Chapter6 マンガ研究部
6-1 Ramen【ラーメン】
その次の週末、僕とジェシーは同じ県内にあるお城へと観光に出かけることになった。
ジェシーの留学は、ただ単純に日本の学校で勉強する事だけが目的ではない。学校以外でも日本の日常生活や日本文化に触れてもらうという目的がある。
そして、学外での活動はホストファミリーである僕達が面倒を見ることになる。
そういうわけで、初めてのジェシーの社会科見学には県内有数の観光地で海外からも特に人気の高いお城に行くことにした。
言うまでもなく、僕とジェシーの二人っきりではなく、同じ家族である愛も同行する。
愛も同じホストファミリーであるのだから当然だ。
愛と僕は、家族として、一緒に外出するくらいの仲のよさはあるのだが、今日もちょっと機嫌が悪そうだ。
ジェシーは初めて日本のお城が見られるということで大はしゃぎである。
昼前に家を出た僕達は、本丸に乗り込む前に昼食をとることにした。
「せっかくの機会なのにこんなのでいいの?」
やってきたのは、お城の周辺で、とくに有名なラーメン屋さんである。せっかく初めての外食の機会なのだからもっと高価なものでもいいと言ったのだが、ジェシーはどうしてもラーメンが食べたいらしい。
「こんなのだからいいんじゃないですか! 本場のラーメンです!」
ラーメンの本場は中国だと思うんだけど、それ以上つっこまない。
「おお、これが日本のラーメン ですか……、ついに出会うことができて感無量です……」
ラーメンを目の前に置かれて、ジェシーは目に涙すら浮かべて恍惚とした表情になっている。僕だってそのラーメンをうまそうだとは思ったが、食べ物を目の前にしただけでここまで感動を表す人間を僕は見たことがない。しかも、見た目は本当に普通のラーメンである。
「早く食べないと伸びちゃうよ」
つとめて冷静な愛が先にラーメンを食べ始めて、促してくる。
「そ、そうですね。では、いただきます」
ラーメンに見とれていたジェシーだが、愛の言葉を聞いて、いつも通りの食事前の挨拶と共に勢いよく食べ始める。
ずずずずずず……
その食べっぷりが日本人そのもので僕は驚いた。
「ずいぶん、豪快に音を立てて食べるんだね……」
「日本では音を立てて食べるほうが、喜ばれると聞いていますよ」
海外では音を立てないほうがいいというのはなんとなく知っていたので、ジェシーのその様子が意外だったのだが、そんなことはジェシーには周知の事実だったようだ。ちょっと、ずれている気もするけど。
「いや、尊敬されるってことはないかな……」
「されないのですか?」
「うーん、日本人にとっては、麺をすする時に音を立てるのはあまりに普通のことすぎて、何も気にしないんだよね。音を立てられても、嫌な思いはしないけど、喜ぶようなこともないんだよね」
「そうなんですか……。でも、そういう文化の違いは、大げさに伝えられるものですからね」
「ああ、確かにそういうのはあるかもね」
そんなことを信じている人がいるとは思えないが、アメリカ人は毎日ハンバーガー食べているみたいな話を聞くことがあるが、そういうのは誇張表現なのだろう。
「それにしてもうますぎますね……。こんなものが国民食とは日本はすごいです」
黙々と麺をすする愛の隣で、ジェシーは一定のリズムで麺をすする。ラーメンだと庶民的過ぎてどうなんだろうと思ったけど、気に入ってもらえたようでよかった。もちろん、僕もおいしく麺をすする。
「それでどう? 学校生活のほうは慣れてきた」
学校でずっと隣にいて分かりきったことではあったが、話題が欲しくて、僕はジェシーに話しかける。それに、見た感じで推測できることではあるが、実際にジェシーがどう感じているか分からないし、ジェシーから直接聞いてみたかった。
「おかげさまで楽しく過ごさせて頂いております」
ジェシーから返ってきた言葉は僕の思っている通りであった。
ジェシーの周りにはいつもクラスの女の子達が集まってきているし、心配はしていなかったが楽しんでいてもらえるようでよかった。
「なにか悩んでることとかない?」
「あっ、そういえば一つ相談がありました」
てっきり何も悩みとかないと思っていたから、この展開は予想外であった。
「なに?」
僕はジェシーに先を促す。
「私に入れてください」
「?」
「はぁ!! 何言ってんの!?」
僕にはジェシーの言葉の意味が全くわからなかったが、愛には分かったらしく、なにやら血相を変えて席から立ち上がった。
「間違えました。私をマンガ研究部に入れてください」
「なんだ、そういうことか」
愛が納得したように席に座る。
「愛、何を勘違いしていたの?」
「お兄が分からなかったのなら、それでいいの。ジェシーも、もうちょっと言い方に気をつけなさい」
僕は気になって尋ねたが、愛にははぐらかされてしまった。
「愛、ジェシーは日本語がんばっているんだから、もうちょっとマイルドに注意してあげればいいじゃん」
「なんで、お兄はジェシーにそんなに甘いの?」
「いや、愛が厳しすぎるんじゃない?」
アメリカから来たジェシーがここまで日本語が出来るというだけで驚異的に感じる僕からすると、ジェシーは相当厳しい。
「日本に来たんだから、郷に入っては郷に従えでしょう」
「うーん、ごめんなさい。ちょっと間違っただけだと思ったんですが、そんなにひどかったですか?」
「まあ、そこまでひどくはないけどね……」
ジェシーに誠実に謝られると、愛もそれ以上追及しない。
この二人の関係でよくわからないのは、観察している限りでは、僕がいないシチュエーションだとそこまで仲は悪くないようなのだ。だからこそ、僕はそこまで本気では心配していないのだけどやっぱり気にはなる。
「それで、マンガ研究部に入れてくださいってどういうこと」
愛の追及も終わったようなので、僕は話をジェシーの話題に戻す。
「いろいろな部活を体験して、どれも面白かったです。しかし、日本では一つの部活にしか参加できないようです。どの部活にもそこまでの興味はないです。でも、マンガ研究部なら入ってみたいです」
ジェシーはどの運動部でも適応しそれなりに楽しんでいたようだが、日本語を習得させるほどの魅力があったマンガには敵わないようだ。
「でも、それって僕が協力しないといけないことなの?」
「うーん、マンガ研究部だけはオレを勧誘しに来てくれなかったんですよ。それで、場所がよくわからなくて……」
「なんだ、そんなことか。じゃあ、週明けにでもさっそく付き合うよ」
てっきり、なにか複雑な事情でもあるのかと思っていたが、それくらいならお安い御用だ。
「付き合う!」
愛は、今度は僕の言葉にも大きく反応する。愛も思春期に入って、情緒不安定になっているのかな……?
「ふぅ……、ごちそうさまでした」
ジェシーはその会話をしている間も、結構な勢いでラーメンを食べ続けていたため、僕達が麺を食べ終わる頃にはスープまで飲み干してしまった。
「そういえば、麺を食べるときに音を出してても特に何も思わないけど、スープを全部飲み干すと店の人には喜ばれるかもね」
「へえ、それは知らなかったですね。でも、こんなにおいしいスープなら全部飲んじゃいますよ」
そのラーメン屋は大人気のラーメン屋で回転率も高かったため、僕達もラーメンを食べ終わると、すぐに目的のお城へと向かう。
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