415 トーヤ、入門す (3)

 ガツンッ!

 アルトリアが仕掛け、トーヤが受ける。

 攻め手を変化させつつ攻撃を続けるアルトリアの剣を、トーヤはある程度の余裕を持って、時に受け止め、時に受け流し。

 まったく動じず、自分にとって都合の良い体勢になるよう対応していく。

 もちろん、どういう意味でのかは、言うまでもないだろう。

 数度目の鍔迫り合い。

 そこからトーヤを押すようにして離れたアルトリアは、乱れた息を整えつつ、トーヤに声を掛けた。

「随分と守りに入っているな。攻めては来ないのか?」

「初めて対戦する流派だからな。様子見だ」

 もちろん、本心は違う。

 自分から攻めていけば、勝つにしろ、負けるにしろ、決着がついてしまう。

 だが、守りに徹していれば、より長時間楽しめる。

 何が、とは言わないが。

「ガッドの時は、一瞬で決めたようだが?」

「アイツとお前、比較する意味があるのか?」

「……そうか」

 腕が違いすぎると暗に示すトーヤの言葉に、アルトリアの口元が僅かに緩む。

 しかしすぐにそれを引き締め、再度しっかりと剣を構え直した。

「だが私としては、そろそろ攻撃の方も見てみたいところなのだが?」

 できればずっと続けていたいトーヤであったが、それが不可能なことは当然に理解している。

 であるならば、勝って終わるか、負けて終わるか。

 練習試合での勝敗には、そこまでのこだわりはないトーヤであるが、今後のことを考えればできれば勝って終わりたい。

「そうだな、そろそろ行くぞ?」

 そこで初めてトーヤが攻めに転じた。

「くっ!?」

 カンッ!

