410 冒険者ギルドにて (4)

「えっと……」

 なんと評すべきかと、困ったような表情になったメアリに対し、いつも素直なミーティアは、やっぱり今日も素直で率直だった。

「使えないの」

「ひどいにゃっ!?」

「しかも大抵、投げる前に気付かれるんです……」

「気付かれないほど遠くからだと、まぐれじゃないと当たらないもんねぇ」

「スリングは難しいのにゃ! 二人の方が下手くそなのにゃ!!」

「ボクは剣士だから。タニアはスカウトじゃん?」

「ですよね~。大剣使いの私に言われても~」

「スカウトは遠距離攻撃担当じゃないのにゃ!」

「まぁまぁ、皆さん、落ち着いてください」

 パンパンと机を叩くタニアを落ち着かせるようにメアリが割って入れば、さすがに成人している自分たちが未成年の子供に窘められている状況を恥ずかしく思ったのか、三人はすぐに口を噤み、気まずそうに視線を彷徨わせた。

 そして、空気を読めて気遣いのできるメアリは、読んだ空気を変えるように、笑顔を浮かべて言葉を続ける。

「じゃあ、私たちも自己紹介しますね。私はメアリです。今は持っていませんが、アーニャさんと同じ両手剣を使って戦います。そしてこっちが妹の――」

「ミーティアなの! ミーは小太刀……えっと、ショートソードを使って戦うの」

「俺はナオ。槍と魔法だな」

 メアリとミーティアに続いて俺がそう自己紹介すると、シャリアの目が輝いた。

「魔法! さすがエルフ! やっぱり魔法が使えるんだ!」

「使える。使えるが……今回に関しては、あまり使う予定はないぞ?」

「え、なんで? そんなに得意じゃないとか?」

「ナオお兄ちゃんの魔法は凄いの!!」

 シャリアに訝しげな目を向けられたが、ミーティアが即座に否定した。

 そんなミーティアの頭を撫でつつ、俺はズバリ尋ねる。

「シャリアたちって、ルーキーだよな?」

「……うん。否定はできないね」

「そんな見栄を張らなくても~。矢を買うのに難儀するぐらいにはルーキーです」

「だよな。そうすると、だ。お前たちが請けようとするぐらいの依頼で、俺がバンバン魔法を使うと、戦うことがなくなるぞ? たぶん」

 ルーキーが請けられるぐらいの依頼であれば、多少難易度が高くても、オークレベルの敵と遭遇することは稀だろう。

 自惚れるわけじゃないが、今の俺であればオーク程度は一撃。

 全力で魔法を使っていけば、少なくとも戦闘に関しては、シャリアたちが手を出すまでもなく終わってしまうことだろう。

 俺たちだけであればそれでも別に良いと思うが、他の冒険者と組んで仕事をするなら、さすがにそれってどうなの? ってなもんである。

「えーっと、もしかしてナオたちって、高ランクだったりする?」

「ナオお兄ちゃんはランク六なの!」

「ろ、六!? 六にゃ!?」

「はわわっ、もしかしてミーティアちゃんたちも……?」

「いえ、私とミーはランク四です」

 俺のランクにタリアたち三人は目を剥き、メアリのランクを聞き、ため息をついた。

「そ、それでもランク四……。はぁ、それじゃ、ボクたちとは組めないよねぇ……。ごめん、一緒になんて、烏滸がましかったね」

「そんなことは……。まずは請けようと思っている依頼と、何故私たちに声を掛けたのか教えてもらえますか?」

「キミたちだと報酬が見合わないと思うよ? それでも?」

 シャリアは『話すだけ無駄じゃ?』みたいな表情になるが、メアリは首を振る。

「今回に関しては、報酬はあまり気にしてませんから。依頼内容次第ではご一緒できると思います。――ですよね? ナオさん」

「だな。そのへんは任せる」

「と言うことです。聞かせてください」

 俺がメアリに同意すると、シャリアは不思議そうに首を傾げながら、話し始めた。

「それじゃ……えっと、今回ボクたちが請けようと思っているのは、坑道の調査なんだ」

「坑道っていうと、鉱山だよな?」

「うん、そう。この町の北にある鉱山の坑道だね。その坑道で最近、異変が起きているみたいで」

