436 中伝試験 (5)

「よっしゃ! 最後は剛身だな。多少の攻撃なら生身でも耐えられるって技だが……リア、お前が打ち込め」

 機嫌の良さそうな師範から木剣を渡され、アルトリアはキョトンと首を傾げる。

「私? トーヤではなく? 試験を受けた者がやることではないのか?」

「バッカ、コイツが手加減なしに打ち込んできたら、儂が怪我するだろうが!」

「やはり、トーヤはそれほどに……」

「師範とあれだけ戦えるんだもんなぁ」

「あれで我流とか、詐欺だろ、絶対」

 少々情けないことを力強く断言した師範だったが、幸いなことにそれは師範を侮る方向には行かなかったようで、アルトリアを始め、他の門下生たちも感心したような視線をトーヤに向けた。

「つか、お前レベルの冒険者なら、剛身と同等のことはできんじゃねぇのか?」

「……まぁ、否定はしない」

 アルトリアに木剣で殴られて無傷でいられるかは微妙だが、トーヤには冒険者としての経験と、【鉄壁】スキルがある。

 未だ包丁で刺されても無傷、なんてレベルには達していないが、一般人に殴られたとしても怪我をするのは殴った方、というぐらいには高い防御力を備えるようになっている。

「だよなぁ? 今まで見せてきておいてなんだが、他の奥義も数年もすりゃ、コイツなら普通に辿り着きそうなんだよなぁ。これが独学っつーなら、うちの門を叩く意味なんぞねぇよ」

 師範は顎に手を当ててトーヤを見ると、目をすがめてニヤリと笑う。

「――お前、やっぱりリアが目的だろ?」

「だから、師範――」

 アルトリアが呆れたように反駁しようとしたが、それを遮ったのは師範ではなかった。

「その通りだ!」

「トーヤ!?」

 瞠目して振り返るアルトリアに対し、トーヤは肩をすくめて笑う。

「いや、折角だから、宣言しておいた方が良いかと思ってな」

「な、何もこんな時に……」

 アルトリアはどこか困惑したように視線を泳がせるが、その表情はどこか満更でもなさそうで、それを見たトーヤは笑みを深め、周囲の門下生たちからはトーヤに向かって怨嗟の視線が飛ぶ。

「こんな時だからこそ、だな。さすがに入門したて、初伝を認められただけじゃ言えなかったが、中伝ならそれなりだろ?」

「違いねぇ。文句を付けるなら、自分も中伝になれって話だもんなぁ?」

 そう言いながら師範が視線を巡らせると、トーヤに向かって強い視線を向けていた数人の門下生が気まずげに顔を逸らした。

 それを目にした師範は、「根性が足りねぇ」と不満げにこぼすが、トーヤに視線を戻すとすぐに面白そうな表情に戻った。

「つっても、ただ許すのも面白くねぇな。――よし。トーヤ、お前、皆伝になれ。そうすりゃ、結婚を認めてやる」

「――えっ?」

 一足飛ばしに妙なことを言い始めた師範に、トーヤの方が戸惑ったような表情になる。

「師範が結婚を認めるって……いや、皆伝は目標だったから、それは良いんだけどよ。リアの結婚をなんで師範が? サルスハート流は結婚に制限があるのか?」

「いや、そんなものはない。ないんだが……」

 トーヤとしては願ったり、叶ったりでも、師範が認めることに何の意味があるのかとアルトリアに視線を向けるが、彼女は言葉を濁し、チラリと師範の方へ視線を向けた。

 それを受け、師範はニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべ、アルトリアの肩に手を置いた。

「おいおい、儂が口を出すのは当然だろ? 娘だからな」

「へー、そりゃそうだな。……ん? 娘? 誰が? 誰の?」

 トーヤは『それならば』と頷き、一瞬沈黙、目を瞬かせて、信じられないものを見るような視線を師範へと向けた。

「リアが、儂の、だ」

「……え、マジで? 冗談じゃなく?」

 横に並んだ師範とアルトリアの間で視線を左右させ、どこか否定を期待するかのような問いをアルトリアに向けたが、彼女はため息と共に「間違いなく」と頷いた。

「え~? えぇ~? 師範って呼んでたよな?」

「あぁ、道場では師範と門下生の関係だからな。ここで父と呼んだりはしないようにしている。けじめをつけるためにな」

「そんな理由が。――全然似てねぇ」

 師範のことを父と呼ばない理由に関しては納得したが、再度見比べてみても、トーヤには二人の間に血縁を見いだすことは難しかった。

 アルトリアがすらっとしたやや細めの体格で、涼やかな美人なのに対し、師範はゴツいマッチョでかなり大柄。それに加えて、顔もゴツゴツとした強面である。

 互いに似たパーツを探すのも難しく、『目元が父親に似ている』とか、新生児を見せられた人が苦し紛れで使うようなおべっかすら言いづらい。

 種族に関しても、獣人という大きなくくりでは同じだが、頭の耳はよく見比べるまでもなく、熊と狼ではっきりと異っているのだから、事前情報なしで親子と見分けるなど、特殊能力でもなければ無理だろう。

