愛ちゃんはタローの嫁になる

シュート

第1話 吾輩と愛ちゃんと徹ちゃんと

                  一

 吾輩は犬である。オス(人間で言えば男)で、年齢は二歳と半年弱(人間でいえば、24、5歳というイケイケの年頃)。名前は「チビ」である。ご主人様が、吾輩の見た目だけでつけた名前である。でも、吾輩はチワワなので、もともと小さいのである。つまり、ご主人様は、命名にあって何も考えていないということだ。吾輩の気持ちも少しは汲んでほしいと思うが、とてもじゃないが怖くて言えない。だいたいペットショップにいた吾輩のイケメンさに一目惚れしたということでこの家に連れてこられたというのに、名前はいい加減だし、日頃の世話だって、やってくれるのは、お手伝いの和美さん。ごくたまに気分が乗った時だけママがやってくれることがあるけれど、ご主人様はまずない。肝心のご主人様は、自分が側にいてほしい時だけ可愛がってくれるというワガママさ。それでもご主人様はご主人様。吾輩はただの下僕に過ぎないので、文句は言えないのである。

 なにせ、ご主人様は女王様というか女帝であるので、優雅で優美なのだけど、いい意味でも悪い意味でも『飛んだ』感覚のクセの強い持ち主で自由人なので、しょうがないと諦めている。

 ちなみに、夏目漱石とかいう有名作家が書いた『吾輩は猫である』という小説があるらしいが、その小説に出てくる猫には名前がないらしい。どうやら、『猫(ねこ)』というのを呼び名にしてはいたらしいが、これまたドイヒー、可哀そうだ。吾輩のご主人様とたいしてかわらない。人権蹂躙だ。いや、猫権蹂躙だ。なお、その小説の猫のご主人様の名前は、珍野苦沙弥(ちんのくしゃみ)というとぼけた名前らしい。でも、吾輩のご主人様の苗字も月雪(つきゆき)、だから、どうやら似た者同士らしい。

 今のところ、吾輩には恋人いや恋犬はまだいない。『吾輩は猫である』に出てくる「三毛子」のような、可愛い人いや犬が現れてほしいと思っている今日この頃である。

 というわけで、その小説をまねて『吾輩』などと言ってみたが、古臭いので、これからは『僕』と言わせてもらうことにする。

 ここで、わが家の中での格付けをお知らせしておこう。トップに君臨するのは当然ながら、僕のご主人様である愛(名前)お嬢様である。二番目が僕。その下が僕の日頃の世話をしてくれているお手伝いの和美さん、その下がママと続き、さらにその下がお兄ちゃんで、一番下がパパ。パパは僕の機嫌がよほどいい時だけ触らせてあげる。

 なお、この物語に僕とお兄ちゃんはほとんど出てこない。お兄ちゃんはアメリカに住んでいて、この家にいないから。それと、僕は恥ずかしがりやだし、真面目な性格で面白くないから。というわけで、これから先は、愛お嬢様の物語となる。なお、『吾輩は猫である』は、文豪と呼ばれた漱石先生が書いた本だから、、ちゃんとしたテーマがあるのかもしれないが、この本、物語には、そんなものは何ひとつないので悪しからず。あっ、その前に、わがご主人様の愛お嬢様について紹介しておこう。


 月雪愛 24四歳、身長166七センチ、体重は、女性なのでヒミツとのこと。でも、スタイルは抜群で、上から85、58、85というナイスボディとのこと(でもこれは本人申請のため、タレントのプロフィールに記載されているものと同じで、真偽のほどはわからない)。

 顔は超美形(女優の北川景子と深田恭子と新垣結衣を足して三で割って、それに浜辺美波を足した顔。って、どんな顔って?、そんな顔なんだけどね。要するにすごい美人ってこと)。

