8-3 The ultimate sister【究極体】

 クリスマスが今年もやって来た。


 クリスマスといえば、日本では恋人同士でうんたらかんたらするイベントだというイメージが強いが、海外では家族と過ごすというイメージが強い。


 そういうわけで、我が家でも盛大にクリスマスパーティーを開くことになった。


 一年で一度の特別な日であるし、両親も年末年始休暇を利用して、アメリカから一時的に帰ってきていた。


 ちなみに、なんの連絡もなくサプライズで帰ってきた両親であるが、この夏のジェシーのことがあったから特に驚くことはなかった。いきなり、金髪の外国人が来ることに比べれば、見知った両親が突然帰ってくることなどなんてことはない。


 特にジェシーはクリスマスの一ヶ月前からはりきるほどの熱の入れようで、ジェシーの提案により、家の周りには例年にはない豪華なクリスマスイルミネーションを飾っている。


 高校生にもなって、クリスマスに彼女がいないのはいろいろな意味でまずいのではないかと思っていたが、ジェシーや家族と過ごせればこんなに楽しいことはない。


 僕とジェシーと父さんは、一足先にテーブルに座って料理がそろうのを待っていた。


「お父さん、どうぞ」


「ああ、ありがとう」


 ジェシーが父さんの空いたグラスにビールを注ぐ。


 お酌というのは、海外では珍しい文化だと思うのだが、ジェシーはそつなくこなす。


 でも、お父さんと呼ぶのは何か違うんじゃないかとも思う。いや……、ホームステイだから当たり前なのか……?


 僕らがのんびりとする中、母さんと愛はクリスマスディナーの最後の準備をしている。


「このパエリアの隠し味は何を使っているの?」


「それはね……」


 いつもは料理を作るのは愛の役割だが、今日は母さんがキッチンに立ち、その傍らにいる愛は熱心にその技術を盗もうとしている。


 母さんは、「いつもがんばってくれているのだから手伝わなくてもいいよ」と愛に言ったのだが、愛は楽しそうに母さんのことを手伝っていた。愛も久々に両親と再開したわけでうれしいのだろう。


 僕としてはいつも料理を作ってもらっているわけで、せめて親がいるときくらいは休んでほしいなと思うのだが、本人が率先してやるというのなら止めることではない。


「はい、お待たせしました」


 数分後、テーブルの上には豪華な食事が並ぶ。チキンにピザなどの定番料理を初め、うちでお祝い事をするときには定番のパエリアで、今年はジェシー向けに寿司も用意してある。いつもは三人分の食卓が今日は両親もそろって五人分だから、テーブルに乗り切らないくらいだ。


 愛も母さんもテーブルに座っていよいよパーティーの始まりだ。

 

「メリークリスマス!」


 この時ばかりは、ジェシーも日本式のいただきますではなく、どういうわけだか日本でもアメリカでも共通となっているクリスマスの挨拶をする。


「うーん、これが本物のお袋の味というやつですか……、お母さんの前だと、アイの料理の腕も霞みますね……」


 ジェシーは、母さん特製のパエリアを一口食べた後、驚きのあまり呆然とする。数多の日本料理や愛の作った料理を食べた後に嬉しそうな表情を見せるのはいつものことであったが、これほどの驚きの表情を見るのは始めてだ。


「むっ、そんなこと言うと、もうジェシーの分は作ってあげないよ。まぁ、お母さんの料理のほうがおいしいのは私も認めざるをえないけど……」


 ジェシーに文句を言おうとした愛だが、パエリアを一口食べると態度を和らげる。愛もその調理法を参考にしていたくらいだし、それを食べてその差を痛感したのだろう。


「このパエリアは特別手が込んでいるだけで、愛の料理の腕だって私に負けていないでしょう?」


 母さんは謙遜するが、このパエリアはいつも通りにめちゃくちゃうまい。僕も一口食べてみて改めてそう思った。でも、このパエリアは記念日にしか作られないもので、かあさんの一番得意な料理なのだから愛が勝てないのも無理はない。