「私は母親似なんだ。父は熊系だが、母は狼系の獣人だからな」

「息子は儂に似たからなぁ。アルトリアが生まれた時にはそりゃ喜んだもんだぜ」

「だろうな。オレでもそう思う」

「だろ? ――って、失礼だな、テメェ!」

「師範が言ったんだろ!」

「それでも『お父さんに似ているところもある』と世辞ぐらい言うもんだろうが!」

「お義父さんと呼んで良いなら、心ない世辞ぐらい山盛りでお見舞いしてやるが?」

「誰がお義父さんだ!! 皆伝になってから言え! ついでに心も込めろ!」

「師範、めんどくせぇ!」

「察しろ! 男親の複雑な心境を察しろ!」

 顔を顰めるトーヤに文句を付けた師範だったが、その理不尽さは自分でも理解していたのか、すぐにため息をついて言葉を続けた。

「けど、ま。そのへんの感情を抜きにすりゃ、悪くねぇんじゃねぇか? リアも伴侶とするなら自分より強いヤツが良いって言ってたしな」

「ちょっ、師範!?」

「単に強いだけならいねぇこともねぇんだが、年の頃が見合う相手となると、な。こりゃ、行き遅れ確定か、と思ってたんだが……あんまり鍛えるのも考えものだな」

「だから――」

「しっかし、何をとち狂ったか、最近は料理の勉強を始めたと思ったら――」

「それ以上、余計なことを言うな!」

 自分を無視して話し続ける師範に、アルトリアがキレた。

 手に持っていた木剣を振り上げると、それを遠慮なく師範に対して、「ぶんっ!」と振り下ろす。


 ガキンッ!


 が、聞こえてきたのは肉を叩く音ではなく、どこか硬質な、金属を叩いたかのような硬い音だった。

「おっと、突然だな。トーヤ、これが剛身だ。これを極めれば、夫婦喧嘩をしても耐えられるぞ?」

「ふんっ、ふんっ!」

 ガキンッ、ガキンッ!

 二度、三度と木刀を振り下ろすアルトリアと、「むんっ!」とダブルバイセプスのポーズでそれを受け止める師範。

「こんな感じに、娘にじゃれつかれても安心だ。獣人の場合、幼くても力が強いヤツがいるからなぁ。ハッハッハ!」

「お、おう……」

 素人とは言えないアルトリアの木剣を受けても笑っていられる点は凄いし、周囲の門下生たちも感心したような声を漏らしているが、その絵面はかなりひどい。

 普通の感性を持つトーヤは少し引いたように応えるが、アルトリアは良い機会だからと、更に攻撃を加える。

 ――奥義を間近で見る良い機会なのか、それとも鬱憤を晴らす良い機会なのかは、彼女のみが知ることであるが。

「ふんっ! ふ――あっ」

「おっと。さて、こんなもんだな」

 更に数度、アルトリアの木剣を身体で受けた師範だったが、彼女が木剣を振り上げたタイミングでそれを軽く掴むと、ひょいと取り上げ、木剣で肩をポンポンと叩きながらトーヤたちに背を向けた。

「トーヤ、方法は問わねぇから、奥義と同等のことを実現して見ろ。――あぁ、それから。ついでにリアも皆伝になれよ? じゃねぇと認めねぇからな」

「私はついでか!?」

 あっさりと木剣を奪われたことに加え、肩越しに軽く付け加えられた言葉に、アルトリアが愕然とした表情で、顎を落とした。

「お前、『皆伝に至れない未熟者だから』って、縁談断っただろうが。そんなお前があっさり結婚したら、儂の体裁がわりぃんだよ」

「うっ……それを言われると、何も言えない」

「だろ? そいじゃ、儂はもう帰るから、二人で頑張れ」

 背を向けたまま手を振る師範が道場の敷地から出ていくと、周囲の門下生たちも三々五々と道場の中へと戻っていき、修行を再開する。

 中にはトーヤに対して恨みがましい視線を向けている者もいたが、他の門下生に突かれて何か言われると、諦めたようにため息をついて去って行き、その場に残ったのは、トーヤとアルトリアの二人のみだった。

