俺、龍太の順に入るが、龍太は腹がつかえて苦労して、やっと入った。

「龍太、お前、やっぱし太り過ぎだろう。ちょっとは痩せろよ」

「ま、まだ、大台には乗っていないぞ」

「そういう問題ではないんだ。今のままだと命が縮まるぞ」

「…」

 龍太は何も反論しない。

「おい、行くぞ」

 隆司は持って来た懐中電灯を取り出すと、先頭になって歩き出す。

 何も準備して来なかった後の3人は、隆司の後について歩いて行く。

「ギィー」

 隆司が建物の裏口と思われる扉を開くと、気味の悪い音と共に扉が開いた。

 建物の中に入るが、当然灯りはなく、隆司の持っている懐中電灯の灯りだけが頼りだ。

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