421 坑道の中へ (4)

「「「うっ……」」」

 穴の中から出てきたのは、頭部が失われたロック・ワームの死体だった。

 煌々と明るい『ライト』に照らされて、なかなかにグロテスクな断面を見せつけられることになったシャリアたちが呻き声を上げる。

 対してメアリとミーティアが平然としているのは、踏んできた場数の違いだろう。

 でもシャリアたちの気持ちもよく解る。

 俺だって最初の頃は、獣の解体ですら吐き気を催していたのだから。

「さあさあ、ドンドン引っ張ってくれ。かなり長そうだったからな」

「う、うん。わかった……」

 やや表情を引き攣らせながらも、作業を続けるシャリアたち。

 ずりずり。

 ずりずり。

 途中で疲れてきたタニアとメアリが交代したりしつつ、なんとか引きずり出されたロック・ワームの胴体の長さは、最終的に二〇メートル近くに達した。

 頭の部分がなくなっているから、元の長さは二〇メートルを超えるだろうか。

 とにかく長くてデカい。

 そして重い。

「うわぁ、想像以上に大きい! ナオ、よくこんなのを斃せたね?」

「幸いなことに、頭がこちら側に向いていたからな。十分な火力があれば、そう難しくはない。尻尾側だと逃げられたかもしれないが」

 硬い岩でも削り取る強靱な歯を持つロック・ワームであるが、逆に言うとその歯で岩をガリガリと削り、穴を掘らないと移動できない。

 岩の中を泳ぐ、みたいな特殊能力を持っているわけではないため、戦闘時に移動できるのは既に掘り終わっている場所、つまり前後のみである。

 ただし、その移動速度はかなり速いため、良い目印となるランタンなど持って近付けば、攻撃準備を整える前に突進してきたロック・ワームに頭からパクリ、である。

 俺の場合は『ライト』を先行させたので危険性は低かったが、それができなければこんな方法は取っていなかっただろう。

「それでも凄いですよ~。でもこれ、どうするんです? 放置?」

「いや、今日の探索はここまでにして、これを持ち帰ろう」

「ロック・ワームは売れますしね」

「そうなのにゃ? なら、ちょっと重いけど、頑張って運ぶにゃ!」

 早速とばかりにロープを肩に掛けたタニアだったが、そんな彼女と俺をミーティアが不思議そうに見比べた。

「もう帰っちゃうの? これぐらいなら、マジッ――」

「………」

 マズいことを口に仕掛けたミーティアの口をメアリが素早く塞ぎ、俺がシッと唇に指を当てると、ミーティアはハッとしたようにコクコクと頷く。

 シャリアたちとは出会ったばかりで付き合いが浅い。

 そんな彼女たちにマジックバッグを見せることは、トラブルを呼び寄せることにもなりかねず、極力避けるべきだろう。

 シャリアたちが悪いことを考えなくても、彼女たちがポロリと口を滑らせ、それが悪人の耳に入る危険性だってあるのだから。

「……? ミーティア、どうかしたの?」

「な、なんでもないの! ちょっと時間が勿体ないと思っただけなの!」

 シャリアに不思議そうな視線を向けられ、メアリの手から解放されたミーティアは慌てて誤魔化すが、シャリアはそんな言い訳でも納得したように頷く。

「あー、それはちょっとね。まだ早い時間だし」

「でもかなり重いですから、時間はかかると思いますよ?」

「同感です~。帰りはほとんど上り坂ですから……」

 坑道は基本、入り口から下る方向に掘られている。

 つまり、この巨大なロック・ワームの死体を引き摺って坂を登る必要があるわけで。

 全員で引っ張っても、かなりの重労働になることは間違いない。

「だよね。それじゃ、すぐに帰るってことで。――ところでナオ。この穴は埋めなくて良いのかな?」

 シャリアが指さすのは、ロック・ワームによって作られた横穴。

 微かに感じる空気の流れからして、外に繋がっていると思われる。

「仕事の範囲外だとは思うが……魔物が侵入しても困るな。蓋だけしておくか」

 俺は土魔法を使い、簡単には崩れないが、壊そうと思えば壊せるぐらいの壁を作り、ロック・ワームの掘った横穴にサクッと蓋をしたのだが、それを見ていたシャリアたちは、驚いたように目を瞠った。

