第73話

 麻貴は、パレスの中庭のベンチに座り込み、彼女の心に生じる切なさとプライドとの葛藤に必死に耐えていた。


 今は亡くなっているが、麻貴が大好きだった祖父と佑麻の祖父が同窓という縁があり、彼の家族とは古くからお付き合いを重ねてきた。幼稚園時代から今まで、彼と写っている写真がどれくらいあるだろう。おとなしい彼はよくクラスのわんぱくからいじめられた。それをいつも助けていたのは、麻貴だった。

 泣きじゃくる彼をおぶって、家まで連れて帰ったことさえある。そのせいか、幼い頃はいつも佑麻が麻貴の後を追ってきたものだ。それが、彼の身長が急に伸びだし、声変わりもしてくると、いつしか麻貴が佑麻を追うようになってしまった。彼女が行く高校や大学を決めた理由は、彼の存在以外の何ものでもない。それでいて、プライドの高い麻貴は、自分から告白しようと一度も思ったことが無い。


 しかし、今日の彼の態度はなんだ。危険を顧みず、彼の安否を心配してやって来た麻貴に対して、あまりにも冷たく失礼な仕打ちではないか。結局佑麻にとって麻貴は、身内でしかないのだ。異性を想う佑麻の気持ちはドナにしか向いていないということを、今日つくづく思い知らされた。


「横に座っても良いですか?」


 気づかぬうちに、ジョンが麻貴のそばに立っていた。


「ごめんなさい。今は、ひとりにしておいてくれないかしら」


 ジョンは麻貴の断りにも構わず麻貴の横に座る。


「私の声が聞こえなかった?」


 少し語気を強める麻貴。それでも動こうとしないジョンに業を煮やし、自分が立ち上がろうとする。その腕をジョンが取った。


「失礼を承知でお願いします。2分間だけ、私の横に座っていて下さい」


 麻貴は、仕方なく座り直したが、顔はジョンとは反対の方向にソッポを向いた。ジョンは言葉もなくただ自分の腕時計を見ていたが、やがてその時がきて指を鳴らす。


「時間です」

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