453 顔合わせ (5)

 領主であるマーモント侯爵なら、この町の出来事を知ることなど容易いだろう。

 俺たちの情報を集めれば、ミーティアがシャリアたちに言った言葉が耳に入ったとしても、決しておかしくはない。

 その情報が正しいかどうかは別にして。

「それは――」

「そういうことなら仕方ないよね! ナオ、頑張ろうね!」

「ですね。ナオくんなら大丈夫ですよ。私たちもサポートしますから」

 まだ決まったわけではないと、正確な情報を伝えようとした俺の言葉を遮り、ユキとナツキが笑顔で身を乗り出した。

「えぇ……二人とも、なんでそんなに乗り気なんだ? 貴族だぞ?」

 貴族の地位を得ることで守れるものもあるだろうが、気ままな冒険者生活は失われる。

 俺としては、冒険者ランクを上げて立場を確立する方が望ましいと思うのだが、ユキたちは不思議そうに俺を見る。

「え? だって、公に家族と認められたら、将来に不安がなくなるし?」

「はい。老後も安心です。一緒にいられますね?」

「だが……」

 言葉を濁す俺を見て、エミーレ様が目を丸くし、リアもそれに賛同するように頷く。

「まぁ! 三人ともこんなに可愛いのに、ナオさんは不満があるんですか?」

「うむ。あまり付き合いが長くない私でも、彼女たちの有能さはよく解るぞ?」

「いや、不満というか……リアだって、トーヤが他の人と結婚したら嫌じゃないか?」

「ん? 何でだ? 無責任な行動は許さないが、二、三人の妻がいることなど、普通だろう?」

 そうだった。

 こう見えてもリアは生粋の貴族の令嬢。俺たちとは感覚が違う。

「ナオ、もう諦めたら? 結婚したところで、どうせ今とそんなに変わらないわよ」

「ハルカ……。だが、ダンジョンについては、メアリとミーティアも――」

「あん? そっちの二人は、所有権には絡んでねぇぞ?」

 半ば苦し紛れに挙げた二人の名前だったが、マーモント侯爵は不可解そうに眉根を寄せた。

「え? あれは、イリアス様の護衛依頼の報酬として受け取ったもの何ですが……」

 『避暑のダンジョン』を見つけた時には、二人はいなかったが、護衛依頼については参加していた。当然、二人の権利も含まれていると思っていたのだが……。

「そいつらは未成年だろ? お前たちの持つ権利は国に登録する正式なものだからな。子供には認められねぇんだよ」

「そうなんですか?」

「あぁ。冒険者をやっていて、影響するようなことはほぼねぇんだけどな」

 未成年だと権利に制限があるというのは理解できる。

 元の世界でだって、色々な契約は保護者の承認が必要だったわけだから。

 この国で未成年に土地の所有が認められないというのも、十分にあり得る話だろう。

「冒険者ギルドには登録できるが、半人前扱いだからな。お前らが二人から搾取しているとか、あんまりに酷い状態なら、ギルドが仲裁に入ることはあるが――」

 マーモント侯爵が問うようにメアリたちに目を向ければ、二人はすぐにブンブンと首を振った。

「あの、私たちは全然! 私たちが生きているのは、ナオさんたちのおかげですし……」

「そうなの! ミーも美味しい物が食べられて、不満はないの!」

 多少報酬に差がある程度では、問題にもならないらしい。

 俺たちの場合、通常の報酬はメアリたちにも等しく分配しているし、十分な衣食住も保証している。

 それにメアリたちが持つ武器も、冒険者になったばかりということを考えれば、分不相応なレベル。

 ダンジョンの権利が与えられなかったとしても、まったく問題になるようなことではないらしい。

「それでも気になるんなら、二人を養子にでもしたらどうだ?」

「養子ですか!? 私たちの?」

 声を上げたのはハルカだったが、俺は当然として、ナツキたちも目を丸くする。

 二十歳にもならない自分たちが養子を取る。

 その現実感のなさに大きな戸惑いを感じた俺たちに対し、マーモント侯爵は当然として、リアやエミーレ様も平然と――いや、むしろ不思議そうに俺たちを見ている。

「驚くようなことか? もちろんナオたちじゃなく、トーヤとリアでも構わねぇとは思うけどな」

「私は構わないぞ? 二人もお前たちと同じパーティーで活動するうちは問題ないだろうが、別に仕事を請けたりするのであれば、貴族の子供という事実は大きい」

「その方が安全だろうね。冒険者、子供、親がいない。それでいて良い装備を持っているとなると、良からぬことを考える者がいても不思議ではないから」

 マーモント侯爵だけではなくリアやレイモン様にまで言われ、俺たちは顔を見合わせ、次いで突然の話に困惑しているであろうメアリたちの方を見たのだが……。

 ――ん? そうでもない?

 どっちかと言えば嬉しそう?