 眼前に迫った剣をギリギリで受け止めるアルトリア。

 その剣にさほどの力は込められていないが、速度は彼女の想像以上だった。

 更に数度打ち込まれた剣をすべて受け止めたアルトリアだったが、その表情に先ほどまでのトーヤのような余裕は窺えない。

「速度重視の剣か!」

「そういうわけでも、ねぇけどなっ!」

 ナオはもちろん、ナツキたち相手にも容赦なく打ち込み、ときには骨折すら厭わない訓練をしているトーヤであるが、それは治癒魔法の使い手がいてこそ。

 逆に言えば、寸止めの訓練などはほとんどしていない。

 間違ってもアルトリアに致命的な攻撃をしてしまわないよう、あえて軽めに攻撃しているだけである。

「ちなみにこの道場では、剣のみを使って戦うのか? それとも実戦重視なのか?」

「もちろん実戦重視だ。打撃でも、蹴りでも、投げ技でも、何でも好きに使うが良い。だが、そう簡単に――」

「そうか。なら」

 ふふっ、と笑うアルトリアの言葉を最後まで聞かず、トーヤが動いた。

 スキル【韋駄天】。

 これまでとはまったく異なるその速度に、アルトリアはトーヤの姿を見失う。

 その次の瞬間にトーヤが現れたのは、アルトリアの背後。

 そして――尻尾を撫でた。

「ひゃんっ!」

「「「なっ――!?」」」

 可愛い悲鳴と共にアルトリアの動きが止まり、周囲からどよめきが起きた。

 その隙にトーヤの剣がアルトリアの肩に添えられる。

「勝負あり、か?」

「むっ……」

 アルトリアは自身の肩に乗った木剣に目を瞠り、ゆっくりと剣を下ろした。

「お、お前――!」

 周囲から上がった抗議の声を、アルトリア自身が手を挙げて制し、ゆっくりと首を振った。

「……実戦重視と言ったのは私だ。何をされても卑怯とは言わぬ。だが、触る必要があったか? 完全に後ろに回り込んでいたのに」

 頬を染め、お尻を押さえながら少しだけ恨めしそうに文句を言うアルトリアに、トーヤは言葉を探し、正直な真情を吐露した。

「……そこに尻尾があったから?」

 目の前に獣耳と尻尾があれば、そして許可されていれば、何はなくとも触る。

 それがトーヤクオリティ。

 まぁ、模擬戦の『何でもあり』を許可と言うべきかは微妙であるが。

「乙女の尻尾を、そのように気軽に……」

「良い手触りだったぞ?」

「……まぁ、良い」

 ぷいと顔を逸らし、熱くなった顔を冷ますように服をパタパタさせ、周囲から自分に向けられている視線に気付くアルトリア。

 その理由は言うまでもなく、師範代であるアルトリアが負けたこと――に加え、トーヤがその尻尾を触ったことであろう。

 失望とはやや違うその視線に曝され、アルトリアは慌てたように周囲に声を掛けた。

「お、お前たちは修行を続けろ! お前はこっちに――!」

 アルトリアはトーヤの腕を掴んで道場の端へと移動すると、気を取り直したように「さて」と続けた。

「改めて、この道場で師範代を務めているアルトリアだ。リアと呼んでくれ。よろしく頼む」

「トーヤだ。こちらこそよろしく」

 アルトリアから差し出された手をトーヤは笑顔で握り返し、思ったよりも柔らかかったその手のひらを図らずも強く握ってしまい、慌てて手を離す。

 そんなトーヤの様子を『うん?』と少し不思議そうに見たアルトリアだったが、すぐに笑みを浮かべた。

「歓迎する。しかし、トーヤほどの腕前があれば、今更この道場に入門する必要もないと思うが? 我流と言っていたが、正当剣術の経験もあるだろう?」

「入門する意味はあるぞ? 先ほどのリアとの立ち会いも、正直に、良い経験になったと思っている」

 実際、その言葉に嘘はなく、注意力の半分以上――七、八割ぐらいは獣耳と尻尾を愛でることに力を注いでいたトーヤであるが、残りはしっかりとアルトリアの太刀筋を観察していた。

 これまでトーヤが戦った相手の大半は魔物であり、対人戦闘、それもトーヤに匹敵するほどの腕を持つ相手との戦闘経験は、ナオたちとの訓練を除けばほぼゼロに等しい。

 それを考えれば、少なくとも対人戦闘に関して言えば、この道場で修行することは間違いなく意義がある。

 ――まぁ、入門する理由の大半がトーヤの趣味にあるのは、否定できない事実なのだが。

 道場の中にアルトリアの姿がなければ、この道場を選ぶことはなかったぐらいには。

 だからこそトーヤは、良い笑顔を浮かべる。

「これからリアと共に修行できるんだ。楽しみだな」

「そ、そうか? そう言われると少し面はゆいな」

 少し照れたように視線を逸らしたアルトリアだったが、すぐに『ふんっ!』と気合いを入れた。

「だが、そうだな、この道場でも私に並ぶ者は少ない。トーヤのような腕利きと修行できるのは願ってもないことだ。共に高め合っていこう!」

 良い修行仲間ができたと笑顔で拳を握るアルトリアと、別の意味で『よっしゃ!』と拳を握るトーヤ。

 微妙に方向性はズレているが、共に修行したいという点だけでも一致したのは、双方にとって幸いだったと言うべきなのかもしれない。


    ◇    ◇    ◇


「さて、入門試験は文句なく合格だったわけだが――」

 簡単な自己紹介を終えた後、トーヤはアルトリアから道場に関する説明を受けていた。

「うちの道場にはいくつか決まり事がある。まずは月謝が金貨五枚。ちょっと高いかもしれないが、運営にはお金が不可欠だからな。払ってもらう必要がある」

「金貨五枚か」

「た、高いか? も、もしも無理なら、私が――」

 慌てたように言いかけたアルトリアを制し、トーヤは首を振る。

「あぁ、いや、大丈夫だ。そのぐらいであれば、十分に払える」

 庶民からすれば毎月払うのはなかなかにしんどい額であるが、トーヤが青楼で一回に使うお金は、その比ではない。

 安くとも月謝数ヶ月分、下手をすれば一年分が吹っ飛ぶ。

 それを考えればこの程度の月謝など、微々たるものでしかない。

 なんと言っても、獣耳美少女と修行す戯れることができるのだから。

 だが、そんなことを知らないアルトリアは、思った以上に余裕そうなトーヤの様子に、ホッとしたように胸を撫で下ろす。

「そ、そうか、良かった……。だが、もしも厳しいときには、辞める前に相談してくれ。なんとか考えてみるからな」

 一度手合わせしただけではあるが、トーヤの持つ才能が得難いものであることは、アルトリアにも感じられた。

 そしてそれは間違っていない。なんと言っても【剣の才能】持ちだからして。

 そんな門下生を失うことは、道場としてもかなりの損失。

 月謝を無料タダにしてでも迎え入れたいというのが本音だが、他の門下生との兼ね合いを考えれば、いきなりそんなことをするのは難しく、トーヤがきちんと月謝を支払って入門してくれるのはかなりありがたいことであった。