 こんな美人を世間が放っておくわけもなく、これまでにも6回スカウトされている。原宿で4回、表参道で2回。だけど、すべて断っている。まったくその気がないからだ。そんな面倒な仕事なんかしなくても、今現在、ボーイフレンドなどの間ではアイドルになっていて、その交通整理だけで大変らしい。いわゆるリア充ってヤツ。それに、超ワガママ娘なので、そもそも、他人に指図されることが大嫌いだから、所詮無理なのである。それでも、道を歩いていると、とにかくスカウトされるらしい。最近は、「もうどこかの事務所に所属されてますか」と聞かれることが増えている。 

 なので、そういう時はいつもこう断っている。

「メスカー」

「はっ?」

「オスカーの隣にあるの」

 あるいは、

「アントニオ猪木事務所に入ってます」

 こう答えると、大概はドン引きして退散する。

 流行には敏感で、新しもの好き。つい先日も意味もなしにハズキルーペを買い、パパの前でかけ、それを見てパパがなぜか照れるというのを毎日のようにやっている。かと思えば、上から下までワークマンファッションで一流ホテルに現れ、「よっ」とパパに声をかけるもパパは誰かわからず無視されたこともある。また、流行りのTikTokに嫌がるおばあちゃんを無理矢理登場させて、おかしな動画をあげて家族中から怒られたこともある。そんなエピソードは枚挙にいとまないくらいたくさんある。というわけで、まさしく人生を謳歌している。

 なお、最近はまっているのは、江戸っ子言葉と大阪弁(ともに、愛ちゃん流)ということで、この物語の中でも頻繁に出てくるので要注意。

 性格は超お嬢様気質で、世界の中心は自分だと思い込んでいる(世界の中心で愛は叫ぶ)。ワガママ放題で、携帯は動画SNS放題(?)おまけにドSキャラで、心は冷たいがNオームは温かい(わかる人はわかる)。

 大学は、幼稚園から大学まであるお嬢様学校に通い、エレベーターで、いやエスカレーター式で女子大を卒業した。もともと、頭は決して悪くないのだが、なにせ勉強が嫌いなので、世間一般の常識に欠けるところがあるのが、スネに傷、いや玉に傷だ。でも、テレビっ子なので、いろんな知識や情報だけはたくさん持っている。パパを始め、親族のほとんどが東大もしくは京大などの難関大学の卒業生ばかりの中で、愛はひとり異彩を放っている。愛はそもそも学歴なんてどうでもいいのである。

 家族は、両親と兄が一人。だが、この兄はパパに似てくそ真面目(愛が言っているに過ぎないが)で、愛とはあまり合わない。おじいちゃんとおばあちゃんもいるが、同居していないのでこの物語には登場しない。あとはお手伝いさんが一匹と犬が一人。ありゃ、逆だ。

 パパは代々続く老舗企業の社長。なので、別荘は軽井沢を始め、日本に二か所、海外に二か所ある。自宅も代官山に所有するビル内にあるほか、他に二か所あり、現在は賃貸に出している。そんなわけで、お金持ちなのだけど、ママの実家はそれをはるかに上回るものだった。ママは、超が三つつくくらいのお嬢様で、格から言えば、ママの実家のほうがはるかに上。なので、その気になれば世界に名だたるお金持ちと結婚できたかもしれないママなのに、とにかくイケメンというだけでパパを選んでしまった。それが、ママの唯一の失敗だと、愛は思っている。

 そんなわけで、愛はママのような失敗はしないと宣言しているのである。なお、ママの美貌は半端なく、その上、上品なので出会った男はみんな虜になってしまう。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花というけれど、まさにそのまま。ちなみに、先日公園で見かけたおばさんは、立っても、座っても、歩く姿もブルドッグだった。

 今現在、ボーイフレンドが六人。そのうち、友達以上、友達以下が四人。友達以上恋人未満が二人となっている。他にアッシーやメッシー(今の若い人にはわからないかも。平野ノラにでも聞いてくれ)が複数いる。また、それ以外に、彼女のファンのおじ様たちが三人くらいいて、彼女に適度に弄ばれている。

この物語は、そんな愛の激しくも切なく、美しいラブストーリーとなるはずだったが、とんだ笑劇となってしまった。

 

