第9話

大学サークルでのアイスホッケーの練習が終った。


 ロッカールームへ駆け込むと、佑麻はまず携帯をチェックした。

 メールはない。やはり、相手に連絡させるのはハードルが高かったのかもしれない。花を受け取ってもらってから1週間。彼女からのレスポンスはなかった。メモに気づかなかったのか。それとも全く関心がないのか。今となっては、あの夜タクシーで彼女の携帯番号を取っておかなかったことが悔やまれる。

 また、待ち伏せしかないのかよ。ストーカーだよな、これじゃ・・・。

 そう思いめぐらせていると突然、携帯に着信が来た。取り落とすほどのあわてぶりで携帯をとったが、残念ながら相手は佑麻の待ち人ではなかった。


「俺だ。もう練習終わっただろ。由紀の買い物に付き合う前に、診療室に寄れ」


 佑麻の兄からのコールだった。


 佑麻の父が院長の病院。そこに、長男が内科医として勤務している。佑麻が兄の診療室のドアを開けると、兄はすでに外来を終えて書き物をしていた。


「来たか」

「なんか用?」

「自由専攻学部のお前も、そろそろ専攻を決めなきゃいけない時期だろう」

「ああ」

「どうするつもりだ。やっぱり、医者になる気はないのか?」

「・・・」

「この病院で俺が内科を診て、お前が外科を診る。それが親父の希望なのは知っているよな」

「・・・俺には、人の生死に直接関わる仕事につくなんて勇気はないよ」

「大げさに考えすぎじゃないのか」

「・・・」

「まあいい。親父の期待は別にしても、進路を決めたら真っ先に俺に言うんだぞ。わかったな」

「わかったよ」

「ところでこれから由紀の買い物のお供だろ。忙しい俺の分まで、ちゃんと面倒見てくれよ。俺達の可愛い妹なんだから」


 兄は札入れから、万札を数枚取り出した。


 佑麻が診療室を出ると、外来ロビー待っていた由紀が、可愛く手を振りながら、大きな声で彼を呼ぶ。


「佑麻にいちゃん!」


 由紀の天真爛漫な言動は、女子高校生になっても変わらない。

 兄は、父の手で厳しく育てられた。佑麻は母の愛で、優しく育てられた。しかし、由紀は幼い頃に母が亡くなったので、母の顔もぬくもりも、何も覚えていない。だからというわけでもないが、兄と佑麻は母親代わりに、末妹の由紀を可愛がった。

 そのことが、天真爛漫な由紀を作る結果となっている。幼かった由紀も、今では少女から女性へと変化し始める時期で、妹ながら見ていても愛らしいと感じる兄達だった。


「兄貴から、由紀へ小遣いだよ」


 さきほど渡されたお金を由紀に渡す。由紀は、そこそこイケメンで自分に甘い二人の兄が大好きだった。


「ラッキー、それでは出発ーっ!」


 佑麻は由紀に腕を取られて、ワールドブランドショップが立ち並ぶショッピングモールへと引かれていった。

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