「北の鉱山というと……コンブラーダ村か」

 ヴァルム・グレに来る時、俺たちも通りすぎてきたその村は、ここから徒歩で数日ほど。今の俺たちが頑張って走れば、一日で辿り着けなくもない距離にある。

 主な産業は鉱業で人口は比較的多い村なのだが、村人のほぼ全員が鉱業に関連する仕事に就いているため、華やかさとは縁遠い、少々寂しげな印象の村だった。

 それ故、俺たちもその村に泊まったのは一日のみ。

 すぐにヴァルム・グレに向かったので、鉱山で問題が起きているという話は耳にしていなかった。

「そう、そのコンブラーダにある鉱山が依頼の現場だよ。そこの坑道にゴブリンか何か、入り込んだらしくて。それの討伐依頼。ただ、ボクたちは屋外での戦いしか経験してないから、坑道に入る前に戦力を補強しようと思ったんだけど……」

「白羽の矢が立ったのが、メアリたちにゃ!」

 タニアが両手の人差し指を『ズビシッ』とメアリとミーティアに向けるが、向けられた二人は不思議そうに小首を傾げた。

「そこが解りません。何故私たちなんですか? ナオさんだけならまだしも、私たち、そんなに強そうには見えないですよね?」

 既に述べたとおり、今日の俺たちは私服にナイフという軽装。

 依頼を見ていたので、冒険者ということは判るかもしれないが、ルーキーの冒険者が強さを見抜けるとも思えない。

 俺の【看破】のようなスキルを持っている可能性もあるが……いや、ないか。せいぜい、戦えることが判るぐらいだろう。

「シャリアは面食いにゃ」

「タ、タニア!? ち、違うよ!? そんな理由で声かけてないよ!?」

 俺の顔を見て、ワタワタとシャリアが弁明すれば、タニアはしれっと言葉を翻した。

「冗談にゃ。エルフだったからにゃ。きっと魔法が使えると思ったからにゃ」

「それから、ナオさんなら安心そうだったからですね~。変な人たちと坑道なんかに入ったら、襲われかねないですから」

 と言いながら、視線が向いているのはメアリたち。

 おそらくは、俺が安全に見えるのではなく、子供二人を連れている俺が不埒な行為に及ぶとは思えないとか、そんなところだろう。

「その点は安心ですよ。ナオさんは紳士ですから。ハルカさんという恋人もいますし」

「それに、ユキお姉ちゃんとナツキお姉ちゃんも!」

「「「三人も!?」」」

 シャリアたちは声を揃え、驚愕したように目を見開いた。

「さ、さすがイケメンにゃ! よりどりみどりにゃ」

「これは、シャリアでは厳しいかもしれないですね~」

「アーニャ、今、どこを見たの!?」

 いやいや、ハルカぐらいはあるから、別に小さいわけでは――って、じゃない!

「違うからな!? ミーティア、おかしなことを言うな! 二人は恋人じゃないだろ!?」

 少なくとも手は出してないから!

 少しアプローチを受けているだけで。

「似たようなものなの。きっと、時間の問題なの!」

 自信満々に、「ふんすっ」と鼻息を鳴らすミーティアと、否定する俺。

 どちらを信じるべきかと、シャリアは視線を彷徨わせ、メアリに顔を向けた。

「えっと、実際のところはどうなのかな?」

「恋人ではないです。ただ、そうなる可能性がないかといえば……」

「「「いえば?」」」

「……ありそうです。それも、かなりの高確率で」

「メアリ~~」

 俺の抗議に、メアリは焦ったようにプルプルと首を振る。

「だ、だって、ナオさん、そのうち押し切られそうですもん。ナオさんには十分な甲斐性がありますし、二人は冒険者、それにもう一八歳ですよね?」

「いや、まだ一八だろ? きっとそのうちに――」

 と言いかけた俺の言葉を遮ったのは、真剣な表情のシャリアたちだった。

「ナオ、普通の人なら焦る歳だよ?」

「そうにゃ。ランク六の優良物件が手近にいたら、絶対狙うにゃ」

「冒険者は色々諦めている人も多いですけど、私だって、機会があれば逃がさないです。二人目でも、三人目でも、そのへんの低ランク冒険者と結婚するより、ずっと良いですから」