 従兄の高松徹から愛の携帯に電話があったのは、日曜日の午後一時を過ぎた時だった。 

 珍しく予定のなかった愛は、自室で三代目JSBのCDを聴いていた。徹の名前を確認して、無視するかどうか迷ったが、どうせ何度もかかってくるに違いないので、出ることにした。

「はい」

 思いっきりテンション低く出る。

「あっ、徹だけど、寝てた?」

「寝てはいませんけど。どちらの徹様でしょうか」

「えっ、わかるでしょう、高松徹ですけど」

「ふ~ん。で、何の用でしょう」

「ふ~んって。まあいいや。この間愛ちゃんに頼みたいことあるって言ったじゃない」

 そういわれれば、三週間前の親戚の法事の席で何か言われたのを思い出した。

「そんなことがあったような、ないような」

「あったんだよ。で、愛ちゃん、今日の午後なら時間作れると、その時言ってたんで、電話したんだけど」

 そもそも今日、他の予定を入れてなかったのは、そのことだったのだ。だが、完全に失念していた。

「そうかもしれないんだけど、電話では無理?」

「仕事のことなんで、会って詳しく説明したいんだよ」

「そう、なの」

 もうすっかり出かける意欲は失われている。

「じゃあ、うちに来れば」

「資料で説明する必要があるし、ある人にも会ってもらう必要があるんで、僕の会社まで来てほしいんだ」

「えっ、会社に行くの」

「そう、会社に」

「めんどうが、くさいなー」

「えっ、何て」

「だからー、めんどうが、くさいって言ってるの」

「ああ、面倒くさいって言うことね」

「いちいち、確認するな」

「まあ、そんなこと言わずに来てよ。ちゃんと日当としてバイト料払うから」

「あらー、徹ちゃんて、物分かりがいいのねー」

 お金に弱い愛は、途端に機嫌が良くなるのであった。

「現金だなー」

「もち、現金で払ってくれるんだよね」

「はい?、はい?、そういう意味で言ったんじゃないけど。もちろん、現金で払うけど…」

 あまりにもくだらない会話に呆れ気味の徹である。

「はい、は一回でいいって、おじいちゃんの遺言です」

「おじいちゃんまだ生きてるし。もういいよ」

 というわけで、愛は出かけるため支度をした。今日は徹の好きそうな妹系ファッションにする。ほんの少し胸元のあいたVネックのピンクのワンピースで、少しひざ上丈のものにする。

 

 愛の住む代官山から愛車のフェラーリを飛ばし、青山一丁目まで行く。高山徹の会社の本社事務所は、地下鉄の表参道駅から、五分ほど歩いたオフィスビルの五階にある。地上十二階、地下一階のこのビルは、徹の親の所有するもの。徹は典型的な三代目のボンボンである。現在、主事業の建築関係の他、レストランチェーンとイベント企画会社の社長を勤める、35歳の若手経営者である。

 エレベータで五階まで上がり、事務所に入ると、日曜日だというのに働いている人が数人いた。そのうちの一人に声をかけると、一番奥にある社長室まで案内してくれた。愛が、会社に来るのは初めてであった。部屋に入ると、そこだけ分厚い絨毯が敷かれ、奥にはどでかい社長机があり、そこに徹が座っていた。サイドボードの上には、高そうな壺やや有名画家の絵が飾ってある。

「やあ、休みの日にごめん。来てくれてありがとう。まずは、そこに座って」

 徹が指さしたのは、社長机の斜め前にある応接セットだ。おそらくイタリア製の黄土色したそのソファは、四百万はくだらないものと思えた。愛が座ると、反対側に徹が座る。愛は、部屋全体を見まわして言った。

