441 婚活 (5)

 俺の胡乱な視線を感じたのか、トーヤが慌てて手を振った。

「気持ちだけな? 気持ちだけ。本気じゃねぇよ?」

「その割には言葉が強いが?」

「そんぐらい本気でやってただけだって」

 ――そういや、俺もそれぐらいの気持ちで気合い入れてたわ。【鉄壁】の訓練の時は。

 もちろん気持ちだけ。本気で怒ったり、憎んだりはしてなかったぞ?

「……まぁ、納得できなくもない」

「だろ? でも、オレがリアを攻撃して、そんな感情を向けられたらヘコむじゃん? 本気じゃなくても。嫌われたくねぇし」

「……で?」

 話の流れが読めてきた俺の視線が胡乱を通り越し、厳しいものになるが、トーヤはめげずに宣った。

「オレがやるのは避けたいが、ナオなら別によくね? って」

「俺がぶっ殺すぞ、コノヤロウ」

 いや、気持ちは解るよ?

 俺だって、ハルカから『コロス!』みたいな視線向けられたくないし。

 たとえ訓練だったとしても。

 だからといって、それをトーヤに押し付けるとか…………うん、やるな。躊躇なく。

 しかしトーヤがハルカを叩くのは、それはそれで業腹なことを考えれば……。

「普通に、誰か女性の門下生に頼んだら良いんじゃないか?」

「それが、リアが道場主の娘だからか、遠慮してしまうらしい」

「それは……仕方ないか」

 普通の立ち会いならともかく、無抵抗の女の子を木剣で殴れとか、道場主とか関係なく、俺だって躊躇する。

「ま、それは後々考えるとして、トーヤの結婚のためだ。協力してやろう」

「あぁ、頼む! ……じゃない、奥義修得な、奥義修得」

 力強く頷いた後、慌てて訂正するが、トーヤの本心など訊くまでもない。

 訊くまでもないが、一応確認してみる。

「奥義とリアとの結婚。お前にとって重要なのは、前者と後者、どっち?」

「後者!!」

「自信満々に言うな。隠せ。そのあからさまな欲望を少しは隠せ。その努力をしろ。冗談抜きに刺されるぞ?」

「うむ。最優先は奥義“剛身”の習得か」

「努力の方向性が違う! 刺されない努力をしろ」

 他の門下生たちは道場の中で修練していて、外にいるのは俺たち三人だけなのだが、道場の扉や窓は開け放たれていて、視界は確保されている。

 今日来たばかりの俺にすら時折、嫉妬雑じりの鋭い視線が飛んでくるのを感じるのだから、トーヤなど言うまでもない。

 だが話を聞いてみればそれも必然。

 門下生には思った以上に女の子もいるが、その中でもリアは群を抜いた美少女である。

 それに加えて道場主の娘という付加価値まで付けば、それを奪っていく“ぽっと出”のトーヤに対する嫉妬は、かなり酷いものになることは想像に難くない。

 もし俺がその立場なら、模擬戦にかこつけて、トーヤをボコっているところだろう。

 それをされていないのは、トーヤの実力があるからだろうが……。

「少しは他の門下生に気を遣ってるか?」

「えー、でも、リアとの結婚は既に運命だし?」

「そうなんだろうな! お前の中ではな!」

 ただ可愛いだけならまだしも、道場という利権まで絡むとなると、冗談じゃ済まないかもしれない。

 今は訓練なので着ていないが、鎖帷子、普段から着させておくべきか?

 こちらに来た頃、包丁で刺されて云々みたいな話をしていたが、痴情の縺れで友人が殺されるとか、冗談なら笑えるが、現実になったらマジ笑えない。

「ホント、頼むぞ? もしも死んだら、弔辞で『痴情の縺れで男に刺されました』って読むからな?」

「それはいかんな。オレの立ち位置が微妙だ」

「……なにが?」

「女に刺されたならモテモテの色男って感じだが、男に刺されたんじゃ、俺が横恋慕していたのかと誤解する人がいるかもしれない」

 女に刺されても、結婚詐欺師みたいなクソ野郎って可能性もあると思うが……。

「仕方ないな。『とても人気があり、多くの男から狙われていたトーヤが』も入れてやろう。これで良いか?」

「おぉ、それならかなり明確に――誤解されるじゃねぇか!」

「嘘じゃないだろ?」

「嘘じゃねぇけどな! 言葉のマジック!」

「おかしいなぁ、人気者と褒めてるのに。ご希望なら『その身体は辱められていた』も追加してやろう。迷わず成仏してくれ」

「疑惑は深まった! 酷い印象操作だ! 全力で貶めてきたな!?」

「時に言葉は、剣よりも強し。誤解を招く表現があっても、それは受け取り手の問題だ」

 ただの死体毀損と取るか、別の意味で取るかは、心の清らかさ次第である。

「言葉の暴力だ! マスコミ報道のごとき横暴さを見たぞ」

「それが嫌なら、死ぬな。友人の弔辞なんて読みたくはないぞ。……当分は、な」

 無事に冒険者を引退できれば、寿命の違いからして俺がトーヤの弔辞を読む可能性は高そうだが、それはできるだけ先であって欲しい。

「全力で気を付けるわ! そうなったらマジで化けて出るぞ? 釈明のために。――この世界、アンデッドとかいるし、案外可能じゃね?」

「安心しろ。その時までには『浄化ピュリフィケイト』をバッチリものにしておく。お前が高ランクのアンデッドであっても、出合い頭で一発浄化してやろう。言い分も聞かずに」

