DNA鑑定センターへようこそ

水神竜美

DNA鑑定センターへようこそ

 DNA鑑定センターには、様々な事情を抱えたお客様がいらっしゃいます。

 怒り心頭な男性や女性、切羽詰まった様子の男性、不安そうな男性、軽い雰囲気の男性、酷く悲しそうな女性など実に様々です。

 本日いらしたお客様は、生後間もないと思われるお子様を抱えた、怒り心頭なご夫婦でした。


「だからふざけんなっての!俺の子な訳ねーだろ!」

「そんな訳ないって言ってんでしょ!もしあたしが浮気なんかしてたらこうして鑑定しようなんて言うと思う!?」

 こういう口論はよくある事です。いちいち気にしていたらDNA鑑定を仕事になんて出来ません。

 お子様はこんな中でよく泣かないなーとは思いましたが。

「つまり、ご主人とそちらのお子様の親子関係の鑑定という事でよろしいですか?」

「俺のお子様じゃねーですけど!O型の俺とA型とこいつとの間にB型のお子様が産まれる訳ねーんだから!」

「だから鑑定してはっきりさせるって何度言ったら分かんの!絶対何かの間違いよ!」

「何かの間違いって何だよ!?」

 A型とO型のカップルから産まれる子供は、必ずA型かO型のどちらかになります。

 パートナーが産んだ子供と自分が親子かどうか鑑定しにいらっしゃる男性の中には、別に何か根拠がある訳でもないのに疑いを持って来られる方も一定数存在していますが、今回のご主人はれっきとした根拠があっていらしたようです。

「親子関係の鑑定ですと、万が一ですが『取り違え』という可能性もありますので、余計な誤解や手間を省く為にも奥様も鑑定をなさる事をお勧めしておりますが、いかがなさいますか?」

「――取り違え――?」

 その言葉を聞いた瞬間、奥様の表情に初めて心配の色が混ざりました。

「……分かりました……あたしも鑑定お願いします……」

「いいのか?言い訳きかなくなるぞ?」

「あたしがお金出すんだから別にいいでしょ!大体何もやましい事はないんだから何も言い訳なんて無いわよ!」

「『何かの間違い』は言い訳じゃねえのかよ!?とにかく俺の子じゃねえってはっきりしたら離婚だからな!誰の子とも分からねえ子供を育てる男なんていねえんだよ!」

「別にあんたの子供でも離婚してあげていいのよ?」

 そんな会話をされている間に、こちらはDNAを採取・保管するキット一式の用意を済ませました。

「では、こちらの綿棒で口内の、頬の内側辺りを擦って粘膜を採取して下さい」

 口内を引っ掻くと取れるねばねばしたものは幾つかの細胞の塊になっていて、そこからDNAを取り出して鑑定に使います。

 お子様の口内からはお母様に採取していただき、お一人につき二本、計六本の綿棒をそれぞれのお名前を書いた透明なビニールパックに二本ずつ別々に収め、ご本人方の見ていらっしゃる前で封をしました。

「はい、ではこちらが確かにお三方のDNAサンプルとご確認頂けましたね。こちらのサンプルで鑑定を行います。結果が出るまで二週間程お待ち頂く事になりますのでご了承下さい」


 そうして二週間が経ちました。


 再びいらしたご夫婦の前に、それぞれご自身とお子様との鑑定結果が書かれた書類を収めた封筒を差し出すと、お二人共どこか緊張した面持ちでご自分の封筒を手に取られました。

 まず奥様が封を開いて書類を取り出されました。

「親子関係の確率……99.999%……良かった……そうよね……」

 取り違えではなかった確認がされ、心から安堵されているご様子でした。

 そんな様子を横目にふん、と鼻を鳴らすと、続けてご主人も封を開かれました。

 書類を取り出すと、穴が開くような面持ちで見つめられていました。

「親子関係の確率……99.999%……?」

「ほらあ!だから言ったでしょ!?」

 まだどこか信じられない様子のご主人に向かって、それ見たことかと奥様が声をぶつけられました。

「え……いやちょっと何で!?じゃ何で血液型が!?」

「ああ、その事ですが」

 傍らに置いておいた、全体の鑑定結果をざっと書いておいたメモを手に取りました。

「ご主人はB型でした」

「……は……?」

「はああああ!?」

 ご主人は茫然となり、奥様は怒号を飛ばされました。

「ちょっとどういう事よ!?あれだけ自信満々に俺はO型だO型だって言ってた癖にあんた自分の血液型分かってなかったの!?」

 ちなみにA型とB型のカップルでしたら、四種いずれの血液型の子供も産まれる可能性があります。

「いや……だって『うちはO型同士の夫婦だからあんたもO型なのよ』ってずっとお袋が……お袋おおおおおおお!?」

 絶叫しながらご主人は飛び出していかれました。


 その翌日、今度はご主人がご自身のお父様をお連れになっていらっしゃいました。

 その場でお二人の親子関係の鑑定をご依頼され、鑑定してみたところ親子関係の確率は0%でした。


 結果が出てから少しすると、今度はお父様……もといお義父様が一人でいらっしゃいました。

 何でもあれからすぐご自身の奥様と義息子さんを追い出したそうで、奥様からは今まで騙された慰謝料を、義息子さんからは今まで育てるのに掛けたお金を払わせるために裁判を起こすので、鑑定結果を裁判資料として使いたいとの事でした。

“流石に義息子さんへの訴えは通らないのではないでしょうか”や“血は繋がってないのに考え方は義息子さんとそっくりですね”などの言葉が口から出そうになりましたが、そこは我慢しました。

 とりあえず奥様は「嫁がセンターに金でも払ってでっち上げたんだ」と主張されているそうで、そこは当センターの信用に関わる問題なので裁判になったら全力で戦わせていただく所存です。

 加えて奥様は、息子さんから「まだ取り違えの可能性もあるんだからお袋も鑑定してもらったらどうだ」と提案もされたそうですが、それは断固として断っているそうです。

 ちなみにその息子さんご夫婦はといえば、奥様は一度は離婚も考えられましたが、ご主人は母親には長年裏切られていたと分かり、義父親からは何もしていないのに勘当され、ちょっと目も当てられないくらいの落ち込み様になってしまったので、とりあえずは一緒にいてあげる事にしたらしいです。


 しかしよく不思議に思う事なのですが、ご自分の奥様の不貞は何の根拠も無くとも疑いを持つご主人は一定数おられるのに、ご自分のお母様の不貞を疑う方は滅多におられないのは何故なんでしょう。

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