「相変わらず、趣味が悪いわね。どうせ親の七つ星で買ったくせに」

「いや、七光ね」

「そだねー」

「おー、それ可愛いね。愛ちゃんにはそういう可愛い言葉が似合うと思うけどねえ」

「惚れ直しちゃった?」

「そうでもないわ」

「またまたー、素直におなりイ」

「ふっ」

 思わず笑ってしまう徹。この時点で負けである。

「去年の流行語年間大賞を受賞したので使ってみました」

「自分が受賞したみたいに言ってるけど、愛ちゃんが受賞したわけじゃないからね」

「そんなのわかってるわい。なんでそんなこと言うかな。つまんな~い、この人」

 と、徹を指さしながら言う。

「年上の男性を指さすな」

「えっ、徹ちゃんって年上だったっけ?」

 愛は徹を年上の男と考えてないし、そう扱ってない。

「知ってるくせに。十一こ上だ」

「『こ』?今『こ』って言いましたよね。恥ずかしい、いい大人が」

「うん。今のは自分でも恥ずかしい」

 これまでの会話でおわかりのとおり、この二人ものすごく仲がいい。もちろん、二人に恋愛感情はないが、徹は愛が可愛くてしょうがない。一時は、愛のファンクラブを作って、その会長に就任しようかと真剣に思ったほどだ。もちろん、誰にも言わなかったが。 

「くだらない話はそれ位にして、話を戻すわよ」

 と怒って見せる愛。

「自分で勝手におかしな方向に持っていったんじゃないか」

「とにかく、私だったら、こんな部屋にはしないよ」

「そうかー、愛ちゃんにコーディネート頼めばよかったかな」

「そうよ。私だったら、さすがコーデネートないといけないっていうものにするのに」

「ダジャレかい。でも、いつも思うんだけど、愛ちゃんって、しゃべらなければいい女なんだけどな」

「皆様そうおっしゃいます」

「褒めているわけじゃないんだけどね。でも、ほんと親戚の子じゃなければ、僕、絶対口説いてたと思うよ」

「気持わりい。それに、徹ちゃんとイタシちゃったら、しんきんそうかんになっちやうじゃない」

「近親相姦ね」

「冷静にツッコムなっての。わかっとるわい。それに、君にはきれいな彼女がいるらしいじゃない」

 徹が結衣という自社の社員にぞっこんという噂は聞いていた。

「シー。今アタックしている最中なんだから」

「近くにいるわけ?」

 すると、徹が無言で隣室を指さす。

「ああ、隣にいるのね」

 と、わざと大きな声で言う。

「バカ」

「えっ、この社長、私のことバカって言った」

 と、これまた隣室に聞こえるように言う。

「止せよ。まあいいや。それで、用件なんだけど」

「うん」

「うん、じゃない、はいと言え」

 コイツ怒っている。

「怖~い」

 と可愛く、そして甘えた声で言ってやる。

「もうー。で、今度うちの会社で、結婚相談事業を始めることにしたんだ」

「けっ、けっ、けっこんそうだんじぎょう?」

「なんだ、そのマンガチックな言い方は」

「驚いたんだからしょうがないでしょう」

「じゃあ、ちゃんと説明するから、ここからは真面目に聞いてね」

「いつもマジメなんだけどなー」

 そんな愛の返事は無視して、徹はパソコン上の資料や紙ベースの資料をたくさん持ちだして説明を繰り返した。途中、担当者とされる二人の美しく、スタイルのいい女性が参加する。恐らく、このうちの一人が徹がぞっこんの女性に違いない。徹の好みを知っていたので、どちらかすぐにわかった。で、徹に向かって彼女を軽く指さした上で親指を立てて、ウィンクをして見せる。徹は明らかに気づいたが無視する。照れてるな、コイツ。ということで、その彼女の足を指で下から上に向けてぞわっと撫でる。

「きゃあ」

 徹が驚いてこちらを見る。

「何があったんだ」

「愛さんが、私の足を、そのお」

「何? 何?」

「撫でたんです」

「何してるの」

「ちょっとしたコミュニケーション。どうせいつも社長にこんなことされてるんじゃないの」

「バカを言うのもたいがいにしてくれよ」

「あらあ、怒っちゃった?」

「当たり前だろう」

「可愛い。こういうところに惚れちゃったの」

 と、徹がぞっこんの彼女に向かって言う。

「はあ、何でしょうか? ]

