4-6 Quontity【量】

 迎えた金曜日の放課後、僕と翔はお互いに考えた英語の勉強法を持ち寄り、以前作戦会議を行ったファミレスに再び来ていた。


 ちなみに、今日のジェシーは陸上部の体験に行っている。


 僕と翔は部活には入っていない。


 僕は、部活でやり込みたいと思う程に入れ込んでいるものはなかった。


 翔は、なんで部活に入っていないのかはよく知らないが、たぶんいろいろと興味を持っていることはあるようだが、これ一つというものには絞れないのだろう。


「それで、譲二はどんな方法を考えてきたんだ?」


 ドリンクバーで飲み物を取ってきて、席に着くなり翔が切り出す。


「僕から言うの?」


「だって、俺の方から言ったらそれで決まりになっちゃうかもしれないじゃん」


 翔はこの数日の間に考えてきたやり方にずいぶん自信があるようだ。


「まあ、そうかもな」


 悔しいながらも翔の要領のよさは僕も知ったところではあるが、僕も自分の考えてきたやり方に自信がないわけではない。


「僕が考えてきたのは物量ごり押し作戦」


「随分、大層な名前をつけてきたな……。それで、その中身は?」


 物は形からということで名前まで付けてきたわけだが、翔には特に名前については関心を示されない。


「僕らは、とりあえず教科書とか単語帳とか一通りの参考書は持っているじゃん。で、その中にはちゃんと英語の一通りが完璧に書いているわけだよ。be動詞に一般動詞、不定詞、動名詞、仮定法に倒置とか完璧に揃っていて、これ以上があるわけじゃない。

 だから、これを全て完璧に理解すれば英語も分かるはずで、でも単語とかこれだけじゃ足りない知識もあるから、その分は他の単語帳とか演習本を買って補完する。

 結局、今までの僕らは英語に対するやる気がなかったから英語ができなかっただけで、今ならそのやる気は十分なんだから、とにかく全てを英語に費やす。

 これが、物量ごり押し作戦」


 いろいろとその手順をショートカットする手段を考えはしたが、結局どれも有効には思えなかった僕は、原点回帰してこの作戦を考えた。相当な物量をこなさなければならず、その道は困難なものにも思えるが、これしかない正攻法と思える作戦でもあった。


 説明を終えてジュースを飲む僕に合わせるように、翔もジュースを飲む。でも、翔はふうと一息ついただけで言葉を発さない。


「あの、翔? どう思った?」


 僕はわりと自信満々であったのに、なんの感想も出てこないことにたまらず、翔を促す。


「まあ、無理だろうと思ったね」


 あれだけ長いセリフを発した僕に対して、翔の答えはあっさりしている。


「どうして?」


「まず、お前は、さっきのセリフの中で『完璧』って何回言ったよ?」


 翔の言うように、何回かその言葉を使った覚えはあるが、その回数なんか覚えていない。


「知らねえよ。二回くらいか?」


「三回だよ」


「なんで、数えてるんだよ!」 


 わざわざ指を三本立てて、ニヤニヤとする翔を見て、僕はイライラする。


「まあ、別に何回でもいいんだけど、日本人である俺らが完璧に英語を理解することなんて無理だよ」


「なんだよそれ。そんなこと言ったら、もう最初から英語を勉強するっていう目的から外れちゃうじゃん」


「俺が言いたいのは完璧にできるようになる必要なんてことはないって意味だよ。大体、日本語ですら完璧には理解できないだろう」


「僕だって完璧にできるとは思っていないよ。完璧っていうのはただ口をついて出てきた言葉ってだけさ」


「でも、暗には完璧にできたらいいと思っているから、そういう言葉が出てきちゃうんじゃないか?」


「まあ、そりゃあできたらいいなとは思うけどさ」


「そういう感覚でやったら、一つ一つを突き詰めすぎるやり方になっちゃって、結局英語全体の大局が見えないものになっちゃうと思うんだよね。俺達が目指すのは完璧に英語を話せるようになることではなく、ジェシーちゃんと満足にコミュニケーションをとることだろう」


「それはそうだけど、都合よくジェシーとのコミュニケーションに必要な分だけ英語ができるようになるってのは、それはそれで難しくない?」


「もちろんそんなことはできるわけないから、それプラスアルファは必ずあるさ。それにさ。譲二の言った完璧には程遠いかもしれないが、俺はもうそのやり方はある程度はやっているはずなんだよね。でも、英語をしゃべれるわけじゃない」


「あっ……」


 翔がさり気なく発したその言葉に、僕は言葉を失ってしまう。


 僕と違って翔の英語の成績はかなりいい。しかし、翔とて日本人であるわけだから、僕と同じようにアルファベットから始めたわけで、僕よりは勉強したから英語も少しはできるのだ。


 そういう努力を表立って見せる翔ではないが、それなりに取り組んできたものがあるのだろう。先駆者の言葉には重みがあり、僕の物量ごり押し作戦にも自信を失ってしまう。


「大体、今のは方法論じゃないんだよね、量がある程度必要なのは、俺も分かっているけど、大事なのはそのやり方だろう」


 翔にさらに追い打ちを掛けられるが、僕には返す言葉もない。


「それで、翔が考えてきたやり方はなんなんだよ?」


 物量ごり押し作戦が論破されてしまったところで、翔のやり方を聞いてみる。

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