第43話

 空港でクーポンタクシーなるものを、何とか英語で聞き出し、受付カウンターで大学の名前が書かれたメモを渡す。


 あてがわれたタクシーの車内に落ち着いたはいいが、ラジオから流れる現地のFM局のDJのおしゃべりと歌が、聞きなれないタガログ語なのでどうも耳障りだ。

 さらにタクシーのドライバーはけたたましくクラクションを連発させて運転する。日本人の佑麻はクラクションを『どけ!』と解釈し鳴らす者の運転を不快に感じるが、フィリピンのそれは安全確保のための『俺はここにいるぞ!』を意味する大切なものだ。滞在1時間目の佑麻にそんなことがわかるはずもない。

 車道に溢れた車の群れは、割り込むがままに先を進む。他の車に道を譲るとかいう感性はどこを見ても見当たらない。歩行者も横断歩道のない車道を、走りぬける車をぎりぎりですり抜けながら平気で横断する。これでは3分おきに事故が起きて当たり前の状況なのだが、不思議なバランスで交通機能が保たれている。


 1時間ほど乗ってビルの前で降ろされた。これが大学なのか?ただの古ぼけたビルだ。ここ迄で1日が終わろうとしていたので、何か食事をして宿を探そうかとあたりをうろついた。

 どこでも英語が通じると思ったが大きな勘違いだった。看板を見てかろうじて飲食店だとわかるものの、何をどう頼んでいいか分からない。それにハエが飛ぶ店先に並んでいる惣菜は、この暑いのにもかかわらず冷ケースにも入っておらず、食べたらお腹を壊しそうだ。

 仕方ないので、食事は英語が通じそうな店が開く朝まで待つことにし、宿探しへ。いい宿を探すのに熱心だったのが仇となり、少し路地に入ったところで早速ホールドアップに遭遇。本物かどうか知らないが、佑麻は拳銃なるものを初めて見た。その銃口を突きつけられると、足が竦み抵抗なんて絶対無理だ。

 かろうじてパスポートは死守したものの、iPad、スマートフォン、電子機器、財布、時計を盗られ、最後に腹にパンチを一発食らって地面をのたうちまわった。ようやく体が動けるようになると、よろける足で大学まで戻りへたり込む。


 到着後数時間でもはやこれか。これがマニラか。これはもうロマンスではなくサバイバルだ。感動の再会どころではない。ドナを見つけられるかどうかは、自分の生死に関わってくる。

 佑麻は、体のあちこちを蚊に刺されながらコンクリートの上に横になり、夜空を見上げた。都市部の夜空には珍しく満天の星と月が望める。佑麻はドナとのブドウ園でみた月を思い出す。あの時の月に比べれば、赤く妖しく燃えるような月だ。

 彼女が見に来たらと言わなかった理由のひとつが理解できたような気がした。

 佑麻の頭に、後悔という文字がちらつき始めた。

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