「だからあ」

 徹の怒りは続く。

「まったくもう」

 そんなこんなでバタバタしたが、一応打ち合わせは終わった。テーブルにはコーヒーが運ばれて、一息つく。目の前には徹が座る。そこで、今度は足をあげ、徹の目につくようオーバーアクションで組み直す。思惑通り徹の目が一瞬、愛のスカートの中を見たように思えた。

「今見たでしょう。私のスカートの中を」

「見てないよ」

「嘘だね」

「今、私、徹ちゃんの目の動きを見てたんだから」

「もう勘弁してよ。足を組みかえれば、自然に目はいくよ。でも、見たいからじゃないよ」

「なんだ、見たくないの?」

「いったい僕はどうしたらいいんでしょう」

 と両手を広げお手上げのポーズを示す。

「まあ、そうね。で、私は何をすればいいわけ」

「実はいろいろ考えたんだけど。愛ちゃんって美人じゃない」

「ごめん。それは否定できない」

「あは」

「笑うとこじゃない」

「その美貌を活かして、愛ちゃんをダミーの会員として登録したいんだ」

「何、それ」

「飲み会でもなんでも、参加する女性の質が高ければ、男性は必然的に集まるじゃない。同じ論理で、結婚相談所でも、女性会員の質が重要なんだ。そこで、愛ちゃんの登場というわけだ。まあ、客寄せパンダみたいなもんだ」

「パ、パンダ? 私のメイク見て言ってるわけ?」

「そうじゃないってばあ。動物園でパンダが人気で多くのお客様を惹きつける魅力があるので、それを活用するという意味だよ。ことわざみたいなものだから」

「何だかごまかされたような気がするなあ」

「まあ、そんなこと言わないで。ちゃんとバイト料払うからさ」

「ふ~ん。わかった」


                  二

 風呂からあがり、いつものように自分の部屋でパックをしながらテレビで連続ドラマを見ている。時々鏡に映る自分の顔を確かめる。今日初めて歌舞伎メイクのパックをしてみたからだ。なんかいい。見栄を切る真似をしてみる。まんざらでもない。パックの顔はもちろん自分の顔ではないのだが、自分はもし男に生まれたとしてもイケメンだっただろうなと、自画自賛する。どこまでも自己礼賛型人間なのである。

 突然ベッドの上の携帯が震えた。火曜日の夜十一時に電話かけてくるヤツは誰だ。瞬時にあまたのボーイフレンドの顔が浮かんでは消えるが、画面を見ると『高松徹』と表示されている。あのボケ、この時間に何の用よと、ひとまず悪態をついてから携帯を耳に当てる。こちらが怒っていることを十二分に知らせるために、お腹に力を入れ、力の限り低い声で「はい」の一言を言う。その声に、電話の向こうで徹が恐怖のあまり、携帯から耳を離している図が目に浮かぶ。徹は年上だったが、自分の手下のようなもんだと愛は思っている。

