9-3 Challenge to the new world【新しい世界への挑戦】
TOEGGの受験が決まり、しかもそれが翔とのジェシーをかけた最終決戦となった為、僕は残っていた予算の全てをTOEGGにつぎこみ、参考書を買い足した。
一冊目は公式問題集。実際に試験を主催している団体が作った問題で、TOEGGの全容を知ろうと思ったら必須の本だろう。
二冊目は、英語の参考書をたくさん作っている出版社が出している模擬試験問題集。公式問題集はやや堅い印象があったが、外部の企業が作っているその問題集は解説が丁寧でとっつきやすそうな印象があった。
三冊目は、TOEGGに特化した単語帳。TOEGGは社会人向けの英語の試験であったから、問題もビジネスシーンを中心にしたものであり、単語も今まで勉強していた範囲と異なるものが多かったため必要だと思い買い足した。この単語帳も英文の中で単語を覚えていくということをコンセプトにした単語帳だったので、今までのやり方がそのままできるし、実際の試験問題の形式に慣れるという意味でもよい単語帳だと思った。
もっとも知名度のある試験ということで、他にも参考書の類は山ほどあったのだが、予算の関係もあったし、これだけに絞っておいた。ただし、これらの参考書は試験までに完璧に仕上げるくらいの覚悟だ。
もし満点レベルを目指すのであれば、より細かい参考書であったり、テクニックをまとめた本も使わなければいけないであろうが、今回僕が戦う相手は翔であり、そこまで厳しいものにはならない。
今までの英語の勉強を通じて、小手先の技術を学ぶよりもより広い目で見た方が、結果として英語を理解できるということもわかっていたし、あくまで最終目標はジェシーとしっかりと話せるようになることであるから、TOEGGは一つの目標としつつも、そこまで集中しすぎないようにした。
英語以外にも宿題があったり、ジェシーと社会見学の一環で遊びに行くこともあったりと忙しくしていたら、大晦日もあっという間にやって来た。
母さんの作った年越しそばを食べたら、リビングで家族みんなで年末の特番を見ながら新年を迎える準備をする。
わりと見慣れた年末の光景ではあったが、ジェシーの新鮮な反応を見ていると、こっちも楽しくなってくる。
そうこうしているうちに、すぐにその時はやってきた。
テレビに映るアナウンサーが、新年に向けてのカウントダウンを始める。
十、九、八、七、六、五……、
いつもはそこまでの感慨もなく迎える新年の瞬間であるが、今年はそのカウントダウンが進むにつれて、緊張感が膨れ上がっていく。
四、三、二、一……、
僕はその時に向けて思い切り息を吸い込む。
'Happy new year!'
「あけましておめでとうございます!」
カウントがゼロになった瞬間、二人は同時にしゃべる。
新年の第一声として、僕が発したのは英語の挨拶、一方のジェシーが発したのは当然のように日本語の挨拶である。
「あけましておめでとうございます……」
その二人にワンテンポ遅れて、愛と両親が同じ言葉を重ねる。ただ、そのテンションは僕とジェシーのものと比べるとだいぶ落ちる。
「いやいや、そこはあけましておめでとうございます。ですよね?」
ジェシーが首を傾げて尋ねてくる。
'From the beginning of new year, I start to speak English to communicate with you.'
これがこれほど新年の瞬間に緊張した理由である。今年からはチャンスを見つけては、英語で会話がしたいと考えていた。
「いや、ジョージが英語をしゃべりたかったとしても、オレは日本語をしゃべりたいのです。それに、ここは日本ですよ?」
さすがに、ジェシーはネイティブスピーカーだけあり、僕が通じるかどうか不安だった英語のニュアンスをきっちりと捉えてくれる。
'Well, I know that... but I want to speak English with you.'
てっきり、僕が英語でしゃべれば、ジェシーも見事な英語で返してくれるだろうと考えていたから、このジェシーの反応は予想外だった。
「大体ですね……。新年最高! なんて言われたら全然新年最高じゃなくなってしまうでしょう?」
そこは新年おめでとう! のほうが訳としてはマシだろうと思わなくもないが、そう言われると、自分の言った言葉が少し滑稽なものに思えてくる。
'Are you not surprised to see I speak English?'
初めてまともにジェシーと英語を話そうとして、内心それが全く通じないのではないかとめちゃくちゃ緊張していた為、英語がある程度ジェシーに通じているらしいのは嬉しいのだが、新年のサプライズとして、ジェシーを驚かせる目的もあったので、ジェシーの予想外に冷たい反応には僕のほうが驚いてしまう。
「どれだけ私の目は節穴だと見くびられているのでしょうか? 色が分からなくてもそれくらいは分かります。ジョージは私に隠れてやっていたつもりなのかもしれませんが、頑張って英語を勉強していたのはバレバレですよ」
「それなら、少しくらいは協力くらいしてくれてもいいんじゃない?」
言おうとするニュアンスが今の僕には難しかったので、僕は仕方なく日本語で話す。
「それは別にいいですけど、ちゃんと新年の挨拶をしてからです!」
日本人より日本人してるジェシーは、僕なんかより礼節を重んじる。これ以上、ジェシーを不機嫌にさせるわけにはいかないし、純日本人としての新年の挨拶を見せつけてやる。
「ええと、あけましておめでとうございます」
「はい、あけましておめでとうございます」
僕が改めて日本語で新年の挨拶をすると、ジェシーはいつもの明るい表情に戻る。
新年のスタートをこのサプライズと供に迎えようとしたのは、この後、ジェシーに発音の先生になってもらうことをお願いしやすくするためのものでもあった。しかし、それは思ったよりスムーズにはいかず、ジェシーが突然ホームステイとなった昨年以上に、今年は波瀾万丈なものになりそうだなと予感させるものとなった。
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