454 試される? (1)

「おぉ、そうか! いやぁ、良かったぜ。折角の根回しが無駄にならずに済んだな! はっはっは!」

 俺の言葉を聞いたマーモント侯爵は、機嫌良さそうに笑って椅子から立ち上がると、俺の後ろに移動してきて俺の肩をパンパンと叩いた。

 けど、しっかりと逃げ道を塞ぎ、外堀を埋めているのだから、最初から予定通りなのだろう。

 それでいて、基本的には関係者全員に不利益がないのだから、なんとも言えない。

 貴族になること自体は面倒という気持ちの方が強いが、ハルカと結婚して子供を持つことも考えると、冒険者よりも余程良いことは間違いないんだよなぁ……。

 とはいえ、貴族なんて俺の将来設計にはなかったので、不安も大きい。

 具体的には人付き合いとか、嫉妬とか、政治的な問題とか。

 これまで、全然知らなかった世界なわけで――。

「いきなり平民を貴族にしたりして、反発はないんですか?」

「まったくない、とは言わねぇが、思惑あってのことだからなぁ。単純に優遇しているわけじゃねぇってことを、大半の貴族は理解しているから、嫉妬も少ねぇ」

「それは、新陳代謝を促し、国を強くするという意味で?」

 権謀術数。

 ドロドロした貴族社会を想像していただけに、嫉妬が少ないのは予想外。

 それこそが一番のネックだったのだが、この国の貴族は思った以上に愛国者が多いのだろうか?

「それもあるが、それだけじゃねぇな」

 高ランク冒険者パーティーは、戦況を左右する戦力と、下手な貴族を超える資金力を持っている。

 それが味方であれば頼もしい限りだが、為政者からすればそんなが何のしがらみもなく国中をふらふらしていたら、不安で仕方ない。

 あとは、排除するか、取り込むか。

「で、この国は取り込む方を選んだってわけだ。有能な冒険者を貴族に取り立てて適当な領地を与えれば、自国の戦力になる上に国の領地まで広がる。一石二鳥だな」

 しかも基本的に与えられるのは未開地で、国の負担はほぼないし、多少の年金は出すことになるにしても、高ランク冒険者の有用さを考えれば問題になるような額でもない。

「何というか……さすがに、したたかですね」

 俺が呆れ混じりにため息をつけば、レイモン様が苦笑して口を挟んだ。

「ナオ、それだけじゃないよ。高ランクの冒険者でも大半は元平民。そんな相手にいきなり爵位を与えると、どうなると思う?」

「どうとは……大変なのは確かですよね」

「……もしかして位打ち、ですか」

「不相応な地位や仕事を与え、自滅させることを狙っていると?」

 ナツキとハルカが眉をひそめ、レイモン様は肩を竦めた。

「そこまで追い込んだりはしないさ。恨まれるからね。基本的に辿る道は二つ。一つは領地の開発で財産を溶かしたあげく、失敗して国に領地を没収される道」

「それ、十分に追い込まれてないかな……? あたしならさっさと逃げるかも」

「だよな? オレだってそうする。……リアがいなければ」

「そうなっても王都に屋敷を与えられ、生活に不自由しない程度の捨て扶持も貰える。その代わりに国は、多少は開発が進んだ未開地を手に入れるわけだね」

 それなら……大丈夫なのか?

