420 坑道の中へ (3)

 ナオがロック・ワームの掘った穴に入った後、シャリアたちはナオに言われたとおり、その穴の左右に分かれて坑道の前後を警戒していた。

 少しダレていた空気も一転、現実的な脅威の痕跡が目の前にあることもあり、彼女たちの間に気の緩みはない。

 だが、その代わりに漂っているのは不安感。

 付き合いの長いメアリとミーティアはともかく、シャリアたち三人は、時々穴の方を振り返って心配そうな表情を浮かべている。

「……ねぇ、本当にナオ一人で大丈夫だったのかな?」

「判りません~。私たち、ロック・ワームもよく知らないですし……」

「反省にゃ。下調べが足りなかったにゃ」

「当初の依頼票には書いてなかったですからね」

 深いため息をついたシャリアたちを、メアリがそう言ってフォローするが、タニアはゆっくりと首を振った。

「でも、ミーティアでも知ってたにゃ」

「私たちの場合、ナオさんたちが魔物事典を揃えてくれてますから……」

 少し困ったように眉尻を下げつつ、メアリが再びフォローする。

 正確に言うなら、海の魔物が載っている巻は抜けているのだが、この国で遭遇する既知の魔物の大半については網羅されている。

 それを自由に、いつでも読めるのだから、メアリたちの学習環境がかなり恵まれていることは否定できない事実である。

「そ、そっか。やっぱり高ランクと一緒にいると――」

「冒険者ギルドで調べられるの! 簡単なの!」

「「「………」」」

 メアリのフォローをミーティアがバッサリと切り捨て、シャリアたちを沈黙させた。

 そして更に追い打ちを掛ける。

「お兄ちゃんたちも、最初の頃は冒険者ギルドで頑張って調べてたって言ってたの!」

「「「………」」」

 ミーティアが年上なら少しは自分に言い訳もできるだろうが、実際には五歳以上も年下。

 ランクが上だからとか、環境が良いからとか、それを言い訳にするにはこの年齢差は大きく、自分たちでも努力する余地があることは理解できているため、シャリアたちは何も言えなかった。

「努力なしに強くはなれないの。そして、知識も冒険者の力なの!」

 ふんすっ! ふんすっ! と鼻息も荒いミーティアに、メアリもフォローを諦め、苦笑を漏らした。

「ま、まぁ、ナオさんたちがとても努力家なことは間違いないですね。かなりの数の本を読んでいますし、治癒魔法があってこそだとは思いますが、時に大怪我をするような訓練も、毎日欠かさずやっています」

「……それって、メアリたちも同じにゃ?」

「ミーたちはあんまり怪我しないの」

「ナオさんたちと比べると弱いですから。私たちが全力でやっても、ナオさんたちはきちんと寸止めできる余裕があるんです」

「でも、それぐらいには必死で訓練してるんだよね?」

「もちろんです。それぐらいは当然すべきことだと思ってますから」

「強くなったら、何があっても怖くないの!」

 実際、二人はかなり頑張っていた。

 年齢を考えて、ある程度の加減はしているナオたちだったが、遊びたい盛りの年齢にも拘わらず、訓練に参加しないことはないし、泣き言を言うこともない。

 何というか、超ストイック。

 出会った当初に『養ってもらう』とか言っていた割に、自立した女性を目指しているとしか思えない姿。

 ナオたちからすると、それは少し心配になるほどだったが、この世界の厳しさを考えれば、二人の気持ちも理解できるため、止めることもできずにいた。

 そしてそんな二人の頑張りは、ナオたちが努力をし続けられる原動力にもなっているのだった。

「そっか。ボクたちももっと頑張らないと! 道場で成績が良かったから、ちょっと自惚れてたかも」

「です~。同期で一番とか言われて、安心してたの」

「訓練の回数を増やすにゃ! 良かったら、メアリたちも一緒に訓練して欲しいにゃ!」

「いつまでヴァルム・グレにいるかは判りませんが、時間がある時なら良いですよ。ナオさんも、ああ見えてお人好しですから、頼めば付き合ってくれると思います。落ち着いたら、ここでも朝の訓練を始めると思いますし」

「……うん、訓練の裏付けがあるんだもんね。きっとナオなら――」

 ドガンッ!

 ゴゴゴッ!!

