413 トーヤ、入門す (1)

「たのもー」

 道場ならこれだろうと、道場の入り口から声を掛けたトーヤであったが、それに返ってきたのは微妙に訝しげな視線だった。

 決して『何奴!?』などと反応して欲しかったわけではないが、もう少し違う反応を期待していたトーヤが、『ちょっとマズったか?』などと思いつつ周囲を見回せば、一人の獣人の男がトーヤに近付き、声を掛けた。

「あー、なんだ、何か用か?」

 大柄で筋肉質、尻尾は外に出ておらず、頭にある耳はおそらくは熊の物。

 性別、年齢共にトーヤの興味の対象外であるが、やっと反応があったことに、トーヤはホッとしたように応えた。

「入門希望だ。入門方法や決まりなんかを教えてくれ」

「あぁ、そっちか。突然何かと思ったら。普通なら、いきなり道場に来たりしないんだが…」

 少し困ったように頭を掻く男だったが、「まぁいいか」と言って言葉を続ける。

「そうだな。お前、どこかの道場で印可はもらっているか? 最低、中級ぐらいまでの」

 印可とは、この町の道場で発行されている一種の認可状で、一定程度の技量があることを保証するものである。

 それは尚武の気風が強いこの町ではそれなりに権威のある代物で、冒険者のランクとはまた違った意味で、自身の立場を補強することができる。

 だが当然ながら、この町に来たのも、道場の門を叩いたのも初めてのトーヤが持っているはずもない。

 そんな説明を聞いたトーヤは、少し困ったように眉尻を下げた。

 トーヤの第一の目的からすれば別の道場の門を叩いても良いのだが、折角ならより高い技術を学びたいし、それ以外にも是非この道場に入りたい理由が彼にはあった。

「う~ん、ないとダメなのか?」

「ダメってわけじゃないが――」

 と、その言葉を遮るように、木剣を手に持った少年が男とトーヤの間に割り込み、トーヤを睨めつけ、その胸に指を突きつけて声を上げた。

「オイ、この身の程知らず。この道場は、素人が来るような所じゃないんだよ!」

 年齢はトーヤと同じか僅かに下だろうか。

 最初の男と同様に獣人だが、トーヤと比べると少し短い尻尾と垂れめの耳はおそらくは犬系の物。

 尻尾を立てて威嚇するようなその様子に、トーヤは目を瞬かせる。

 なかなかに鋭い眼差しと気迫ではあるが、毎日のように魔物と対峙し、凶悪な敵と戦うこともあるトーヤからすれば、その程度は微風のようなものでしかなく、トーヤは平然と見返して口を開いた。

「何だ? 人の話に割り込むのは良くねぇぞ?」

「いきなり来たテメェが何言ってやがる!」

「ん? 募集日とかあるのか? それなら出直すことも吝かじゃねぇが」

「おい、ガッド――」

 割り込んだ少年――ガッドに男が声を掛けるが、彼はそれを無視して、更にトーヤに詰め寄る。

「ざけんな! テメェにこの道場は分不相応ってんだ――」

「ガッド、黙れ」

「し、しかし、マルコム先輩!」

「俺は黙れと言ったぞ?」

 低くなった男の声にガッドがバッと振り返るが、男――マルコムの顔を見て言葉を飲む。

「ぐっ……、はい」

 もう一度キッとトーヤの顔を睨んで一歩下がったガッドに、マルコムはため息をつき、トーヤに軽く頭を下げた。

「すまんな、礼儀知らずで。けどまぁ、コイツが言ったとおり、素人に遠慮してもらってるのは嘘じゃない。素人に手取り足取り教えていたら、自分たちの修行ができなくなるからな。だから印可を持たない場合は、試験を受けてもらうことになる」