「あ、ちなみにだが、サルスハート流を中伝まで修め、指導に協力してくれるのであれば、月謝は免除される。良ければ覚えておいてくれ」

「中伝か。資金的には当分は問題ねぇけど……中伝は、どのぐらいのレベルなんだ? そう簡単には取れないだろ?」

「うむ、簡単ではないぞ? うちの道場でも、私を含めて八人しかいないからな! その中でも師範代は三人だけだ!」

 どこか自慢げに『えへんっ!』と胸を張るアルトリアを見て、トーヤは道場の中を見回す。

 最初の頃はアルトリアとトーヤをチラチラと見ていた門下生も多かったが、二人が色々と話している間にその視線も離れ、今は各自が真面目に修行に励んでいる。

 そんな彼らをざっと数えたところ、おおよそ四〇人ほど。

「……五人に一人ぐらいが中伝って感じなんじゃ?」

「ん? あぁ、いや、そうじゃない。そこも言ってなかったな。この道場は日が昇って落ちるまで、基本的には毎日開いている。その間であればいつ来ても良いし、月に何日来ても良い。だから門下生自体は、この五、六倍いると思ってくれ」

「五、六倍……ってことは、やはり中伝は難しいんだな?」

「もちろんだとも。初伝までは努力すれば印可を得られるが、それ以上はやはり才能がないと難しい。金銭的にもな」

 大多数の人間にとって、剣術の腕を磨くということは手段であり、目的ではない。

 強くなって身を守る、冒険者になってお金を稼ぐ、兵士などに採用される。

 それを目的として道場に通うため、長期に亘って道場に通い、腕を磨き続けることは色々な面で困難である。

 そのため、サルスハートの道場に入門した者のうち、中伝にまで到達できるのは一〇〇人に一人ぐらいしかいなかったりする。

「ちなみに、中伝の上は?」

「奥伝だな。これは師範一人しか持っていない。定期的に道場に顔を出す者の中ではな」

 奥伝を得られれば、所謂“免許皆伝”。

 サルスハート流の名前で、新たな道場を開くことを認められる。

 もっとも、認められることと、道場の経営が成り立つことは別問題で、この町にサルスハート流の道場は、ここ以外に存在しないのであるが。

「なるほどなぁ……。ってことは、この道場、そんなに強い人はいない……?」

「うぐっ。だ、だが、師範は本当に強いぞ? 私ではまったく相手にならないからな! だから、辞めるなんてことは――」

「あぁ、それはない、安心してくれ」

「そうか! 良かった……」

 嬉しそうに微笑むアルトリアだが、実際のところトーヤにとって、この道場で腕を磨くことは二の次。

 一番の目的は違うので、そこはあんまり重要じゃなかったりする。

 だからこそトーヤは、一番重要なことを尋ねる。

「いつ来るかは自由ってことだが、リアはどの程度の頻度で来ているんだ?」

「私か? 私は月の半分以上は道場にいるぞ。早朝から昼までが多いな」

「へぇ。じゃあ、その時間帯に来れば、リアに会えるのか」

「うぇ!? わ、私にか?」

「あぁ、できればリアと一緒に修行したいからな」

「そ、そうか。うん、頻繁に通っている中では、私が一番だからな!」

 臆面もなくそんなことを言われ、アルトリアは少し焦ったように頬を染めて、『うんうん』と頷く。

「そ、それでどうする? 今日から参加するか? トーヤであれば、初伝はすぐに印可を与えられると思うが」

「良いのか? リア自身の修行は」

「なに、今日は師範もいない。私ぐらいになると門下生への指導をするか、自主練をするかぐらいだからな。早くトーヤと共に修行できるようになった方が、結果的に技術の向上にも繋がる」

「リアが教えてくれるのなら、是非、お願いしたいな」

「任せておけ! 初伝の印可なら、私だけで与えることができるからな。ただし、甘やかしたりはしないぞ?」

「望むところだ!」

 具体的には、アルトリアが付きっきりで教えてくれることが。

 そんな本音を隠しつつ、トーヤはサルスハート流の基本を、アルトリアから手取り足取り教えてもらう。

 動機は少々不純だが、トーヤも修行に関しては真面目だし、スキルの向上は願ったり叶ったり。

 持ち前の才能を遺憾なく発揮し、その日のうちにサルスハート流初伝を認められることになったのであった。

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