「なんかごめん。僕が電話した時はいつもご機嫌斜めだよね、愛ちゃん」

「愛ちゃんなんて気安く呼ぶな。イバンカとお呼び」

「イバンカ? う~ん、イバンカよりきついな、きっと」

「えっ、私ってそんなにゴージャスな女?」

「いいほうに解釈するな。お相手するのがきついっていうこと」

「バカ言ってる」

「友近か」

「友近じゃない。水谷千重子だっつーの」

「もういいわい」

 さすがにうんざりした口調になる徹。

「私はね、今パックしているの。もし笑わせでもしたら、容赦しないからね」

「あっはっは」

「バカがバカ笑いするな」

「相変わらず口が悪いなー」

「口が臭いだと」

「誰もそんなこと言ってないじゃないか」

「あのね、今日は歌舞伎メイクのパックしてるんだ」

「ああ、あの隈取のヤツね」

「そうそう。それでね、さっきから鏡見ながら見栄をきって遊んでいるってわけ。そんなんで、これで電話切るから、じゃあね」

「ちょっと、ちょっとお」

「お前はタッチか」

「古いなー」

「古いとか言うな。タッチに失礼だろう。今だって頑張ってるんだから。お前に言われる筋合いはない」

「なんで僕がタッチのことで怒られなくちゃならないんだよ」

「うるさい。ごちゃごちゃ言うな。今テレビのドラマがいいところなんだから」

「わかったけど、大事な話があるんだから、お願いだから話を聞いてくれよ」

「お客様~」

「おっ、急に口調が変わったな」

「はい、お客様、ただいま私どもはパックとテレビドラマ観賞の最中です。あと三十分後にもう一度お電話ください」

 そう言って、自分のほうからさっさと電話を切り、何事もなかったかのようにテレビ画面に目を戻す。きっちり三十分後に徹から再度電話があった。今度は無言で出る。

「もういいかい」

「まあだだよ」

 節をつけ、歌うように言う。

「お願いだから、僕で遊ぶのはやめて」

「なんでよ。小さい頃から一緒に遊んだ仲じゃないの、あんたは。私を仲間外れにしようというわけ」

「そんなことあるわけないじゃない。へんな時間に電話して悪かったよ」

「やっと認めたわね。しょうがない、ヨハン本店のチーズケーキで赦す」

「わかったよ。チーズケーキで済むなら安いもんだ」

「えっ、じゃあフリッパーズの生ハムメロンも食べたい」

「わかった。なんでもいいよ。で、話なんだけど、この間うちの結婚相談所にダミー登録してもらったじゃない」

 確かそんなことがあったような気がするが、愛はもうすっかり忘れていた。

「えっ、そうだっけ」

「もう忘れちゃったのかよ。うちの事務所へ来てもらってその悦明した上で登録してもらったじゃないか」

「ああ、君のハーレム事務所でね」

「止めてくれる、そんな人聞きの悪いこと言うの」

「君の好みの女の子にミニスカート履かせてはべらかせている図はまさにハーレムだったけどなあ」

「僕はアラブの石油王じゃない」

「ア、ア、ア、アラブの石油王」

「そんなに驚くな。言ってるこっちが恥ずかしくなるわ」

「事実恥ずかしいですけど。まあいいわ」

「別に自分の好みで選んだりはしていないよ。人事部の人が選んだんだからさあ」

「まあ、そういうことにしておいてあげるよ。それでいったい何なのよ」

「何でキレてるんだよ」

「別に。キレてないですよ」

「あんたは長州力か」

「はいはいはいはいはい」

「話を戻すけど。あくまでダミー登録だったんだけど、愛ちゃんへの模擬デートの申し込みが殺到しちゃってさ」

「ああ、美人は辛いわねえ」

「まあそうなんだけど」

「軽く流すな」

「で、この話、愛ちゃんに言ってもどうせ断られると思って、僕のほうで適当に対処してきたんだけど」

「なんでそんな勝手なことするわけ」

「えっ、じゃあ頼んだら断らなかった?}

「そりゃあ断るに決まってるじゃない」

「いったいどっちなんだよ。だからさ、断ってきたんだよ。でも、断り切れない相手が出てきちゃって…」

「断り切れないってどういうこと」

「実は本業の仕事の関係でお世話になっているある政治家がいるんだけど、その甥っ子がうちに登録しててね。その人がどうしても愛ちゃんと模擬デートしたいっていうんだ」

「なんだか途端に胡散臭い話になってきたぞ。お前はその政治家の忖度をするわけか。そして私はお前の忖度の犠牲になる。ああなんと愛ちゃんは可哀そうなんでしょう」

「なんでそんなストーリーにしちゃうのかなあ。そんな小難しい話じゃなくて、ただ単に美人の愛ちゃんに首ったけなんだよ、その人が」

「まあそれは当然だろうけどね。で、断れないの。その面倒くさい人」

「頼むよ、お願いだからさあ。バイト料三倍にするからさ」

「おっと、三倍って言ったわね、お主。武士の言葉に二言は許されぬぞ。裏切ったら打ち首じゃ」

 急に時代劇調になる。しかも、本格的な声色で。なにせ、高校時代、演劇部の部長で、部員全員が反対したのに時代劇をやって、しかもその主人公の殿様役をやったという経歴の持ち主だ。

