第48話

 佑麻にとって、マニラのスパルタンな日々が始まった。


 気持ち良く寝ている佑麻の足を蹴って、ソフィアが起こしにくる。家の時計をみるとまだ午前5時だ。マムに小銭を持たされてソフィアとともにパンデサールを買いに近くのパン屋まで。パンデサールは1個2ペソ。早くいかないとなくなってしまう。とにかくどの店も手造りだから作れる量に限りがあるのだ。

 朝食も早々に髪を濡らしたままのドナが大学へ行く。


 『えっ、ひとりでここで待つの?』

 『ファイト!できるだけ早く帰ってくるからね。』


 佑麻の抗議の視線に、ドナは両手拳を胸元で可愛らしく握って笑顔で返す。


「ソフィアがあなたのお世話係よ。言うことをよく聞くのよ」


 佑麻の横に立つソフィアを指差し、そう言い残して家を出るドナを、泣きそうな顔で見送る佑麻。しかし無情にも、ソフィアが容赦なく彼の袖を引いて、まず叔母のティタ・デイジーの家に連れて行く。


 ティタ・デイジーの家は水道がないので、20リットルタンク6本を台車に積んで、細い路地を抜けて、水道のある家へ水を買いに行かなければならない。

 タンクひとつ4ペソ。全部で24ペソ、円で換算すると48円というところか。満タンにして総重量120キロ。デコボコの路面に台車を転がすのもひと苦労だ。

 帰路はただでさえ狭い道に市が立ち、人が溢れている。佑麻も怖気づいて迂回しようとするが、ソフィアが許さない。人を押しのけて台車を通す。これがこちらのスタイルらしいが、これでよく喧嘩にならないものだ。

 佑麻は、役に立たないとわかってはいるものの『すいません。通ります。すいません。』と日本語でペコペコ謝りながら市場を抜けた。


 ティタ・デイジーの家でタンクの水を全てドラム缶に移し終わった時点で、彼の上腕はもうパンパンに張っている。ソフィアは非情にも、そんな彼を今度は建築現場へ連れて行く。そこにはドミニクがいた。

 ちょっと乱暴なボディーランゲージで指示を受け、ブロック運びとセメントの砂運びをやった。昼に現場を抜けて家に帰り、ミミからランチをもらうが、食後はまた現場に行き作業を続ける。

 夕方にやっと一区切りつき、ドミニクに親方らしき人の前まで連れていかれると、親方は佑麻の肩を叩きながら、300ペソを渡してくれた。ソフィアにそれを見せると、彼女はそのお金をひったくるようにして自分のポケットにしまう。

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