シャープペンシルの芯

やまだまなご

静寂のなかの異変

静寂である。

しわぶきひとつもない、異様な空間。

しかし、先刻から常に音は聞こえ続けている。

目の前の答案から少しでも気を反らせば、 耳に流れこんでくるのだ、

せわしく鉛筆を走らせる音、あわただしく消しゴムをこする音、

答案をめくる音、時計の無機質な音が。


糸をぴんとはったような、この緊張感。

佐々木俊春は固まっていた。


彼の目の前には答案1枚、消しゴム1個、

シャープペンシル1本が無造作に置かれている。

冷や汗がこめかみから滴り落ちる。唾を飲みこむ。

俊春の右手はおずおずと、シャープペンシルに伸ばされる。


慎重に、カチリカチリと芯を出す。

飛び出したり引っ込んだりしながら、黒い芯がペン先から現われた。

俊春はほっとして、執筆を再開しようと芯を答案に押し付けた。

だが、次の瞬間。

押し付けられた芯は、ひょこっとペン先の中に戻ってしまったのである。

俊春は舌打ちをした。それでもあきらめずに、再びカチリと芯を出し、

答案に挑もうとする。


カチ、カチ、カチ。


乾いたシャープペンシルの音、手ごたえのない感触があせりを増幅させる。

祈るような気持ちで、彼はペン先だけに意識を集中した。


カチ、カチ、カチ。


やがて、答案の上にコロリと、黒い棒線が転げ落ちた。

無惨にもすり減らされた、1cmにも満たないわずかな芯が、

そこに横たわっていた。振ってもゆすっても、

シャープペンからは何の音も聞こえない。

俊春の顔から、サッと血の気が引いた。


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