日曜日の行進

その視線に落ちる

早瀬はやせくんてなんか、顔だけってかんじ」


 顔だけ、いったいこれまで何度その言葉を聞いただろうか。

 早瀬はぼんやりとそんなことを考えながら、一方的に告げられた別れとともに、じゃあねと教室から出ていくたった今がついた彼女を見送った。

 別れは突然に、なんて言うけれど、これは少し突然過ぎやしないか。

 付き合った期間は半年、その間に一般的な恋人がするイベントはほぼこなして来たし、昨日だって手を繋いで共に下校した。

 その時はいつもと変わらぬ彼女であったのに、何故。

 開けっ放しになった扉を見つめ、首を傾げた。




「ふられた」

「そうか、よかったな」

「よくないよ!」

 まるで興味が無いとばかりに窓の外を見て返事をする若松わかまつに、思わず早瀬は声を荒らげた。

 先程振られたばかりだからなのか、ぎゃいぎゃいと喚く早瀬に、至極面倒くさそうに「知らねぇよ」とばかり口に出す。

 別れたあとに若松の元へ飛んでくるのは何時ものことなので、慣れたようにあしらわれてしまうが、そんな事もお構い無しにめげじと愚痴をこぼす早瀬である。

 やはり若松は「知らねぇよ」と返した。

「顔だけって言われてふられるの何回目だと思う!?」

「知らねぇ」

「十五回目だよ!!」

「数えてんのかよ」

 早瀬透はやせとおるは実にモテる。

 それは勿論自称ではなく、モテて来たという経歴に基づいた事実である。

「で、今回はなんてふられたんだよ」

 結局何だかんだで聞いてあげるのがいつもの流れだ。全う面倒であるが、聞かなければ延々と話されてしまう。

 それまで散々喚き散らしていた早瀬は、若松の問いに少し間を空けて、それから小さくいじけるように呟いた。

「一緒にいてもツマンナイ、会話も楽しくないって」

「たしかに」

「ちょっと!?」

「俺からしたらお前がモテるのが不思議でしょうがないけどな」

 そう若松がいえば、早瀬はケロリとした表情で「俺の顔がいいからじゃない?」と宣った。

 若松は目の前の早瀬の顔を殴りたくなる衝動に駆られたが、ここで殴ると余計にヒートアップして話が長くなるので我慢する。

 しかし、殴らずとも早瀬の愚痴はどうやらまだまだ続くようで、やっぱり殴っておけば良かったと緩めた拳をもう一度握り直した。今度は殴ると覚悟に決め、早瀬の話の続きに耳を傾ける。