「大丈夫だよ。約束するよ」

「ふ~ん。そんなに大事な客なんだ」

「そうなんだよ。だから受けてくれる」

「いいよ。徹ちゃんの頼みならたとえ火の中、山の中」

「はい、水の中ね」

「冷静にツッコミを入れるな。ところで、その人どんな人」

「詳しくはメールで送るけど」

「徹ちゃんのメールなんか読むの忘れちゃうから、今言って」

「わかった。じゃあ簡単に言うね。年齢は三十八歳」

「おやじじゃないか」

「おやじっていうなよ。僕とほぼ同い年なんだから」

「だから、おやじって言ったんでしょう」

「東京都出身」

と徹。

「宮城野部屋」

 と、愛。

「相撲取りじゃない」

「はい。で、次」

「T大学出身」

「T大学出身? それだけでいやだ」

「なんでよ。お宅のパパと同じじゃないか」

「だから嫌なの。T大学出身者ってみんなパパと同じで面倒くさいのばかりだから」

「最近の若い人はそうでもないさ」

「そんなことないよ。私のボーイフレンドの中にもT大卒が結構いるけど、変わってるのが多いよ。そう思わない、貴様は?」

「き、きさま」

「千鳥の大悟のギャグじゃあ」

「知ってはいるけどさあ。愛ちゃんに言われるとなあ。まあいいや、それでね、職業は財務省の高級官僚」

「あんだって?」

「志村けんで驚くな」

「あの噂の財務省?」

「エリート中のエリートだよ」

「だいたい、高級って何よねえ。じゃあ低級官僚って言葉あるの」

「まあ、確かにそうは言わないね」

「でしょう。そういうところからして嫌。それに財務省って、もうすっかり忘れられちゃってるけど、あのモリザルで問題のところでしょう」

「惜しいな。モリザルじゃなくて、モリカケね」

「蕎麦に変わりはあるじゃなしって。エリートが何だっていうのよ。エリートなんてコンクリートより役に立たないわよ、私にとっては」

「その通りです」

 だんだん徹が面倒くさがっているのがわかる。なので、敢えて続ける。

「それに、もうひとつ、事務方トップのセクハラ、パワハラ疑惑ってのもあったじゃない。あれももう忘れられちゃってるけど。ひとりの女として許せないわよね」

「そうだね。わかるけど、まあその問題はいったん置いておいて」

「おいておいてって、シャレ?」

「違うわ。もう話を先に進ませろ。趣味はクラシック音楽を聴くこと」

「なんでそういう人たちって、バカの一つ覚えみたいにクラシック好きなんだろうね」

「それは当たっている。親も元官僚。兄弟は弟が二人」

「ああ、女の扱いはまるでできなそうだね、こりゃ」

「そこも当たっています。だから、うちに登録しています」

「で、顔は?」

「普通」

「普通?」

「以下」

「最初から普通以下って言え」

「そんなこと、愛ちゃんに言えません。怖くて」

「どうせ言ってるじゃないか」

「で、どの程度?」

「どの程度って。言葉にできないレベルでございます、お嬢様」

「ひゃあ、怖~い。敢えて言葉にするとどうなるの」

「ええ~、うそー、信じられない。こんな感じでございます」

「ふ~ん」

「何なら写真送ろうか」

「いいです。ホラー映画は見るまでが楽しみだから」

「最後に名前は?」

「西園寺公男」

「えっ、西園寺ってか。まるで漫画の主人公」

「そうなんですよ。期待できるでしょう」

「う~ん。徹ちゃんにしたら近年稀に見るヒットかもね」

「あっ、それから言うの忘れたけど、登録上は公務員とだけ書いてあって、官僚とか財務省に在職ということは伏せてあるからよろしくね」

「なんで隠すのよ。どうせ会えば自慢たらたらとしゃべるくせに。ああ嫌だ嫌だ」

「まあそう言わないで、お願いしますよ、世界で一番美しい愛お嬢様」

「うん? わかってるね、君。じゃあ、正直な君に免じて受けてあげる~」

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