「なるほど。これでもそれなりに腕に覚えはあるんだが……」

 その方が効率的か、とトーヤは頷く。

 誰彼構わず受け入れてしまうと、言うなれば、小学生と高校生を同じ教室で教えるような感じになってしまう。

 できないとは言わないが、よりしっかりと教育するならクラスごと、つまり強さによって分けた方が良いのは間違いない。

「その試験は、すぐに受けさせてもらえるのか?」

 目を眇めたマルコムは、そう言ったトーヤの身体を上から下まで眺めて頷く。

「そうだな、お前なら問題なさそうだが……誰に相手をさせるか――」

「俺にやらせてください!」

 マルコムが周囲を見回すなり、即座に手を挙げたのはガッドだった。

「ガッドか……」

「そいつ?」

 トーヤはなんとはなしに呟いただけだったのだが、ガッドの方はその言葉すら気に入らなかったのか、不快そうにトーヤを見る。

 何故そこまで目の敵にされるのか理解できないトーヤは、困惑したようにマルコムを見たが、マルコムの方は困ったように苦笑して肩をすくめた。

「これでも、入門試験には適当な技量はある。相手をしてやってくれ」

「オレは試験を受ける側だ。誰であっても文句は言わねぇよ」

「そうか。では、武器はそこの中から好きなのを選んでくれ」

 マルコムが道場の隅に置かれた、大小様々な木剣が入っている樽を示す。

「そいじゃ……これでいいか」

 トーヤはその中から、普段使っている物と同じぐらいの物を選んで軽く素振りをすると、一つ頷いてガッドに向き直った。

「よし、ちょっと場所を空けてくれ!」

 マルコムの呼び掛けに、鍛錬を続けながらも時々トーヤたちの方を見ていた門下生たちがすぐに場所を空け、興味深そうな表情で二人を囲む。

 その中央でトーヤとガッドが向かい合うと、マルコムは確認するように双方の顔を見た。

「それじゃ、準備は良いか?」

「いつでも」

「身の程を教えてやる!」

 半身になって自然体で剣を構えたトーヤに対し、ガッドはどこか気負ったように、トーヤを睨み付ける。

 その様子を困ったように見たマルコムは、少しだけ瞑目すると片手を上げた。

「――始め!」

 かけ声と同時に振り下ろされるマルコムの手。

 その瞬間、スッと前に出たトーヤが軽く振るった木剣が、軽い音を響かせる。

 コンッ!

「……えっ?」

 一瞬だった。

 たったそれだけで、ガッドの持つ木剣は弾かれ、床に転がる。

 そして、ガッドの首筋に添えられるトーヤの剣。

「勝負あり!」

 マルコムの声が上がり、ガッドが唖然と空になった自身の手を見る。

 あまりにも簡単に、そして明確に示された勝敗の図に、周囲にもどよめきが広がる。

「そ、そんな……」

「ある程度はできると思っていたが……想像以上だったな」

 ガッドがのろのろと剣を拾い上げ、マルコムはため息をつくように言葉を漏らす。

 ため息をつくようにマルコムが言葉を漏らせば、落ちた剣と自身の手を見比べていたガッドが、ハッとしたようにトーヤに指を突きつけた。

「お、おいっ! ふ、不意打ちなんて、卑怯だぞ!」

「は? いや、別に不意打ちはしてねぇだろ? ちゃんと合図があったじゃん。なぁ?」

「そうだな。お前が動いたのは、合図のあとだった」

 マルコムのお墨付きを得て、『ほら』とばかりにトーヤが肩をすくめれば、ガッドがギリギリと歯を噛み締めた。

「ぐぎぎ、お前、初心者じゃなかったのか!」

「いや、別に初心者とは言ってねぇよ? それどころか、これでもそれなりに腕に覚えはあるって言ったよな?」

「印可は持ってないって……」

「持ってねぇよ? けど、持ってなければ初心者とは限らねぇだろ。オレ、冒険者だし」

「それなりにやるとは思ったが、冒険者とは思えない技術だな。――本当に印可を持っていないのか?」

「少なくとも、この町の道場で学んだことはないな」

 やや呆れたように尋ねたマルコムに、トーヤは肩をすくめる。

 確かにそれは事実であるし、余所でも剣術を習ったことはないトーヤであるが、こちらの世界に来た時点で【剣術】スキルを持ち、きっちりと基礎を身に付けた状態であった。

 そこから更に鍛練を重ねたトーヤの技術は既に上級レベル。

 いくらサルスハートが多少レベルの高い道場であっても、その中でも下から数えた方が早いガッドに、対抗できるような相手ではなかった。

「くっ、なら最初からそう言え! 知っていれば油断しなかった! もう一度だ!!」

「つってもなぁ……。試験は合格なんだよな?」

 トーヤが頭を掻きながらマルコムに確認すれば、彼は深く頷く。

「あぁ、問題ない。ガッドも受け入れろ。それがお前の実力だ」

「でもっ――!!」

「見苦しいぞ!」

 なおも言い募ろうとしたガッドだったが、叩きつけるように響いた声にビクリと体を震わせ、言葉を飲んだ。

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