443 奥伝 (2)
「し、師範!? 来ていたのか!」
「気付かなかった……。いつの間に?」
トーヤとアルトリアが焦ったようにそちらを振り返ると、師範はヤレヤレとばかりに肩を竦めた。
「お前が来た直後――っつーか、お前の後ろを歩いていた。こっそり、気配を消してな」
「マジで? 全然気付かなかった……。オレ、これでも索敵とか、それなりにできるんだけど」
「そのへんは冒険者だな。魔物なんかはそれでも良いだろうが、人間の暗殺者なんかは、殺気も出さずに刺しに来るぞ? 〝剛身〟だって、突然刺されたら効果は薄いしなぁ」
「い、いや、暗殺者に狙われる覚えはないぞ……?」
トーヤが戸惑い気味に言葉を返すが、師範は舌打ちをしてトーヤを睨む。
「おいおい、お前、リアと結婚するんじゃねぇのか? このリアだぞ? 思いを寄せる男の一人や二人――いや、一〇人や二〇人いるに決まってるだろうが!」
「確かに!?」
「ち、父上――!?」
師範の言葉にトーヤが『ズガーン!』と瞠目し、アルトリアが慌てたような声を上げる。
「思いあまってお前をぶっ刺しに来る奴や、暗殺者を雇う奴がいてもおかしくないだろうが!!」
「ごもっとも!?」
「ト、トーヤも――!?」
「不意を打たれて死ぬようじゃリアを安心して任せられねぇ。お前も修行しろ」
「むむっ、オレが誠実でも、逆恨みのパターンもあるか……」
昔ナオたちと話した、『レベルアップすれば、女に包丁に刺されても大丈夫』みたいな話を思い出し、トーヤは眉間に皺を寄せる。
あの時に想定していたのは、男と女の痴情の縺れ。
そこには一応、互いの色恋があり、自身の行動によって避けることも可能だろう。
だが、ストーカーは違う。
ただの知り合い程度の関係でも、その人物の中ではいつの間にやら恋人同士と変換され、本来の恋人は横恋慕している邪魔者、排除すべき敵となる。
理屈が通じないのだから、自分たちが気を付けて避けられる類いのことではない。
「……よし! 幸い、パーティーメンバーにはそっち系が得意なヤツもいる。オレも頑張って修行するか! リアは可愛いからなぁ……間違いなく、危ない」
「ト、トーヤ、褒めてくれるのは嬉しいが、私はそこまでモテないぞ? 知り合いも少ないし……」
気合いを入れたトーヤをアルトリアが恥ずかしそうに見るが、トーヤは真顔で首を振る。
「そんなことねぇだろ。それに知り合いは少なくても、訓練されたストーカーだと、目が合っただけで恋人同士とか言い始めるからな?」
「えぇ!? それ、どう考えても異常者だろう!?」
「そう、異常者なんだよ、ストーカーは。何をするか判らねぇから、厄介なんだ。でも安心してくれ。何があっても、リアのことはオレが守る」
「トーヤ……ありがとう。だが、お前の背中は私に守らせてくれ。夫婦は助けあってこそだろう?」
「リア……あぁ、オレと一緒に――」
と、見つめ合ったトーヤとアルトリアだったが、今度は物理的に師範がその間に割り込んだ。
そんな師範をトーヤがやや不満げに見上げるが、師範は逆にトーヤを睨めつける。
「だから、親の前でイチャつくんじゃねぇ! そもそも皆伝にならねぇと認めねぇからな?」
「おっと、そうだった。師範、早く試験をしてくれ」
「お前が時間を浪費したんだろうが! ……ちっ、さっさと行くぞ」
急かすように手を動かすトーヤに師範は軽く舌打ち。
呆れたようにため息をつくと、トーヤたちを促して歩き出した。
◇ ◇ ◇
三人がやってきたのは道場の裏手。
そこは普段、トーヤたちが奥義の練習に使っていた空きスペースで、当然ながら師範もよく知る場所だったが、その一角に見慣れない物を見つけ、彼は訝しげに目を眇めた。
「リア、あれは何だ?」
師範が指さす先にあったのは、一抱えほどの四角いブロック。
両側に手を掛けられるような窪みが設けられ、白っぽい物、黒っぽい物、その中間の三種類がそれぞれ十数個ずつ積み上げられている。
「あぁ、あれは破岩の練習用に、トーヤの仲間が魔法で作ってくれた物です」
