7-2 Forget words and phrases【単語を忘れよう】

 翔は、単語テストそのものに全く興味がなさそうに言った。


「いや、それは意味あるでしょう。単語を覚えないで英語ができるわけがないじゃん」


 お互いに熱心に英語を勉強していたはずなのに、翔の単語テストに対する消極性はどこから来るのだろう?


「確かに単語の知識がないと英語はできないとは思うよ。でも、このやり方ではたして合っているのかって話だよ」


「それは、どうだろうな……」


 単語テストというやり方が最上のやり方であるとは僕だって思わないが、なにが合っているのかは僕にも分からない。そういう意味で翔の疑念も分からなくはない。それでも、単語を覚えないといけないのだし、何かはしないといけないから、僕は単語テストにも熱心に取り組んでいた。


「俺は大した意味がないと思ったんだ。もしかしたら、ただの時間の無駄かもしれない」


「そこまで極端になるか?」


 英単語を覚えるという作業はあまりにも果てしないことに思えて、今のやり方がどの程度効率的なのかもわからない。


「なんで、単語テストというものが存在するのか考えてみろよ」


「英単語を覚えるためでしょう」


 僕は、あまりにも当たり前のことを考える。


「まあ、名目上はそうだよ」


 翔の返答もひどくあっさりしている。


「じゃあ、具体的にはどうなんだよ」


「英語を勉強しています。という事実を他人に見せられるから、この単語テストはあるんだ」


「すっごくドライに斬りこんできたね。つまり、全く意味はないと?」


「俺はそう思うね」


「さすがに、全く意味がないってことはないだろう……」


「だったら、譲二はこの最初のほうに出てきた単語の意味は答えられるか?」


「まあ、ある程度は……」


 翔は単語帳の最初の方のページを僕に見せながら聞いてくる。全部を覚えているとは言えないが、そこそこの単語に覚えがあった。


「じゃあ、ここら辺のページは?」


「あんまり自信ないな……」


 今度は、何ページか進んだところを見せられる。逆算すると夏休み前にやったページだと思うが、ほとんどわからない。単語テストをやった時には、ある程度できたはずだが、その記憶はほとんど抜け落ちているようだった。


「最初の方のページは、まだ新鮮な気持ちもあって特に集中していたから覚えやすいんだろうな。あと、単語帳を開くたびに目につきやすいから記憶もしやすい。でも、それも序盤だけで大抵の単語は身についてはいない。お前が言った単語を覚える為という目的は、その場では果たせていても、今に続いていないんだよ。だから、単語テストをやることで、生徒は単語を覚えましたよってなるし、先生は単語を覚えさせましたよって、その場で証明するだけのものになっている」


「そういう側面もあるかもしれないな……、けどさ……」


 毎回のテストの点数は先生につけられているし、生徒もその点数をとるために躍起になっている。しかし、だからといって単語テストに全く意味がないとはちょっと考えづらい。


「あと、英語の先生はこの単語テストをいとも簡単に作ることができる。例えば、アキラが突然、ドイツ語の先生になったという状況を考えてみよう」


 僕が何か反論を作る前に翔は話を続ける。


「なんだよその状況。英語の先生すら無理なのにドイツ語の先生って」


「例え話だよ。やろうと思えば、お前がドイツ語を全く分からなくても単語テストは作ることができるんだ。そのやり方はなんだと思う?」


「うーん……、なにか単語帳を買ってきて、そこから抜粋して、何問か日本語の単語なりドイツ語の単語なり解かせればいいのかな」


 他に何も思いつかず、かといって他にできることもなく、思いついたままを言ってみる。


「その通り」


「え、マジ?」


「だって、それ以外できないだろ。ドイツ語なんてカルテかバウムウーヘンくらいしか知らないんだから、他に何かやりようがあるのか?」


「何も思いつかないね」


「そうだろう。つまり、単語の小テストっていうのは教える人間のレベルがどうであれ作ることができるし、やったふりをすることができるんだよ。合っているか、合っていないかというクイズ方式ではっきりと点数化できるし、成績をつけることもできる。こういう成果がありましたよって人に見せるのにも実に都合がいい。お前がドイツ語の先生だったとしても、やればいいのは単語帳から問題をリストアップして、点数を成績表につけるだけさ。簡単だろ、無駄に時間はかかるけどな……」


「よく、そこまで考えられるね……」


 言われてみれば、単語の小テストというシステムはよくできている。仮に僕が突然ドイツ語の先生になったとしても、この単語の小テストだけは上手く作ることが出来るかもしれない。


「その理屈はわかったよ。でも、じゃあどうやって翔は単語を覚えるつもりなんだよ」


 翔の理屈には納得させられたが、かと言って、英語がしゃべりたいと思ったら単語から逃れることができない。その点を翔に突き詰める。


「俺は単語を忘れることにした」

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