412 トーヤの一人歩き
ナオが獣耳少女たちと親交を深めていたその頃、トーヤは一人、ヴァルム・グレの街中を歩いていた。
目的はもちろん、獣耳の観賞。
あっちへふらふら、こっちへふらふら。
町を行く獣耳少女たちを視姦するその様はどう見ても不審人物だったが、幸いだったのはトーヤが【隠形】スキルを身に付けていたことだろう。
それに加え移動しながらの行為であったため、トーヤがかなりあからさまに凝視していても今のところ通報されることもなく、無事に散策を続けられていた。
「右を見ても獣耳、左を見ても獣耳。やはりここは
ちなみに周囲には、ガチムチな男なんかもかなりの割合で存在するのだが、高性能なトーヤフィルターはそれらの存在を綺麗に除外していた。
そのフィルターを通り抜けられるのは、男なら小さな子供だけ、基本的には幼女から少女、美女ぐらいまでである。
それだけの数除外しても、幸いなことにここは都会、トーヤの目を楽しませるに十分なだけの獣耳が乱舞していた。
――トーヤの視界的には。
「この町に来て良かった! ……悩ましいのは、じっくりと見られないことだな」
できれば真っ正面から観察したい。
そしてあわよくば、触りたい。愛でたい。
しかし、道行く人にそんなことをするのは、どう考えても痴漢。
可愛いからと、女の子のお尻に手を伸ばすのと同じこと。
完全に犯罪者である。
僅かばかりの理性を残していたトーヤは考える。
「正攻法でいくなら、娼館だが……」
この町の娼館であれば、ほぼ確実に獣耳の娼婦が存在しているだろう。
むしろ、よりどりみどりだろう。
そこに行けば、お金で大抵のことは許される。
そういうお店であるからして。
耳や尻尾にばかり固執すれば、確実に変な客認定はされるだろうが、足フェチとか、お尻フェチとか、そういう趣味もあるわけで。
お金さえ持っていれば、追い出されるようなレベルではない。
「けど、なぁ……」
トーヤは自分に課した制限として、『娼館は青楼のみ』と『借金は絶対にしない』の二つを定めていた。
青楼のみに限定しているのは、第一に病気の問題。
最高級の娼館だけにそのあたりの管理もしっかりしていて、青楼の娼婦が病気持ちということはまずないし、意図せず子供ができてしまう、なんてこともない。
一般庶民では手が出ない代金を取るだけに、しっかりと“夢”を見させてくれる。
第二にはお金の問題。
昔ならいざ知らず、今のトーヤの収入であれば、お手頃価格の娼館なら毎日だって通うことできる。
だが、そんなことをしていれば仕事が疎かになりかねない。
それを避けるためのリミッターとして、トーヤは高級娼館にしか行かないと決めていたのだ。
「もっとも、今はそんな余裕もないわけだが」
普通に生活するには十分なお金を持っているトーヤだが、青楼なんかに通えばそんなもの、簡単に蒸発する。
そして青楼に獣耳の可愛い子がいれば、確実に通ってしまうことをトーヤは確信していた。自分のことだけに。
「さすがにそんな理由で、ハルカたちを仕事に誘うのはなぁ……」
青楼に通えるような依頼を一人で請けるのは無理。
だからといって、理由を説明してハルカたちを誘うのは論外。
頑張って頼めば付き合ってはくれるだろうが、トーヤのパーティー内での地位はだだ下がり。
畢竟、娼館に行くという選択肢は消える。
「酒場や食堂とかも……無理か」
まず看板娘的な人がいる店があるかという問題があるが、仮にあったとしても、そんなところに居座って看板娘をじっと見る人がいれば、確実に目を付けられる。
そして、どう考えても営業妨害。
それなりに良識を持ち合わせたトーヤとしては、それも選べなかった。
人の迷惑にならず、できれば人のためになるような方法。
「孤児院なら……」
ラファンのことを考えれば、神殿に寄付をして神官たちと仲良くなれば、孤児院に出入りすることは難しくないだろう。
