目的と手段

nobuotto

第1話

「”お隣さん”ってアプリ知ってる?」

 美紀と佳恵は定例会と称して度々馴染みの喫茶店で会っていた。大学卒業後すぐに結婚して二児の母となった佳恵とITベンチャーの戦略グループの第一線で働いてる美紀。全く異なる人生を歩んでいる二人であった。仕事柄か元来の性分のせいか定例会での話題提供は美紀の担当となっていた。

 スマホには自撮りした美紀が写っていた。

「へえ、きれいな夕日。海外?どこに行ったの」

「それはどうでもいいの。佳恵やっぱり知らないわね。見ててね」

 画面の右上にあるボタンを押すと美紀の横に一人の若い青年が現れた。美紀の肩に軽く手をかけて微笑んでいる。佳恵はキョトンとしている。

「うーん、じゃあね」

 美紀は佳恵を写真に撮る。そして、ボタンを押すと真面目そうな中年男性が佳恵の隣の席に座っている。

「うわ、何これ。背後霊アプリ?」

「違うわよ。私も最初は気味悪いと思ったけど、ハマっちゃって」

 自分だけ写っている写真を読み込みボタンを押すと、毎回違う異性がまるで本当にいるかのように出てくるアプリだと言う。そして、相手が気にいったら”いいね”ボタンを押す。ずっと繰り返していくと、だんだん出て来る異性が絞られ、最終的には一人になり、ギャラリーへ登録され終了するらしい。

「ふーん。これ有料なの」

「タダ、タダ。けど一回目の一人が決まると今度は正式に登録しないと遊べないのよ。銀行の口座開設みたいに身分証明した上で、次の”お隣さん”を選ぶのよね。私も登録しちゃった。見て私の“お隣さん”達」

 ギャラリー1にはイケメン青年、ギャラリー2にはマッチョの外人青年。様々なシーンで“お隣さん”と一緒にいる美紀がいた。

「結局、架空の恋人を作るゲームなの?」

「それが、よくわからないのよ。ひたすら自撮りして、ひたすら選んで最後の一人になったら、また最初から。ただ、これだけ。まあ、お一人様用の暇つぶしゲームね。今回は素敵な中年を選んでる。けどね、これきっとブームになるわよ」

「そうかしらね。私の“お隣さん”は家族と美紀だけでいいわ」

 佳恵は全く興味がないらしい。

 美紀の言う通り「お隣さん」は、ブームとなった。自分の「お隣さん」をインターネットにアップする人が急増した。不思議な事に「お隣さん」が重なる事はなかった。誰も「お隣さん」も自分だけの「お隣さん」だったのであった。

 「お隣さん」は実在するのかしないのかも話題となった。まるで失踪者を探すように自分の「お隣さん」を探すという企画もテレビで度々番組化したが、結局見つける事はできなかった。専門家さえ想像もつかない最先端の技術を用いているらしい。

 アプリの発売元が架空であったことから、人口減少を食い止めるために政府が密かに開発した「婚活アプリ」だとか、集めた情報を参考に新ユニットをデビューさせるため芸能プロダクションは密かに開発した「リサーチアプリ」だとか、海外企業による「最新人工知能実験アプリ」だとか、都市伝説が飛び交った。

 「お隣さん」は世界的な社会現象とさえ言われるまで普及した。

 美紀から定例会の誘いがあり、佳恵はいつもの喫茶店に行った。長く付き合っていた彼氏と結婚することにしたと美紀が言った。

「佳恵じゃないけど、彼が隣にいる写真も良いかなと思うようになってね。まあ潮時かな」

「ふーん。じゃあ、やっぱり政府が婚活用に作ったのかしら」

「私はそうなったけど、世界中で流行っているから違うんじゃないの」

「そうね。けど結局何が目的なのかしらね」

「さあ。ただ、同じ業界にいるから分かるけど、アプリは無料でも、きっとどこかで大儲けしているわよ。うちもこんなヒット商品があったらなあ。これをもとにいろいろなサービスが展開できるわよ。考えるだけでゾクゾクしてくるわ」

****

 とあるゲーム会社の会議室で、カリスマプログラマーと言われている社長が社員に熱く語っていた。

「今こそ時が来た。このアプリを世界中の人が使ってくれたおかげで、信頼性の高いデータが集まった。長年の夢であった理想の仮想世界アプリを完成させるぞ」

 社員の一人が恐る恐る聞いた。

「しかし、社長。折角”お隣さん”がこれだけ、大ヒットしたのですし、世間が言っているようなビジネスを展開しても…」

 話しの腰を折られた社長は、不機嫌さを顔全面に出して言う。

「君、目的と手段を履き間違えるな。自分が会いたい隣人が必ずどこかにいる。なんと魅力的で、今までにない斬新な世界観を持った仮想世界アプリだと思わないかね。そのデータ収集の手段がこのアプリなんだよ」

 会議室の隅から独り言のような質問が出た。

「じゃあ。また最初から開発なんでしょうか」

「決まってる。あくまでこれは手段であり開発は終わりだ。これまで君達も毎日残業残業でがんばってきてくれたのは私も分かっている。しかし、これまで以上にアドレナリンを全開して開発を進めてくれ。今まで鳴かず飛ばずだった仮想世界アプリ”ビジョン”もシリーズ8で大ヒット間違いなしだ。世界中の人が使うアプリを作ろうじゃないか」

 パチパチと力ない拍手の音が静かな会議室に響くのだった。


 


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