「えぇっと……、二人は……どう思うかな?」

 そんなメアリたちにユキがやや遠慮がちに尋ねると、二人は揃って笑みを漏らした。

「頼れる人ができるのは、嬉しいです。孤児院でも、引き取ってもらえる子供はほとんどいないので……」

「お兄ちゃんたちなら、安心なの!」

「……なるほど、メアリたちにとっては身近なことなのね」

 考えてみれば、メアリたちは一〇歳そこそこ。

 自分たちでもある程度は稼げるようになったが、二人だけで生きていけるほどでなく、明確な繋がりのない状態に不安を覚えるのも理解できる。

 これまでは俺たちも、素性の知れない冒険者だったが、貴族という明確な地位を持てるのであれば、二人を家族に迎え入れるのも良いのかもしれない。

「しかし、いきなり貴族とは……なかなか唐突なお話ですね?」

 決して悪い話ではないのだろう。

 だが、俺の意志が介在しないところで色々と決まっているのは、なんとなく納得がいかない部分はある。

 そんな思いを込めて多少の皮肉を込めて言ってみるが、マーモント侯爵は鼻で笑った。

「ふっ、大体こんなもんだぜ? 第一、国王が高が冒険者に『貴族に任命しても良いか?』なんて訊くと思うか?」

「……思いません、ね」

 この国の貴族は比較的平民との距離が近いようだが、それでも封建社会なのだ。

 王様の言うことは絶対――ではないにしろ、ただの冒険者が逆らうことは難しいだろう。

「まぁ、どうしても嫌だ、貴族にはなりたくねぇっつーなら、断っても構わねぇ」

「――え? 良いんですか?」

「もっともその場合は、ダンジョンの権利は取り上げられるだろうし、この国に居続けることも難しくなるかもな?」

「ぐっ……」

 俺が欲しいと思わなくても、叙爵されることは一般的には名誉なことである。

 それを拒否してしまえば、国王の面目は丸つぶれ。

 推薦を行ったスライヴィーヤ伯爵やマーモント侯爵、ネーナス子爵との関係も拗れるだろうし、冒険者としての活動にも支障が出るだろう。

「実質、選択肢なんてないような……」

「一応、この国を出て行きゃ、しがらみはなくなるぜ?」

「周辺には人族以外には厳しい国が多いのに、ですか?」

「オースティアニム公国はそこまででもねぇよ。もっとも、この国を出るならリアを結婚させることはできねぇ。それは解るな?」

「――っ!」

 マーモント侯爵がニヤリと笑い、トーヤが瞠目して俺を見る。

「………」

 リアは侯爵令嬢。ただの平民と結婚して、この国の外に出るなんてできないことは理解できる。

 トーヤのことを考えれば、受ける以外はない、か?

 貴族になると自由がなくなりそうで嫌なんだが……いや、待てよ?

「マーモント侯爵、俺が辞退して、トーヤだけを貴族とするのは……?」

「あん? そりゃできるけどなぁ……」

「ナオ!? ま、まさか、オレを見捨てたりしないよな!?」

 マーモント侯爵が片眉を上げ、トーヤは縋るように俺を見る。

 ――が、ハルカたちならともかく、トーヤにそんな目を向けられても俺は揺るがない……あんまり。

「けど、あんま薦められねぇぜ? 儂は気にしねぇが、推薦したスライヴィーヤは面白くねぇだろうしな」

「むむ……それは、あまり良くないですね」

 俺が頼んだわけではないが、そんなことは関係ないだろう。

 それに、同じエルフの貴族。もしもの時には頼れるかもしれないのに、ここで敵に回してしまうのはマズい。

「それにな? 貴族になることは、お前にとっても悪いことじゃねぇと思うぞ?」

「確かに貴族の地位には、価値があると思いますが――」

「そうじゃねぇよ。ダイアス男爵の披露宴の時のことを忘れたか? ハルカがパーノ・グノスに絡まれてただろ?」

「……よくご存じで」

 あの時に割って入ってくれたのはアーランディ様だったし、マーモント侯爵はその後から来たので見ていなかったはずなのだが……。

「情報収集を怠る貴族は、貴族じゃねぇよ。でだ。あのボケは、あれでも男爵。地位を笠に着て、お前たちにちょっかいをかけてきたら面倒じゃねぇか?」

「それは……」

 今のところ問題は起こっていないが、今後も大丈夫とは言い切れない。

 拠点を定めていないのならまだしも、俺たちは主にラファンで活動し、そこに自宅まであるのだ。

 貴族がその気になれば邪魔をすることなど、そう難しいことではないだろう。

「だが、お前が貴族になれば爵位も彼奴以上。それに加え、スライヴィーヤを始め、儂らがお前とハルカの仲を認めたとなれば、手出しはできねぇ」

「それは、私としてもありがたいです。正直、あの人の目は……」

 やや不安げに響くハルカの声。

 改めてハルカたちを見れば……うん、四面楚歌。

 トーヤは言うに及ばず、ユキとナツキは俺が貴族になった方が都合が良いと思っているようだし、ハルカも先ほどのマーモント侯爵の言葉で完全にそちら側だ。

 メアリとミーティアは養子のことがあるので、同じだろう。

 最初からこの流れは決まっていた、ってところか?

 俺たちの情報だって、かなり詳しく集めていたようだしなぁ……。

 そして俺自身がどう判断するかも、すでに解っているのだろう。

「……さすがは侯爵ですね。解りました。頑張ってみます」

 僅かなため息と共に、俺は頷いたのだった。



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