第44話代表決定戦 決勝

「最初から全力で行かせて頂きます! "豪炎地帯ごうえんちたい"!」


「"音の潰滅おとのかいめつ"!」


 模擬戦開始と共に"豪炎地帯"を使った薺に楽斗は攻撃した。さっきの美桜との試合から、"豪炎地帯ごうえんちたい"の弱点に気付いたからだ。


「"紅の渦くれないのうず"!」


 だが、流石は薺だ。しっかりと楽斗の攻撃を止めていく。しかしそこで諦める楽斗では無い。楽斗はすかさず"音叉爆裂おんさばくれつ"で薺を怯ませようとする。薺はすぐにその意図に気付き、対応しようと思ったが、その対応法が思いつかなかった。そのため、薺は"音叉爆裂おんさばくれつ"を喰らわざるを得なかった。


「くっ」


「"爆音ばくおん"! "振動拳しんどうけん"!」


 薺が怯んだのを確認した楽斗はすぐさま後ろに音の爆発を作り薺に近づき、音の振動を纏わせた拳で殴りに行った。


 この"振動拳しんどうけん"、実は元から持っていた技では無い。これは楽斗が泡島の"泡拳ほうけん"を自分なりにアレンジしたものだ。つまり、楽斗はこの技を使うのは初めてということになるが、それを難なく使えているあたり、才能を感じる。


「"炎の垣根ほのおのかきね"!」


 それを見た薺は空かさず防御技を繰り出す。楽斗の"振動拳しんどうけん"は拳の周りに振動を纏わせただけで防御力は一切無い。そのため、楽斗は殴るのをやめ一旦距離を取った。


「"煉獄風れんごくふう"!」


 楽斗が距離を取ったのを見た瞬間、今度は薺が攻撃を始める。


「"音響壁おんきょうへき"! なっ、熱っ!」


 新海と戦った時にも使った青い炎の風、これは楽斗と相性のいい技だった。楽斗が防御技として使っている"音響壁おんきょうへき"、これは自分の前方に音の振動を作り、自分の所に来る前に破壊するという技だ。相手が格闘技などの接近戦で来れば相手が繰り出して来た体の部位を使い物にならなくし、相手が遠距離攻撃をして来たとしても自分の身を守れるという防御に関しては割と万能な技なのだが、これには一つ弱点があった。それは両脇がガラ空きになるということだ。


 これにはタビアの性質ではなく、楽斗自身が関係して来る。音を操るという、扱うのが難しいタビアを完璧に操り、七百二十人いる『鳴細学園』で十八位という高順位にいる楽斗にも一つ弱点があった。それは、一度に一つの事しか集中できないという事だ。ソーサラーは普通、最低でも二つの技を一度に使う事が出来る。もちろんこれは元から出来るというわけではなく、練習すればの話だが。


 しかし、楽斗はいくら練習してもそれが出来なかった。練習方法が悪かったわけではない、タビアが悪かったわけでもない。ただただ楽斗の生まれ持った能力がそうさせなかっただけだ。


 そのため楽斗は"音響壁おんきょうへき"を前に展開する事にしか集中出来ず横が疎かになっていたのだ。


 しかし、それがなぜ薺の"煉獄風れんごくふう"が楽斗に相性がいいという事になるのだろうか。これは"煉獄風れんごくふう"の性質が関係している。"煉獄風れんごくふう"は"無数炎弾むすうえんだん"のように火で攻撃する技ではない。簡単に言えば熱で相手を弱らせる攻撃だ。そのため前方だけ防御しても、横から風の熱が押し寄せてくるのだ。


「くそっ、仕方がねえ! "音響遮断おんきょうしゃだん"!」


 熱に耐えられなくなった楽斗は"音響遮断おんきょうしゃだん"を使った。炎の風を防ぐよりも薺を戦闘不能に追い込む方がいいと思ったのだろう。


(あれは確か泡島さんを戦闘不能に追い込んだ技。どんな仕掛けがあるか分からないですけど、ここで畳み掛ける!)