「ええ、もちろんです。いつもありがとうございます」


「そんなにかしこまらなくてもいいから……」


 ジェシーが改めてお礼を言うと、愛は頬を赤らめる。たぶん、母さんにも褒められたことが嬉しかったのだろう。


「それにしても、よくも予告もなくジェシーを日本に送ってきてくれたね」


 突然ジェシーをホームステイに送ってきたことを、今更怒っているわけではないが、近況報告の一つとして、僕は悪態をつくように言う。


「でも、楽しそうにやっているみたいじゃないか。別に悪くなかっただろう?」


 父さんの全てを見透かすような物言いを聞くと、ジェシーが初めての時のことを思い出して、ちょっとだけ腹が立ってきた。


「それはそうだけどさ……、でも、ジェシーは妹じゃなかったよ。僕より誕生日が一日早いらしいから」


 父さんは、ジェシーのことを確認した電話でジェシーのことを妹だと言っていた。しかし、実際はジェシーと僕は同い年で、僕の誕生日は8月1日なのに対して、ジェシーは7月31日で、ジェシーは一日違いの姉ということであった。

 これも今更どっちでもいいことだと思っていたが、再確認する。


「譲二……、お前高校生になって時差も分からんのか?」


「えっ? あっ!」


 あの時は、突然金髪の女の子がやってきたことで頭がいっぱいいっぱいでそんなことに気を配る余裕もなかったが、日米の間には半日くらいの時差がある。


「えっ、つまりどういうこと?」


 ってことは、ジェシーの誕生日が実際は一日遅れるのか……? すぐには分からないから、言い出した張本人に聞き返す。


「時差を考慮すれば、お前たちの誕生日は全く同じで、ジェシーのほうが一時間遅れで産まれているんだよ。つまり、ジェシーは譲二の妹だということだ」


「マジか……」


 そこまで気にしていたわけではないが、ジェシーとの関係が逆転したことに少なからず驚く。


「お父さん、ジョージはいつ産まれたんです?」

 

 グラスを傾けるジェシーが、父さんに聞く。もちろん、僕達未成年はアルコールは飲まず、その中身はシャンパンだ。


「8月1日の午前6時だよ」


「うーん、お父さん、サマータイムを勘違いしているんじゃないですか?」


 ガタンッ!


「なんてこったい!」


 父さんは、なにやらとんでもない驚きと共に、立ち上がり机を揺らす。


「ジェシーと出会ったのは冬だから勘違いしてた!」


 父さんは、立ち上がったまま頭を抱え込む。サマータイムといえば、夏の間だけ時計を一時間ずらすとかいうやつで、日本でもたまに検討されているものだが、


「なになに、まだなにかあるの?」


「ジェシーの誕生日は7月31日の17時。父さんは、それを日本時間8月1日の7時だと勘違いしていたんだ」


「つまり……?」


 そのままならジェシーは僕の妹であるわけだが……、


「オレとジョージは、全く同じ時に生まれたってことですよ。オレは妹でも姉でもないってことですよ」


 ジェシーが僕の推測と同じことを語る。

 誕生日が一日違いというだけでも驚くべき偶然なのに、全く同時刻なんて奇跡にも程があるだろう。


「なんだそれ? 姉でもなくて妹でもなくて、じゃあなんなの?」

 

 姉と妹を表す言葉があっても、その中間を表す日本語なんて存在しない。そんな存在普通はいるはずもなんだから当たり前だけど……。


「究極体……、ですかね?」


 存在しない概念に対して、ジェシーは新しい言葉を定義する。


 姉でも妹でもなく、姉でも妹でもある究極体……。


「はっ、バカバカしい。そんなのどっちだっていいでしょう。単なる偶然なんだから」


 なにやら不機嫌になった愛が話に首を突っ込んできて、この話はそこで途切れた。まあ、実際ただの偶然でしかないわけだが、僕はそこに運命のようなものを感じざるをえなかった。


 クリスマスパーティーの締めにはケーキを食べて、お互いにプレゼントを交換した。

 僕はジェシーの金髪碧眼に似合いそうな、日本の寒い冬に最適な紺色のマフラーをプレゼントした。ジェシーは家族全員に対して、京都の和菓子の詰め合わせをプレゼントしてくれた。クリスマスといえば洋風なイメージであるが、なんともジェシーらしいチョイスだと僕は思った。

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