「うぐ……」

 言葉に詰まった俺をフォローするように、メアリが再度口を開いた。

「ま、まぁ、そんなナオさんですから、一緒に行動しても、そっち方面の心配はないですよ。あとは報酬面ですが……」

「基本報酬が三万レア。依頼期間中、一〇日までなら一日あたり三〇〇〇レアの追加報酬があるよ」

「あとは、斃した魔物の数に応じて、適正な討伐報酬が追加されます」

「そのを判断するのは?」

「冒険者ギルドにゃ。不当に値切られる心配はないにゃ」

 一日で終わらせれば、三万三〇〇〇レア、一〇日以上かかれば六万レア。

 これに魔物の討伐報酬、魔石や素材の売却代が追加されることになる。

「どうかな? もちろん、ランク六の冒険者としては安いと思うけど、ボクたちが請けられるぐらいの依頼としては、割は良いと思うんだ」

「ゴブリン討伐としては悪くない報酬だと思いますが……ナオさん、どう思いますか?」

「うん。もし俺がルーキーだったら、絶対に請けない依頼だな」

 メアリに尋ねられ、俺がそう即答すると、タニアたちは驚いたように瞠目した。

「にゃ!? そんなに条件が悪いかにゃ?」

 俺のランクが高いことを知ったからか、きっぱりと否定されたことに対する反発よりも驚きと疑問が強いようで、シャリアとアーニャも不思議そうに俺の顔を見る。

「まず、坑道にいる魔物がゴブリンとは限らないこと。――いや、はっきり言ってしまえば、ゴブリンの可能性は低いこと、だな」

「そう、なのかな? 依頼書にはゴブリンの名前が挙がってたんだけど……」

「考えてもみろ。コンブラーダは決して小さい村じゃない。冒険者だっているはずだろう? にも拘わらず、その依頼がヴァルム・グレにある。つまり?」

「……コンブラーダの冒険者は請けなかった、もしくは請けられなかった?」

「もしくは、請けて失敗したか、だな。割の良い仕事なら、わざわざこの町で依頼を出す必要もない」

 これがサールスタットのような小さな町であれば、請けられる冒険者が存在しなかったということも考えられるが、俺たちが通ってきたコンブラーダの冒険者ギルドはあそこまで寂れていなかった。

 であるならば、請けても失敗したか、リスクに対して報酬が見合わないと認識されていると考えるのが順当。

 大穴としては、たまたま請けられる冒険者がいなかったという可能性もゼロではないが、そんな低い確率に自分たちの安全を懸けるわけにはいかない。

「言われてみれば……。じゃあ、請けない方が良いのかな? これでもボクたち、同年代では腕が立つ方だと思うんだけど」

「ルーキー六人であれば、そうすべきだろうな。だが、俺たち六人であれば、条件次第で請けても良いと思うぞ?」

「条件次第?」

「あぁ。お前たちが受け入れるなら、だが」

「その条件って……ま、まさか……? ダ、ダメですよ?」

 首を傾げたアーニャが、ハッとしたように俺を見て、なかなかに発育の良い身体を手で隠すようにして少し身体を引いた。

「でも、責任を取ってくれるなら――」

「違う、違う!」

 恐ろしいことを言うな!

 もしもミーティアたちから、歪んだ形でハルカに伝わったりしたら……!?

 背筋に走る寒気にブルリと身体を震わせ、俺は慌てて言葉を付け足した。

「お前たちの腕前を知りたい。ちょっと模擬戦をしてみないか? このギルド、訓練場があるんだろう?」

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