 しかし、そう思った薺に次の瞬間強烈な目眩が襲った。その目眩で、先程までピンピンだった体が動かない程だ。そして薺はそのまま地面に片膝をついてしまう。


(な、何これ!?)


「ふう、風も収まったな。薺ちゃん、せっかくだから教えてあげるよ、俺の"音響遮断おんきょうしゃだん"の仕組み。仕組み自体はいたって簡単だ、ただ一瞬で相手の聴力を奪うだけ。この技の特徴は人の体の仕組みを使った所だ。知ってる? 人って急に音が聞こえなくなると目眩とかがするんだ。だから百鬼夜行が襲って来た時も操られていた風紀委員の先輩は目眩から自分を支えるために動きを止めた……あれ、そういえば、音が聞こえないようになってるんだっけ? やべえ、これすげえ恥ずかしいやつじゃん」


(口が動いてるのは何か説明しているからでしょうか? ダメ、意識が朦朧として来た。もう、これ以上は……)


 意識を保てなくなった薺はそのまま地面に倒れ……


「うあああああ!」


「!?」


 突然雄叫びをあげた薺に楽斗はびっくりする。


(ダメだ! 負けてなんかいられない! 私は絶対に負けちゃいけないんだ! との約束を守るために!)


「"焦燥大爆しょうそうだいばくえん"!」


 薺がそう叫んだ瞬間、今まで燃えていた薺の周りの炎がさらに勢いを増した。


「おいおい、嘘だろ? まだ目眩は起こってるはずだよな!」


 もちろん今この瞬間も薺はひどい耳鳴りや目眩にあっている。しかし、そんな事を意にも返さないような勢いで薺は楽斗に攻撃を始める。


「"紅蓮ぐれん焼滅炎球しょうめつえんきゅう"!」


 そう叫んだ薺の周りには今まで見た中で最も大きい炎の球が数個浮かび、楽斗の方へと飛んだ。どうやら"焦燥大爆しょうそうだいばくえん"は"豪炎地帯ごうえんちたい"の上位互換らしい。


(ここで、"音響遮断おんきょうしゃだん"を解除したら薺ちゃんの動きは今より格段に良くなる。けど、ここでこの技を喰らう訳には!)


 先ほども話した通り、楽斗は一度に技を一つしか使えない。つまり、今ここで防御技を出すには"音響遮断おんきょうしゃだん"を解除しなければならないのだ。だが、薺の放った"紅蓮ぐれん焼滅炎球しょうめつえんきゅう"は薺が"豪炎地帯ごうえんちたい"の時に放った"猛烈もうれつなるほのおまり"よりも格段に威力が上がっている。これを受ければひとたまりもないだろう。


「仕方ねぇか、"音響壁おんきょうへき"! くっ!」


 一瞬迷った楽斗は"音響遮断おんきょうしゃだん"を解除して"音響壁おんきょうへき"を使った。しかし、"紅蓮ぐれん焼滅炎球しょうめつえんきゅう"を止めるには些か弱すぎた。次から次へと迫り来る炎の球を前に、"音響壁おんきょうへき"は無残にも壊れてしまう。


「"フォルティッシモ"! "音速おんそく"!」


 "音響壁おんきょうへき"が破られたのを見た瞬間、楽斗はすぐに次の技を使い薺が放った炎の球を避けた。"フォルティッシモ"、これは薺の"豪炎地帯ごうえんちたい"と似ている技だ。効果は使っている間自分のタビアを格段に上がるという物だ。これを使っている間は常に一つの技を使い続ける事になり、楽斗の能力上他の技は使えないはずだが、"フォルティッシモ"は自分のタビアの力を底上げするという物で、どうやら無意識下でも使えるらしい。


 次に、楽斗が回避するために使った"音速おんそく"という技だが、これはいたってシンプルだ。能力は、音速で移動できるという物。ただ、"フォルティッシモ"を使っている間しか使えないのと、早すぎて移動している間は動けないため、勢いに乗ったまま攻撃出来ないというのが難点だ。


("焦燥大爆しょうそうだいばくえん"を使った以上、短期決戦しか私の残された道は無い。だったら、ここで畳み掛ける!)