「帰ってしまったな」

「あ、あぁ、少し無理を言って時間を空けてもらったからな」

「この道場が仕事ってわけじゃないのか」

「これだけじゃ仕事にならないさ。門下生から月謝は貰っているが、師範にはまったく給料は払っていないし、私も小遣い程度だ。それですら、予算ギリギリなんだから」

 公私の区別を付けると言っていたアルトリアであるが、実際のところ、道場の補修費用などは師範の財布から出ていたりするので、道場経営としては完全な赤字である。

 良く言うなら、予算を限界以上に使った質の高い修行環境を提供しているわけだが、普通に言うなら、経営者として失格である。

「本当は、月謝を上げるなり、費用を削るなりするべきなんだろうが、今のところなんとかなっているからな」

「そうなのか」

「うん、そうなんだ」

「………」

「………」

 言葉が途切れ、二人の間に沈黙が横たわる。

 少し居心地の悪い、しかし不快とも違うそんな空気に両者ともにどこか落ち着かない様子だったが、やがてトーヤが意を決したように口を開いた。

「師範はああ言ったが、リアは問題ないのか?」

「……ん? 問題?」

 訊きづらいことを訊いたつもりだったトーヤだったが、アルトリアの方は『何を言われたのかよく解らない』とばかりにパチパチと瞬きをして首を傾げた。

「結婚のことだ。リアの気持ちも確かめず、師範に申し込むような形になったが」

「結婚相手を家長が決めるのは普通だろう? トーヤこそ私で良いのか? はっきり言って、剣を振ること以外、何もしてこなかった私だぞ?」

「リアと結婚できるなら、何も問題ない!」

「そ、そうか……」

 あまりにもきっぱりとした直言に、アルトリアは頬を染めて目を逸らす。

 だが、トーヤからすれば念願の獣耳のお嫁さん。

 容姿もどストライクとなれば、多少の欠点ぐらい目を瞑る――いや、目にも入らない。

 トーヤにとっては、『色の白いは七難隠す』ならぬ、『獣耳付きは七難隠す』である。

「家事、その他については、金さえ稼げば人を雇うこともできるしな」

 特殊技能を要しない労働に関しては、かなり賃金が安いこの世界。ランク六の冒険者であるトーヤの稼ぎからすれば、家政婦を雇うお金など大した額でもない。

「い、いや、努力はするつもりだぞ? 美味しいものを食べてもらいたいからな」

「そ、そうか、ありがとう」

「う、ううん、気にしないでくれ……」

「………」

「………」

 初々しくも、再び頬を染めて沈黙する二人。

 青楼でナンパスキルを鍛えたトーヤであるが、それは所謂遊びの相手。

 当然ながらこういう状況には対応していない。

 互いに反応を窺うようにしつつ、しばらくの沈黙を経て、再度口開いたのはトーヤであった。

「も、問題はオレの仕事だよなぁ。少なくとも今のパーティーにいれば、稼ぎに関しては心配する必要ねぇんだけど……」

「冒険者か。やったことはないが、腕に自信はある。付いていくことはできると思うが?」

「それも良いんだが、子供ができたときのことを思うとなぁ……」

「き、気が早いぞ、トーヤ!?」

「け、けどよ、あり得ることだろ!? 先日も知り合いが子供を産んだんだが、色々あってなぁ……大変だった。安心できる環境を整えねぇと!」

「そ、それは……私を気遣ってくれるのは嬉しいが、そもそも、私を含めて皆伝に至れねば結婚もできないんだ。普通に考えれば数年はかかるぞ? 大丈夫なのか? その間のお前の仕事とかは」

 その前に心配すべきことはあるんじゃないかというアルトリアを、トーヤは真剣な表情で見返した。

「大丈夫だ。そんなにかけるつもりはねぇから」

 千載一遇のチャンス。

 下手に時間を掛けて、状況の変化――師範やアルトリアに心変わりされたり、他の門下生が中伝になって、ライバルとして名乗りを上げたりされては堪らない。

 ここで確実に仕留める。

 そう心に決めたトーヤに迷いは一切なかった。

「オレに秘策あり、だ!」

 力強く断言すると、自信ありげに笑ったのだった。

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