「努力の方向性が違う!」

「うむ。話が戻ったな。お互い、正しい方向に努力しようじゃないか」

「なんか釈然としねぇ……」

「まぁまぁ。注意するに越したことはないんだからさ。――リア!」

 ぶつくさ言っているトーヤを宥め、リアに声を掛けると、彼女は素振りを止めてこちらへとやって来る。

「方向性は決まったか?」

「まぁな。俺も全般的にサポートするからよろしく。リアの方は、何か感覚は掴めたか?」

「こちらこそよろしく頼む。魔力剣の感覚の方は、残念ながらさっぱりだ! 指導に期待したいところだな!」

「うむ。それに関しては、ナオ、早速頼んだ」

 期待の視線を向けるリアに、トーヤは腕組みをして頷くと、そのまま俺の方にパスしてきた。

「いきなり俺か? 剣ならトーヤだと思うが」

「剣術ならそうだろうが、どっちかと言えば魔力の扱いだろ? これって。オレは感覚的だからなぁ」

 俺も感覚的にやってるんだが……トーヤよりはマシか。

 一応、魔力に関することだし。

「リアもそれで良いか? 自ら身に付けるのが重要とか、そんな流派みたいだが」

「そうなのだが……私の場合、既に数年努力して成果が出ていないし、このままだと本当に行き遅れそうだからなぁ。トーヤだって、この町を拠点とした冒険者ではないのだ。何年も待ってはいられないだろう?」

 おっと。トーヤに対する好感度が思った以上に高いっぽい。

 結婚に前のめりなのはトーヤの方だけかと思ったが、そうでもない?

「リアはトーヤでも良いのか? こんなんでも」

「こんなんとは酷いな!?」

 トーヤの苦情は聞き流し、俺は更に言葉を重ねる。

「絶対コイツ、リアの外見に一目惚れだぞ? 結婚については、急がず慎重になるべきだと思うが……」

 できればトーヤを応援はしたいが、結婚が現実的な距離にあるとなるとちょっと話が変わる。

 単なる交際であれば、上手くいかなくても『残念だったね』で済むが、結婚してしまうとリアにダメージが大きい。

 であるならば、変に理想や幻想を持たせるよりも、最初から下げておいた方が、失望することもないだろう。

 ――さすがに、『娼館通いしてるんすよ!』と告げ口したりはしないが。

 そんな俺の心遣いにも拘わらず、トーヤは不満そうに俺に詰め寄った。

「ナオは慎重すぎんだよっ! 十年単位でチンタラしてるのを、傍で見てるオレの身にもなれ!」

「なっ! そ、それは今、関係ないだろ!」

 確かに告白まで、一〇年以上かかったけどさ!

「関係あるわ! こんなのはフィーリング。最初に決断できなけりゃ、無駄にダラダラと延びに延び、半端な状態が続くことになるんだ! 焦れったいんだよ!!」

 実感こもってるなぁ、オイ。

 しかし、付き合いが長いだけにそのへんのことを持ち出されると、弱い。

 弱いのだが――。

「……つまり、一目惚れだったのは否定しないと?」

「おう! けど、この一ヶ月ほどで更に惚れた!」

 トーヤは強く応え、リアに強い視線を向けて臆面もなく断言した。

「そ、そう言われると照れるな」

 端で聞いていただけの俺も恥ずかしいのだから、真っ正面から言われたリアは余計にだったらしく、彼女は顔を赤くしてちょっとだけ後ろに下がった。

 俺にはちょっと言えない言葉である。

 二人っきりならともかく、少なくともこんな人前では。

 絶対、道場内の門下生にも聞こえてるよなぁ……。

 剛身の習得、待ったなしである。

「それからナオ。心配してくれるのはありがたいが、私は問題ないぞ? なんと言っても、トーヤは強いからな!」

 強さが基準か!

 さすがは剣士、さすがは道場主の娘か。

 あまりにも潔い言葉にやや呆れてしまうが、その笑顔を見るに本心なのだろう。

「そも、夫婦の関係なんて、婚姻を結んでから仲を深めていくものだ。容姿以外も好きになってもらえるよう、私の方も努力すべきだろう?」

 リアは当然のように言うが……これが一般的な考え方、なんだよなぁ。

 俺の考え方とは微妙に相容れないが、そのへんの価値観は押し付けて良いものでもない。

「……解った。リアも納得している以上、これ以上は言わない。頑張って奥義を修得しよう」

「あぁ!」

「おう!」

 力強い返答に相応しく、二人の意欲はすさまじかった。

 それが奥義修得と結婚、どちらに対してのものかは不明だが、俺はトーヤに引き摺られるように道場へ日参するはめになり、当面の間、疲労困憊の日々が続くことになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る