「"一刀炎火いっとうえんか"! "猛火炎脚もんかえんきゃく"!」


 短期決戦しか無い、そう判断した薺はすぐさま燃え盛る炎の刀を手に持ち、自分の足に炎を纏わせ、足からジェット代わりに炎を噴射しながら楽斗に近付き、そのまま斬りつけようと刀を振りかぶる。


「"音速おんそく"!」


 もちろんそのままやられるような楽斗ではない、すぐさま"音速おんそく"を使い、回避する。


 だが、楽斗が"音速おんそく"を解いた瞬間、薺のいた方を見てみると、そこには薺はいなかった。


(くそっ、どこ行った!)


 似たような高速移動手段の薺と楽斗の技には、大きな違いが二つあった。まず一つは速さだ、これに関しては比べるまでもなく楽斗の方が速い。ただ、ここで問題となるのは二つ目、機動力の違いだ。楽斗の"音速おんそく"は確かに速い、新海の"300%"よりも速い。ただ、速すぎるのだ。"音速おんそく"は速すぎるがため途中で動く事が出来ないし、何も考える事が出来ない。それに対し薺の"猛火炎脚もうかえんきゃく"は楽斗ほど速く無いとはいえ、動いている途中に考える事も出来るし、方向転換も出来る。つまり、回避するだけなら楽斗の"音速おんそく"、攻撃するなら薺の"猛火炎脚もんかえんきゃく"なのだ


 薺は楽斗が回避したのを見た瞬間、すぐさま上に上がり、楽斗の視界から外れた。つまり、楽斗から見れば薺が消えたかのように思えるように動いたのだ。そしてそのまま、


「はあっ!」


 炎を纏わった刀を楽斗の上から振り下ろす。


「"音速おんそく"!」


 しかし、薺の刀が楽斗に届くまでの時間より、楽斗の反応速度の方が早かった。楽斗は薺の攻撃を確認した瞬間、すぐさま左に避けた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 様々な駆け引きの末薺が振り下ろした刀を楽斗が避けた瞬間、それを模擬戦ルームの外から見ていた三組の生徒達と若宮は、刀を全力で振り下ろして、今隙だらけになっている薺の姿を見て薺の負けを確信した。


 ただ一人を除いては。


「決まりだな」


「そうね、悔しいけど京也の言う通りだわ。楽斗の勝ちよ」


「凛もいい所まで行ったんだけどな」


「和葉も美桜も後で薺さんを慰めに行けよ」


「「言われなくても」」


「違ぇ、薺さんの勝ちだ」


「「「えっ?」」」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 薺の刀を避けた楽斗は、攻撃の準備をしながら一つどうしても頭から離れなかった事があった。


(おかしい、今の攻撃、あまりにも右に寄りすぎてなかったか? 薺ちゃんならもっと完璧に狙いを定められた筈なのに。まるで、誘導されていたような)


 そう思った楽斗はすぐさま薺の顔を見た。そして、すぐさま安直に左に避けた自分の行動に後悔する。


 薺は…………笑っていたのだ。


『ドーーーン』


「うわあああっ!」


 楽斗はいきなり後ろから来た衝撃に叫ばずにはいられなかった。そしてそのまま前に吹っ飛んだ楽斗は倒れ、衝撃のした方向を見る。


(おいおい、嘘だろ? 何でがそこにあるんだよ)


 楽斗の目に映っていたのは避けた筈の薺の"紅蓮ぐれん焼滅炎球しょうめつえんきゅう"だった。楽斗は一瞬何がなんだか信じられなかったが、すぐさま何が起こったのか理解する。


(なるほどな、あの技、外れた後でも自分の意のまま操れたのか……道理で。こりゃ、あっちが一枚上手だな)


『佐伯 楽斗、意識不明を確認、よって勝者、ランク十四、薺 凛』

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