「魔法で? 斬魔だけじゃなかったのか? 自然の岩と同等の硬さにするのは難しいはずだが……三種類あるのは?」
「恥ずかしながら、私は何度も木剣を折ってしまいまして。見かねたナオ――先ほど申したトーヤの仲間ですが、彼が少し柔らかい物も作ってくれたのです。色の薄い物がそれで、それより濃いのが普通の岩ぐらい、一番濃い物は普通より硬い岩ぐらいになっているそうです」
「ほぅ……?」
アルトリアの解説を聞き、師範は興味深そうにブロックに近付くと、それを軽く叩いて驚いたように目を見開いた。
「確かにそれぐらいの硬さはありそうだ。かなり高度な魔法を使うようだな」
「はい。短期間で奥義を修得できたのは、彼の協力があったからですね」
「なるほどな。では、早速その成果を見せてもらおうか。まずはリアからだ」
「わ、私からですか? ――解りました」
アルトリアは少し驚いたように目を瞠ったが、すぐに覚悟を決めて真剣な表情になって頷くと、師範から五メートルほど離れた位置に移動した。
「では、瞬動から。すぅ……はぁ……。行きます!」
数回深呼吸して、グッと脚に力を入れたアルトリアが飛び出す。
その動きはトーヤが中伝の試験で見せた動きよりも速かったが、少し離れていればなんとか目で追える速度であり、当然ながら師範が見本で見せた瞬動にはまったく及ばない。
だが、師範は特に不満そうな顔はせず、小さく頷いた。
「ふむ。基礎はできているな。後は伸ばしていけば良いだろう。次は破岩だ」
そう言いながら師範は中間の硬さのブロックを持ち上げると、それをアルトリアの前に転がし、「やってみろ」と木剣を渡す。
それを受け取ったアルトリアはブロックの前でそれを構え、暫し精神集中。
小さな気合いと共に、一気に振り下ろした。
「――ふっ!!」
ガンッ!
鈍い音が響き、ブロックの上半分が砕けて落ちる。
対してアルトリアの持つ木剣は――無事。
それを見て、彼女は安心したように息を吐く。
破岩は木剣で岩を砕く技。
ブロックを真っ二つに割ることはできていないが、一応は合格範囲だろうとアルトリアは判断したのだが、やや不安は残り、窺うように師範を振り返った。
「……どう、でしょうか?」
「なるほどな。――ちょっと貸してみろ」
師範が差し出した手に、アルトリアが木剣を載せると、師範はそれを軽く叩いてひび割れがないのを確認、何気ない様子で残ったブロックに向かって木剣を振り下ろした。
カンッ!
響いたのはアルトリアの時よりも甲高い音。
それはやや軽くも聞こえる音だったが、木剣が当たったブロックは、見事に真っ二つになっていた。
その違いを喩えるならば、アルトリアがハンマーで叩いて砕いたとするならば、師範が行ったのは、楔を打ち込んで割ったような、そんな感じだろうか。
それを目にしてアルトリアは小さく息を呑んだが、師範はなんでもないように頷いた。
「この石も十分硬いようだな。変なクセもなく割れにくい。奥義の練習には最適か。……なぁ、トーヤ。これ、もっと作ってもらうことはできねぇか?」
「必要ならナオに依頼してくれ。タダでやれと言わなければ、引き請けると思うぞ? そこのはオレが頼み込んで作ってもらったものだし」
トーヤが軽く肩を竦めてそう言えば、師範は顎に手を当てて考え込んだ。
「岩を遠くから運ばせるよりは安上がりか……。リア、検討してみてくれ」
「解りました。多少なら予算は出せますが……私の結果は?」
頷きながら窺うように見るアルトリアに、師範はポンと手を打つ。
「おぉ、そうだったな。お前の破岩は問題ねぇ。もう少し鋭さが増せば、〝砕く〟から〝割る〟に近くなる。最終目標は〝斬る〟だが、木剣じゃ儂でもできねぇ。まずは〝割る〟を目指せ」
「はい! 精進します!」
「おう、頑張れ。さて次は……剛身にするか。リア、気合いを入れろ」
「はい! ――っ!!」
アルトリアが口をギュッと結び、師範を睨み付けるように見ると、師範はやや気乗りしない様子で木剣を片手に持ち、ぷらぷらと揺らしながら彼女に近付く。