「すごっ!? え、ナオって、土魔法もこんなレベルで使えるの?」

「エルフって、凄いです~?」

「エルフの中でも俺は、まぁまぁ魔法が得意な方だと思うぞ?」

 風呂作りで結構頑張ったから。

 エルフのことはよく知らないけど、アエラさんよりは上だと思うし。

「本当は全部埋めた方が良いんだろうが、そのへんは町長に任せるとしよう」

 作った壁と地図上の現在地に印を付けて、踵を返す。

 依頼が終わった後でこの地図を返せば、その気があれば町長が対処するだろう。

 最善は横穴の終点を確認し、そちらも塞いでおくのが良いのだろうが、シャリアに言った通り、それは仕事の範囲外。

 別途依頼されるなら請けても良いが、サービスでやるには横穴が長すぎた。

 具体的には、中腰で歩き続けて腰が痛い。

 もう入りたくない。

 これが立って歩けるだけの大きさなら、やっても良かったんだが……その場合は、ロック・ワームが脅威過ぎるか。

 直径一メートルほどのロック・ワームでもかなり危険なのに、直径二メートルのロック・ワームとか、ちょっと戦いたくないからな。


    ◇    ◇    ◇


「な、何じゃこれは!!」

 ロック・ワームを引き摺って町まで戻ったところ、なかなかの騒ぎになった。

 まぁ、考えてみれば当たり前。

 こんな巨大な物を町に持ち込んで、町の人が平然としている方が怖い。

 どんだけ世紀末な町なのかと。

 以前、ペトシー(命名俺)をケルグに運んだ時は、マジックバッグを使っていたので人目に触れることはなかったが、今回は隠すこともなく運んでいるのだから、人が集まるのも当然だろう。

 ついでに町長までやってきてくれたのは、俺たちにとっては僥倖。

 町長の所に寄らずにギルドに直行できるので。

 正直、かなり重かったんだよ、全員で頑張っても。

 マジックバッグのありがたみを、改めて実感、である。

「坑道の中にいたロック・ワームだ。頭の部分は失われているが」

「こ、こんなものが……。良くやった! これが事件の原因ということで良いのかの?」

「それは何とも。まだ、坑道すべてを回ったわけじゃないからな」

 可能性は高くとも、断定はできない。

 そういう俺に、町長は少し残念そうながらも、納得したように頷く。

「……そうか。そうじゃな。じゃが、こんなものと鉱夫が遭遇すれば、殺されかねん。斃してくれて助かったわい」

「いや、仕事だからな。その代わり、相応の討伐報酬は貰うことになるが」

「これだけの物じゃ。仕方なかろうな。準備しておくわい」

 ……へぇ、ちょっと意外。

 少しぐらいは渋ると思ったんだが、町長は追加の報酬をあっさりと認めた。

 もっとも、渋ったところできっちり取り立てるつもりであるのだが。

 そのために契約書を作ったのだから。

「その代わりと言ってはなんじゃが、この魔物、譲ってはくれぬか? もちろん、ギルドに売却した場合と同等の対価は払うが」

 俺が感心した直後に付け加えられたその言葉に、俺は少し考え込む。

「そうだな……シャリアたちはどう思う?」

「え? ナオが一人で斃したんだし、ナオが決めても良いと思うけど?」

「そうにゃ。ナオが決めれば良いにゃ」

「私も同じです~」

 メアリたちも……反対はなしか。

「……解った。ギルドへの報告はするが、その後であれば売っても構わない」

「おぉ、ありがたい、助かるわい。それで、調査の方は?」

「まだ完全には終わっていないな。明日以降も、未探索部分の確認を続ける予定だ」

「なるほど、よろしく頼むぞ! 応援しているからな! わっはっは!」

 ロック・ワームを手に入れることができたからか、それとも少なくとも問題の一端は担っていそうな魔物を退治できたからか、町長はとても良い笑顔で俺の背中をバシ、バシと叩く。

「は、はぁ……」

 激励してくれるのは良いのだが、それが老齢に足を踏み入れたオジさんからとなれば、なんともアガらないこと、この上ない。

 しかし相手は依頼人、『美少女にチェンジで』とか、『言葉よりも金をくれ』とか言えるはずもなく、俺は曖昧な笑みを浮かべ、スキップでもしそうなほど、軽い足取りで去って行く町長を見送ったのだった。

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