 突如、穴の中から、爆発音と何かが崩れるような音が響いてきた。

 明らかに何らかの戦闘音。

 シャリアたちが戦った場合には到底発生し得ないようなその音は、彼女たちの不安感をかき立て、三人は狼狽したように顔を見合わせた。

「ねぇ! 本当に大丈夫!?」

「凄い音がしてるにゃ!」

「大丈夫です。もしナオさんで大丈夫じゃなかったら……」

「なかったら~?」

 アーニャの問いかけに、メアリは澄んだ瞳で答えた。

「諦めます」

「諦め早!?」

「それだけ信頼できるってことです。ナオさんたちがいなかったら、私もミーも生きていませんし」

「……そうなの?」

「はい。死にかけていたところを拾われましたから」

 意外そうに聞き返すシャリアに、メアリはコクリと頷く。

「その年で冒険者してるから、何かあるとは思ってたけど~」

「怪我を治してくれたのも、衣食住を整えてくれたのも、そして冒険者として鍛えてくれたのも、ナオさんたちです」

「お兄ちゃんたちに引っ付いていたら、万事安心、なの!」

 盲信にも思えるミーティアの言葉だが、周囲の冒険者に少し話を訊けば、自分たちがどれほど恵まれているかはすぐに解ること。

 少なくともこれまで、ナオたちがミーティアの信頼に応えなかったことは、一度としてなかった。

「だから、安心して待っていれば良いと思いますよ」

「解った。ボクたちも信頼して待ってみる」

 そして、爆発音などが収まってしばらく。

 ずるり、ずるり。

 穴の中から、何かが地面を這いずるような重い音が聞こえてきた。

 やがてそこから出現したのは――。


    ◇    ◇    ◇


「ふぅ。キツかった……」

「「「ナオ(さん)!」」」

 穴から這い出て、大きく息をついて顔を上げると、何故かシャリアたちが、俺を囲むように武器を構えて立っていた。

「ん? どうした? 警戒すべきは左右の通路だぞ?」

 その点、メアリとミーティアはこちらに視線を向けつつも通路側に武器を構えているので合格。

 こちらも警戒するのは良いが、通路から目を逸らしちゃダメだろう。

 そちらから敵が来る危険性だってあるんだから。

「だって、不審な音がするんだもん! 気になるよ!」

「そうです~。一体何が近付いてきたのかと」

 抗議するように手をブンブンと振る二人に、俺は首を傾げた。

「不審な音……? あぁ、これか。ちょうど良い、ちょっと持っててくれ」

 俺は手に持っていたロープの端をアーニャに押し付けると、グッと腰を伸ばして身体をほぐす。

「痛たたっ! くぅ~~、腰と膝が死ぬかと思った!」

「攻撃を受けたのかにゃ!? 怪我は大丈夫かにゃ!」

「あ、いや、単にずっと曲げてたから。中腰で長距離を移動するのは、めっちゃ辛いぞ?」

 嘘だと思うならやってみるといい。

 公園なんかにある、下水管を利用したトンネル型の遊具。

 子供の頃ならともかく、大人になったこの身体で、そこを何百メートルも移動することがどれだけキツいか!

「……戦闘の方は?」

「そっちは特に。魔法一発だったし」

 『ライト』を先行させていたおかげで、かなりの余裕を持ってロック・ワームを発見することができ、更には都合の良いことに、こちらの方に頭を向けてくれていた。

 あとは、口の中に『火球ファイア・ボール』を放り込むだけの簡単なお仕事。

 逃げることもできずに頭を吹っ飛ばされたロック・ワームは、あっさりと息絶えた。

 やや誤算だったのは、閉所だったからか『火球ファイア・ボール』が予想以上の威力を発揮したところか。

 十分な距離を取っていたつもりだったのに、俺のいる所まで爆風と石の破片が飛んできたし、周囲の壁も多少崩れてしまった。

 不幸中の幸い、ロック・ワームの破片は飛んでこなかったので、ぬちょぬちょになることは回避されたが、後始末にはちょっと苦労させられてしまった。

「怪我はなかったんですね~、良かったです~」

 俺の言葉と、そして実際に見ても怪我がなさそうなことに、シャリアたちが安堵の表情を見せる。

「崩れるような音もしてたから、心配だったにゃ」

「あと、なんか這いずる音もね」

「そっちは、そのロープだな。お土産――ってわけじゃないが、引っ張ってくれ」

「えっ? は、はい……重たいです!」

「え、何これ!? ナオ、一人で引っ張ってきたの? これを?」

「スゴイにゃ! 信じられないにゃ!」

「まぁ、かなり重かったな」

 俺がなんとかなったのは、【筋力増強】のスキルがあったからだろう。

 アーニャ一人ではほとんど引っ張れず、すぐにシャリアとタニアも手を貸すが、それでやっと。

 再び先ほどまで響いていた、ずり、ずりという重い音が聞こえ始め、やがてその音の正体が顔を覗かせた。

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