その上で『戦い方を無料で教える』とか言えば、おそらくは受け入れられる。
そうすれば、孤児たちとふれあうことは必然。
じっと見つめていても怪しくないし、手取り、足取り、尻尾取り――まではさすがにないにしても、頭を撫でるついでに耳に触れたりするぐらいなら、問題は――。
「ダメか。さすがに犯罪臭が……」
一見すると、慈愛の心溢れる面倒見の良い冒険者と孤児たちであるが、その内心は『ぐへへぇ、獣耳幼女ぉ~~』であるからして、かなりヤバい。
――いや、さすがにそれは言い過ぎか。
だが、邪な心があることはトーヤ自身否定できない。
変なところで真面目な彼は、自分を誤魔化すことを諦め、この案についても却下した。
「なかなか良い案がねぇなぁ……ん?」
ため息をついてなんとなく周囲を見回したトーヤは、一つの建物に目を留めた。
それはやや大きめな平屋の建物。
トーヤの記憶から近い物を挙げるなら、学校にあった格技場だろうか。
一見すると倉庫のように飾り気がないが、平屋にしては高めの屋根に多めの窓。
何箇所かに設けられた両開きの扉。
その扉は大きく開かれ、中で多くの人たちが剣を振るっている様子が見て取れた。
「これは訓練場か何か、か?」
ネーナス子爵領では、領兵の訓練場もただの空き地だったが、この町ぐらいの都会であれば、しっかりとした建物を用意する余裕ぐらいはあるかもしれない。
ただ、これが領兵の訓練場とするならば、町の規模からすれば小さすぎることだが……。
「そういえば、似たような建物があったな」
これまでほぼ獣耳の女の子しか目に入っていなかったトーヤであるが、周囲の景色をまったく見ずに歩いてきたわけではない。
いや、ほぼ見ずに歩いていたが、同種の建物を見たような記憶はあった。
「取りあえず……」
トーヤはきょろきょろと辺りを見回すと、近くにいた一人の男に声を掛けた。
「すまない。この建物は何か、知っているか?」
「ん? お前、余所者か? どう見ても道場だろ?」
男はそう答えたあと、どこか納得したように、ポンと手を叩く。
「あぁ、道場の名前か? それなら、ここが有名な“サルスハート”だぜ?」
「ほう、ここがサルスハート」
「あぁ、サルスハート」
「――って何だ?」
ガクッ。
トーヤの惚けた反応に膝を落とした男は、「ふぅ」とため息。
「なんでぇ、やっぱ余所者かよ。あー、なんつーか、この町では有名な道場、だな。道場の中でもレベルが高いんだよ、ここは」
「ほう、道場……」
改めて中を覗くトーヤの目がキラリと光る。
道場という性質上、門下生の半数以上は男性だったが、女性の門下生も決して少なくはなく、中には目を引くような美少女も存在していた。
そしてその大半は、獣耳付きである。
「これは……良いんじゃね?」
トーヤは考える。
もしも長時間に亘って、こうやって道場を覗いていたら、そしてその視線の向かう先が女の子であれば、ほぼ間違いなく変質者扱いは免れないだろう。
だが自分も入門すればどうだろうか?
他人の稽古をじっと見つめていても不審に思われないどころか、それはある種、見取り稽古のようなもの。
賞賛されこそすれ、変質者なんて勘違いされることもない。
――まぁ、実態は、まったくもって勘違いではないのだが、そこはトーヤ。華麗に現実からは目を逸らし、男に尋ねる。
「なぁ、道場への入門って誰でもできるのか?」
「金を払えばな。けど――」
「そうか! ありがとよ。行ってくる!」
「この道場は――って、あ、おい!」
最後まで話を聞かず、道場の方へ駆けていったトーヤの背中に男は手を伸ばしたが、「まぁ、別に良いか」と肩をすくめ、その場を後にしたのだった。
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