「そもそもさぁ、最初に顔がいいって寄ってきたのはあっちからなのに、それで顔だけって言われるのはなんかムカつかない?」

 顔大事でしょ? と首を傾げてさらに続ける。

「イケメンだよ? イケメン連れて歩けるんだよ? それで十分じゃん。だって男はアクセサリーなんでしょ?」

 若松は「話が長ぇ」と顔を顰めたが、早瀬の愚痴はまだまだ止まりそうにもない。

 「だいたい俺って顔だけじゃないじゃん」と早瀬は肩を竦めた。

「頭もそこそこいいし、運動もそこそこできるし」

「そこそこばっかじゃねぇかよ」

「それでいいんだよ、取っ付きやすいイケメンってね。完璧すぎたら逆にモテないって言うじゃん。身近なイケメンが一番モテるんだよ」

 若松は暫く黙って聞いていたが、早瀬が話終えると「……つまりお前は」と言葉を発した。

「中途半端な奴ってことか」

「はぁ!?」

 思わぬ言葉に声を荒らげ、早瀬は口元をひくつかせる。

「ちょっとぉ~、自分がモテないからって僻みはやめてよね」

「ぶち殺すぞお前」

「ごめんなさい」

 先程握り直した拳を振りあげれば、早瀬は即座に謝罪を口にした。

 この他人を小馬鹿にした態度が、彼がいつもすぐ振られる要因の一つである事を推測するに容易い。

 むしろこの性格のせいで長続きがしないんじゃないかとさえ思える。顔がいいだけに、余計に早瀬の一言に棘を感じてしまう。

 「あ~~~」と力なく机に突っ伏す早瀬は、目を閉じてため息を着いた。

「でもホント、俺のどこがダメなんだろ」

 確かに早瀬は顔だけの男であるし、性格もお世辞にも良いとは言えないが、それでも女の子に対しては軽薄な訳では無い。

 告白されれば嬉しいし、それだけ自分が注目されているのだと自信へとも繋がる。

 早瀬へと注がれるこの賞賛や憧憬の経歴が、彼の無駄に高い自己評価へと繋がっていく。

 それ故にナルシストでもあるが、決して自分が大好きなナルシストという訳ではなく、客観的に自分を見て評価した上で自分はカッコイイという意見を述べている迄である。

 早瀬はモテる。しかし長くは続かない。

 女の子の喜びそうなデートやサプライズなどは一通り経験済であるし、実際に歴代彼女は皆喜んでいた。

 しかし結局最後は顔だけだなんだとフラれてしまうのだ。

 モテるし尽くすがすぐに破局するという事実と現実を客観視して、余計に複雑な女心が分からなくなる。

 何を考えているのだ、女の子は。

「んなもん俺に聞かれても分かんねぇよ」

 それこそ女子に聞け、と言い終える前に、ガラリと教室の後ろのドアが開く音が聞こえて早瀬と若松は振り向いた。

 入ってきたのは同じクラスである尾野英華おのえいかで、二人へと視線を一瞬だけ向け、自身の机に向かった。忘れ物でも取りに来たのであろうか。

 丁度いいタイミングだと、若松は英華に話しかけた。

「尾野、ちょっといいか」

 突然話しかけられた英華は、不思議そうに首を傾げて「なに?」と返す。それに合わせて長い髪がさらりと揺れ、目元へとかかる。

 若松は早瀬を指差すと、「尾野から見てコイツってどう思う?」と問いかけた。

「ちょっと、がく?」

「どうって?」

「早瀬は顔だけの男に見えるか?」

 若松の問いに、いまいち質問の意図が理解出来ていないような表情を浮かべたが、じっと早瀬の顔を見つめて考え込むと、それからすぐに「顔だけじゃないと思う」と答えた。

 正直な所、英華との接点は同じクラスという他に何も無いためにイメージと言われても難しいとは思うのだが、やはり第三者からの意見はどうしても気になる。

「早瀬くんは……───」

 英華に見つめられた早瀬は、背筋をぴんと伸ばし次の言葉を待った。


「素敵な人だよ」


 そう言って小さく微笑んだ英華を、早瀬は目を見開いて見つめ返した。

 今まで何度となく言われてきたたった一言が、ただの社交辞令では無いことはなんとなく察した。

 その一瞬で心臓が壊れるかと思う程に煩く脈打ちだし、変な汗が流れ始める。

 これまで禄に会話もしたことすらない早瀬にも分かる。英華という人間が本心で言ってくれたということが。

 頬があつい、心臓が煩い。

 どくどくと耳の奥で騒がしい音を感じながら、早瀬は思わず胸を抑えた。

 これは、この感覚は。

 まさか。

「……あ、私忘れ物取りに来たんだ。じゃあね、早瀬くん、若松くん」

 やはり忘れ物であった尾野は思い出したように机の中からノートを取り出すと、ひらひらと手を振って教室から出ていった。

 それに軽く手を挙げ返す若松の肩を早瀬はがしりと掴む。

「が、岳……どうしよ」

「あ? なんだよ」

 胸を抑える手は、心臓が大きく脈打つのをしっかりと感じている。

 ああ、なんてことだ。まさか、まさか。

 若松は早瀬の焦ったようなその真っ赤な表情を怪訝そうに見つめた。赤い顔も相まって、しばらく金魚のように口をぱくぱくさせる早瀬に、早く言えと催促する。

 一度固く唇を結ぶと、早瀬は若松の肩に乗せる手に力を込めた。


「好きになっちゃったかも……」

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