1-2 Older sister or younger sister?【姉なのか? 妹なのか?】

 いろいろと懸命にコミュニケーションをとろうとして、ジェシーの持っているスマホに掲げられた名前と家の表札の名前を照合して、「漢字はとても難しい。でも、これは同じです」などという証拠をあげられたら、何もしないわけにもいかない。

 気はすすまなかったが、緊急事態であったため、今は家にいない父に電話を掛ける。


「もしもし、どうした?」


 もしかしたら繋がらないかもと思っていたが、電話はすぐにつながった。


「あー、もしもし。なんかうちに外国人の女の子が来ているんだけど、父さん何か知らない?」


「あれ、お前には言っていなかったっけ? 今日から家でジェシーっていう女の子のホームステイを受け入れる。もうちょっと後の飛行機で来るはずだったんだけど、もう来ていたのか。悪いけどよろしく頼む」


「なんで、そんな大事なことを言っていないんだよ!」


「いや、ほんとにすまん。でも、忘れていたんだからしょうがないだろう」


「そんな大事なことを忘れるはずがあるか!」


 思わず声の調子が上がってしまう。自分の父親とはいえ、怒らずにはいられない。


「でも、お前も先週の部屋の掃除では、喜んで協力してくれたじゃないか」


「あの掃除にそんな意味があったのかよ!」


 我が家は、普通の両親と僕と妹の四人家族である。普通の一軒家に住んでいて、部屋が一つ余っているため、そこは物置代わりとなっていた。

 ただし、両親はアメリカに出張していて留守にしているため、今は実質、妹と僕の二人暮らしである。


 喜んでやった覚えはないが、先日、お盆休みもあって両親が帰ってきたところに、どういうわけかその物置代わりの一室を丹念に掃除した。その時は、ただの物置をなんでそこまで入念に掃除するのか僕には訳が分からなかった。


「その時に、お前にもジェシーのことは言っていたつもりだったんだ」


「ジェシーのジェの字も聞いた覚えはないですね」


 そんな話をした覚えも当然なく、僕は皮肉たっぷりに文句を言う。


「まあ、これもアメリカンサプライズの一つだな。これからこういう経験もたまにはあるだろうから、今のうちに慣れとけよ」


 とりあえず、ジェシーがアメリカ人らしいことはわかった。しかし、それ以外は何もわからない。


「親父、帰ってきたら病院紹介しようか?」


 僕は腹が立って、さらに親父を追及しようとする。


「あと何年かしたら頼むこともあるかもしれないけど、まだ、そんなに老けこんではいないぞ。そのジェシーちゃんは、父さん達とも顔馴染みだし、いい子だから何も問題ないよ。日本語もちゃんとできるだろ?」


「アメリカで知り合ったの?」


「そういうことだ」


「まあ、日本語も少しはできるみたいだね」


 知り合いで、日本語が少しはできるからといって突然送り込んでくれるなとは思う。


「それに、お前はなんで妹が一人だけなのってダダこねたことあるじゃないか? 妹がもう一人増えてよかったじゃないか」


「一体、いつの話だよ! 今はそんなこと思ってないよ!」


 兄弟がもっと欲しいなんてことを子どものころに言った覚えはないこともないが、今更そんなことを話しのダシに使われても困る。


「じゃあ、父さん忙しいからよろしく頼む」


「ちょっ!」


 ブツッと音が鳴り、通話が切れる。


「一方的に切りやがって……、なんて親父だ……」


 僕は仕方なくスマホをポケットにしまう。


「すごい! 日本語は素晴らしい!」


 電話の会話を一言一句漏らさず聞き取っていたらしいジェシーは、キラキラと効果音が聞こえてきそうなほどに、目を輝かせていた。ヒートアップしていた口調では、内容もわからなかっただろうし、説明しないほうがいいだろう。


「ああ、うん。ありがとう」


 会話の内容は悪口ばかりで、こんな当たり前のことで褒められてなにが嬉しいのかわからないが、何故か顔は火照る。


「どういたしまして」


 ジェシーは大げさに頭を下げて、礼をする。こんなくだないことに対するこれほどまでに丁寧な返しは生まれて初めて見た。


「ところで、ジェシーは何歳なの?」


「最近、十六歳になりました」


 てっきり十三歳くらいだと思っていたから、年齢を聞いて驚く。いや、身長は確かに十三歳くらいだけど、このおっぱいで十三歳はおかしいか。


「へえ、偶然だね。僕も最近、十六歳になったばかりだよ」


 しかも妹どころか全くの同い年である。


「でも、なんでそんなことを聞くですか? やっぱり、日本人はロリコンだから気になるですか?」


 ジェシーは首を傾げる。


「いや、日本人は全員ロリコンってことはないからね」


 あらぬ誤解を受けて、僕は慌てて否定する。


「それで誕生日はいつなの?」


「七月三十一日です」


「マジ? 僕の誕生日は八月一日だから、一日しか違わないんだね 」


 誕生日を聞いて、自分などとはほとんど真逆の存在で、共通点などなさそうだった異国の少女に初めて親近感のようなものが沸く。


「すごい偶然ですね」


 ジェシーにもそのことには少なからず驚いているようだ。


「でも、ほんのちょっとだけジェシーがお姉ちゃんなんだね」


 親父はジェシーのほうが妹だと言っていたけど、実質姉じゃないかと心の中で文句を言う。別に気にしているわけじゃないし、見た目的には妹にしか見えないけど、こんな厄介事を押し付けてきた親父にはなんであれ文句を言いたくなってしまう。


「やっぱり、そのことが気になる ですか?」


 ジェシーは再度首を傾げる。


「いや、ホントにロリコンとかそういう意味じゃないからね。とにかく、入っていいよ。ホームステイってことはわかったから」


 僕は玄関を開けて、ジェシーを迎え入れる。

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