 少々マッチポンプ気味ではあるが、財産を溶かして崖っぷちの状態から、王都でのんびり暮らせるようにしてもらえれば、むしろ感謝すらするかもしれない。

「もっとも、そんな者はほとんどいない。高ランクになれる冒険者は、元平民でもそれなりに賢いからね。できもしない領地運営に手を出すより、もう一つの道を選ぶんだよ」

 それは、運営のノウハウを持つ人物を雇い、その人にサポートしてもらうなり、いっそのこと大半の仕事を任せてしまうなりしてしまうこと。

 そしてそういう人物は、大抵が仕事にあぶれた貴族であり、既存貴族の子供たちである。

「新たな領地ができれば仕事も多く発生する。治安を守る領兵、土地の整備や建物の建設、それらに必要な資材など。爵位を一つ与えるだけで、お金が回るわけだ」

 しかも、お金の出所は貴族になった冒険者の懐である。

 結果として領地の開発に成功すればそれで良し。

 仮に失敗しても、一つ目と同じ道を辿るだけであり、いずれにしても国に損はない。

「ごく稀に第三の道……自分たちで上手くやってしまう者もいるけれど、これは本当に希有な例だからね。あまり目指さない方が良いだろう」

「なるほど……そんな事情があるのなら、貴族の反対も少ないでしょうね」

 この国の場合、貴族の子供でも家を継げなければ平民となる。

 そんな子供にとって、自分を重用してもらえそうな職場は重要だし、親にとっても子供を雇ってくれそうな貴族家の新設に強く反対する理由はないだろう。

 だが、半ば強引に貴族にされる冒険者からすれば、必ずしも嬉しくないわけで……。

「でも、そんなことをしていたら、高ランクの冒険者が国外に流出しませんか? 冒険者に国籍なんてないようなものですし」

「当然、相手を見てやるさ。例えば君たちみたいに、人族以外が複数含まれるパーティーは流出しにくい。近隣では、この国が一番暮らしやすいからね」

「出て行けないことを見越してのこと、ですか」

 にこやかに笑うレイモンを見て、俺やハルカはため息をつく。

 他国のことを詳しく知っているわけではないが、この国で暮らせなく不利益を考えれば、爵位ぐらいは素直に受け取っておこうかと思える。

 完全に足下を見られているが、そう思わせるような多種族が暮らしやすい政策を執っている時点で、この国の勝ちなのだろう――勝ち負けの問題なのかは不明だが。

「それに、本当に他国へ流出すると困る冒険者であれば、事前に意向を訊くし、優遇もするから」

「……つまり、俺たちぐらいなら、根回しの必要もないと」

「簡単に言えば、そうだね。君たちには面白くないだろうけど」

「いえ、その程度で文句を言うほど、私たちも子供ではありませんから」

「まー、所詮ランク六だしねぇ。ダンジョンに価値はあっても、あたしたち自身は普通の冒険者だから」

「君たちは十分に有能だと思うけど、現状では国の情勢を左右するほどではないからね。もっとも、将来には期待できそうだし、リアが嫁ぐことを考えれば、一〇年も経てばどうなっているか解らないと、私は思っているけどね」

「それは過分な評価、ありがとうございます」

 フォローするように言うレイモン様に軽く頭を下げ、俺は「それで」と言葉を続ける。

「これからどういう流れになるんでしょうか?」

「まずは近日中に王都に赴き、ナオとトーヤの叙爵の式典だな」

「王都で式典、ですか……」

 初めての王都には少し興味があるが、それよりも式典があるというのが気が重い。

 ただ立っているだけに等しかったダイアス男爵の披露宴ですら、アーリンさんの詰め込み教育が必要だったのだ。

 叙爵の式典となると、どうなるか。

 その面倒くささを思ってため息をつく俺に、マーモント侯爵は軽く笑う。

「そんなに気張る必要はねぇぜ? 参列者はほとんどいねぇし、国王も冒険者上がりのお前らに厳しいことを言ったりはしねぇから」

「それでも、国王の前に出るとなると……」

「ナオはまだマシだろ? 多少はマナーを学んだんだから。オレなんか、一からだぞ?」

「あの時、扱かれる俺たちを尻目に、休日を満喫しておいてよく言うな?」

 アーリンさんの手間を考えれば、トーヤたちにまで教える余裕はなかっただろうが、初めて訪れた町を楽しめなかったモヤモヤは忘れていない。

 多少は苦しめと、ちょっぴり昏い喜びに笑みを漏らした俺だったが――。

「大丈夫だぞ、トーヤ。私がしっかりと教えるからな!」

「さすがはリア、頼りになるな。よろしく頼む」

「あぁ、任せておけ!」

 見つめ合い、絆を確かめ合うトーヤとリア。

「……ちっ」

 思わず舌打ちしてしまった俺の肩を軽く突き、ハルカがため息を漏らす。

「ナオ、止めなさい。みっともない」

「そうですよ。ナオくんには私がいるじゃないですか」

「あたし、ね! ……まぁ、今回のことでは役に立たないけど」

「それはそれ。ハルカだってあの時は結構苦労――してなかったな、そういえば」

 俺に比べると、明らかに楽に熟していた。

 勿論それは、ネーナス子爵領で事前にイリアス様相手に行われていた授業を、きちんと聞いていたからなのだろうが。

「特別な作法があったりしますから、そのあたりは面倒ですよね。私も貴族のマナーはよく判りませんし……」

「今後を考えると、あたしたちも勉強した方が良いのかな?」

「ある程度は知っていた方が良いだろうな。叙爵の作法に関しては、儂が教えてやるから安心しろ。それとも、講師としてウチのメイドで美人なのを見繕ってやろうか?」

 マーモント侯爵が揶揄うように俺を見る。

 そんな侯爵に対し、俺は――。

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