第91話
「すみません。今、彼女はなんて言ったんですか?」
佑麻は入口に配置されたスタッフに英語で聞いた。
「すべてを捨てて日本の男を追っかけるんだってさ。考えられないよな。だって…」
スタッフは質問された相手が日本人とわかり口をつぐんだ。
その時…、彼はこのことを生涯誰にも言うことがなかったが…胸にかけたリングが『キン!』と鳴った。
その波動が、胸に伝わり言葉ではない声が胸に響いた。
『私はお墓にいるのではなく、あなたの心の中に居るってことがまだわからないの』
それは紛れもなく母の声だった。佑麻は何かが解けた気がした。そして、今度は自分が声に出す番だと悟った。
「Hindi! Donna!(違うんだ、ドナ!)」
佑麻は叫びながら、ガラス戸を叩いた。驚いて、ホセとワーリーが彼を見た。
「もしかして、ミス・ドナが追って行く日本人は、彼のこと?」
空港に行っているはずの佑麻をそこに見出し、ドナは目を見張った。
「はい…」
ドナの、返事を聞くとホセとワーリーがスタッフに、彼を招き入れるように言った。ドナに歩み寄る佑麻がテレビに映し出された。
フィリピンの全国民が固唾をのんで見守る。ドナは、足がすくんだように動けない。両手を胸で握り締め、何かを祈るような姿で佑麻を見つめた。ついに佑麻がドナの前に立った。ホセは日本語が多少わかるので、佑麻の言葉をテレビの視聴者に通訳する。
「ドナ、苦しめてごめんなさい。やっとわかったよ。僕のホームは日本にはない。僕のホームは君の腕の中にある。君の腕の中で一生を終えることが、自分の一番の幸せだ。だから…」
佑麻は、首にかかるチェーンを引きちぎるとリングを握りしめ、ドナの左手薬指にはめた。
「だから、ママと一緒にここで待っていてくれ。医者になって戻ってくるから。いいね?」
佑麻の言葉に、喜びの涙を目にいっぱいためたドナが小さくうなずく。今度こそドナは、堕ちることのないエンジェルとなって宙を舞った。
スタジオ、店舗、そしてテレビの前、この光景を見ていたすべての人々が喝さいした。こうして、ドナリィンの恋の行方は生放送でフィリピンの全国民が知ることとなり、大いなる祝福を送ったのである。
スタジオに居るビックとジョーイが叫んだ。
「Happy Donnalyn! (ハッピー! ドナリィン!)」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます