木の実

nobuotto

第1話

 彦兵衛の愛犬ポチが、年老いて死んでしまいました。彦兵衛は、ポチの小さな墓を庭に作り、朝晩必ずお供えをして手を合わせていました。

 そのポチの墓の横から小さな芽が出てきました。そして、見る見るうちに育ち、彦兵衛の背の高さになり、それから四方に枝を伸ばしていきました。春が過ぎ夏が始まる頃、その枝に数珠なりに大きな黄色い実がなりました。

 彦兵衛はその実を食べてみました。甘酸っぱい香りでしたが、優しい甘さで、食べているうちに元気な心持ちになってきました。寝込んでいたお婆さんに食べさせると、「気も身体も軽くなるようじゃ」と言います。そしてお婆さんはどんどん元気になりました。

 そこで彦兵衛は、村の人にも分けてあげました。その実を食べた村人は誰もが元気になりました。薬になるというのではなく、何故か気持ちが明るくなり、それで病人も次第に元気になり病気が治るのでした。

 彦兵衛の隣に住んでいた太郎兵衛は、彦兵衛に言いました。

「なんと欲がないことじゃ。この実を売れば大きな儲けになるのに」

 けれど彦兵衛は、これは犬からの授かりものじゃからと言うばかりです。

 太郎兵衛は、彦兵衛の木が自分の庭にまで枝を出しているのを見て思いつきました。 

「この枝は俺の家に入っているから、この枝の実は俺の実だ。それでいいな」 

「そりゃそうじゃ。お前さんの庭にあるからお前さんの物じゃよ」

 彦兵衛は言いました。

 太郎兵衛は、自分の庭に伸びている枝の実を村人に売ろうとしましたが、今までタダだだった物にお金を払う人はいません。しかし、彦兵衛のようにタダで人にあげるなど勿体なくてできませんでした。そこで、太郎兵衛は、夜中に彦兵衛の庭に忍び込み枝を全部切り取ってしまいました。

 朝になって、庭に落ちている枝と実を見て彦兵衛は哀しみました。

 哀しみに沈んでいる彦兵衛を慰めるように太郎兵衛が言いました。

「悪い奴がいるもんじゃ。ほんに許せん奴じゃ。じゃがな彦兵衛さん、ワシの家の枝は切り忘れたようじゃ。ここにはまだ実がなっとる。それだけでもよしと思わんとバチがあたる」

「そうじゃの。来年にはまた実がなるから、それまで待てばいい。お前さんの実が残っただけでもめっけもんじゃ」

 寂しそうに彦兵衛は言うのでした。

 これまでタダでしたが、村人も太郎兵衛の木の実を買うしかありません。気持ちが明るくなるだけなら我慢できますが、木の実を待っている病人がいたからです。

 しかし、太郎兵衛の実を食べた病人は気持ちが明るくなるどころが、どんどん暗い気持ちになりました。中には、頭を抱えてうなるようになる病人もいます。彦兵衛の実と全く逆の実になってしまったのです。

 村人たちは見かけは同じでも、とんでもない悪い実を売りつけてきたと怒りました。その怒りはどんどん大きくなり残酷な気持ちに変わり、そしてみんなで太郎兵衛を殺してしまいました。

 翌年、また彦兵衛の木には枝が伸び、沢山の実がなりました。太郎兵衛もいなくなったので、どの枝になっている実も彦兵衛の物です。彦兵衛は以前のようにタダでみんなにあげました。

 太郎兵衛の実と違って、彦兵衛の実は心持ちがよくなり元気がでます。「これを待っていたんじゃ」と村人誰もが言いました。

 村人にとって彦兵衛の実は、お米と同じくらい欠かせない物になりました。だからと言って彦兵衛の実を盗もうとする者はいません。タダで貰えるのだし、彦兵衛以外が摘めば恐ろしことが起こることが太郎兵衛でわかっていたからです。

 彦兵衛はいつものようにポチの墓にお供えをして手を合わせています。

 ヒヒヒと笑いを堪える声が漏れました。

 彦兵衛はポチの墓を撫でながら言いました。

「ポチ。そろそろお代をいただく潮時かねえ」

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