そして、アルトリアから数歩の位置で一瞬動きを止め、次の瞬間、彼女の意識の隙を突くようにスッと近付いて木剣を振り下ろした――そのお尻に向かって。
「ひゃん! 痛っ――くはない、ですが、なんでそこを狙うんですか!?」
響いたのは「パァァンッ!」というなかなかに大きな音と、アルトリアの調子外れの悲鳴。
思わず漏らしてしまったその声に、アルトリアは恥ずかしそうに顔を赤らめ、自分のお尻を両手で庇って非難するように師範を見るが、彼はそんな視線などどこ吹く風と肩を竦める。
「予想外の場所でも攻撃を防げる。それが剛身のメリットだからな」
「――とか言って、師範。リアが失敗しても安全そうな場所を狙っただろ?」
やや呆れたような目をトーヤが向ければ、師範は一瞬沈黙して、笑った。
「……ま、それもある。治癒士もいねぇからなぁ。必要なら厳しい修行をさせることも厭わねぇが、避けられる怪我は避ける。当然だろ?」
「うぅ……それならば、お腹でも良かったのでは?」
恨めしげな視線をアルトリアから受けても、師範は笑みを崩さず首を振る。
「一応、トーヤの前で朝飯を吐いたりしないように、配慮してやったんだぜ?」
「配慮に感謝、と言いたいところですが、余計な心配ですね。訓練中に何度かやりましたから」
アルトリアはどこか吹っ切れたように胸を張り、師範は信じられないような表情でトーヤを見た。
「おいおい、トーヤ、容赦ねぇなぁ? お前、リアに懸想してんじゃねぇのかよ」
「もちろん、そこはナオにやらせた。オレはリアに恨まれたくないからな!」
「お前……パーティーの仲は大丈夫か? ギスギスしてねぇだろうな?」
「大丈夫だ。うちのパーティーは付き合いも長くて、仲が良いからな。そんなことを任せても、揺らがないぐらいに!」
「私としては、たとえトーヤにやられても、恨んだりはしないのですが――」
「模擬戦ならまだしも、ただ殴るというのは、な。勘弁してくれ」
「というわけでして」
アルトリアはそう言って、少し困ったような、それでいてどこか嬉しそうに微笑む。
そんな二人を見て、師範は少し疲れたようなため息をついた。
「……まぁ、問題ないなら、別に良いんだが。さて、最後は斬魔だな」
師範が取り出すのは、中伝試験の時に実演で使った『
彼はそれを片手で玩びながら、先ほどまでとは変わって明らかな不安を顔に浮かべながら、アルトリアを見る。
「大丈夫なんだよな……?」
「はい、問題ありません。やってください」
「本当だな?」
再度確認する師範に、トーヤが不思議そうな目を向ける。
「師範、やけに慎重だな?」
「あのなぁ、これの『
「大丈夫だと思うけどなぁ。けど、そんなに心配なら、治癒士を手配すれば良かったんじゃ?」
「しようとしたが、リアに止められたんだよ……」
師範としては当然の備えとして、治癒士を手配して試験を行うつもりだった。
だが、それをアルトリアに伝えたところ、『私を信じてくれないのですか?』と悲しげに言われてしまい、涙を呑んで断念。自分の娘を信じることにしたのが実情である。
――もっとも、その代わりとして、高価なポーションを懐に忍ばせているのだが。
「はぁ……けど、信じるって言ったしなぁ」
そう言いながらも、不安は大きいのだろう。
師範は以前、自分が斬魔を披露した時と比べると、三倍ぐらいの距離を取り、アルトリアに向かって杖を構える。
「それじゃ、行くぞ?」
「はい、いつでも」
アルトリアが木剣を構え、杖を持った師範と対峙する。
「……『
それはあまり気合いの入っていない声ではあったが、杖はその効果をしっかりと発揮した。
杖の先から生まれた『
彼女はそれをしっかりと見据え――。
「はっ!!」
気合いと共に振るわれた木剣は、確実に『
師範の実演とは異なり、切り裂くことはできていなかったが、それでも問題はなかったようで、師範はホッとしたように表情を緩めた。
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