409 冒険者ギルドにて (3)

「それより、なんか良さそうな依頼はあったか?」

「それなりに報酬の高い依頼はありますが、かどうかは……」

 気を取り直しメアリに訊いてみれば、彼女はいくつかの依頼票を指さしながら言葉を濁した。

「あぁ、それはそうだよな」

 同じ一万レアの報酬でも、敵の強さや必要日数によってまったく意味が異なる。

 オークのようなメジャーな魔物であれば生息地を調べるだけで済むが、ここにある依頼の中には、これまで俺たちが戦ったことのない魔物もいる。

 つまりそれらに関しては、魔物の強さも併せて調べなければ、依頼の『良さ』も判断できない。

「稼ぐことを考えるなら、慣れた魔物を選ぶべきなんだろうが……」

 目的の半分ほどは暇潰し。

 効率よりも面白さを基準に依頼を探すのもあり、か?

「ナオお兄ちゃん、これとか、依頼料が高いの! 熊さんなの!」

「えっと……? ダールズ・ベアー? 無理、無理!!」

「ナオさん、知っているんですか?」

「話したことなかったか? お前たちを拾う前に斃したことはあるんだが、身体の大きさが小さな家ぐらいあってな。熊さんとか、そんな可愛いもんじゃないぞ?」

 斃すことはできたが、五人であたってもかなりギリギリ。

 今ならもうちょっと楽に斃せるとは思うが、この三人で斃しに行くような魔物じゃない。

「でも、報酬は凄く良いですよ? たぶん、これだけで半年分の宿泊費になるぐらい」

「そりゃそうだが、もし行くなら全員で行かないと無理だぞ? しかも、ちょっと命懸け」

「むー、今回はそこまで求めないの。もうちょっと気軽なのが良いの」

「なら、報酬は二の次で選んでみたらどうだ?」

「そうするの」

 報酬額なんて、結局は手間や危険度に比例するもの。

 俺たちの目的を考えれば、そこまで報酬が高くなく、戦ったことのない魔物の討伐依頼が適当かな?

「ちょっと良いかな?」

 と、そんなことを思いながら依頼を見ていた俺たちの背後から、声が掛けられた。

 振り返ってみれば、そこにいたのは三人の女の子。

 全員が獣人なのは、さすがはヴァルム・グレと言うべきか。

 おそらくは成人したばかりで、年齢は俺よりも少し下、装備の質からして、冒険者になって日が浅いと思われる。

「あぁ、すまん、邪魔だったか?」

「ううん、そうじゃないよ。君たちって、冒険者だよね? 装備は……持ってないみたいだけど」

「冒険者だぞ。今はこんな格好だが」

 首を振った女の子は少し自信なさげに俺たちを見回すが、それも仕方ないだろう。

 今すぐ仕事に行くつもりはなかったので、今の俺たちの格好は休日装備。

 具体的には、ハルカたちお手製の私服に護身用のナイフだけ。

 ぱっと見には冒険者には見えない。

 そんななので、さっきの少年たちが俺たちを侮ったのも、ある意味では仕方のないところもあるが、それは見える範囲に限ってのこと。

 実際には腰に下げた小さな袋がマジックバッグになっていて、ちょっとした食料や薬、ちゃんと使える武器なんかが入っているので、簡単な依頼を請けるだけならこのままでもなんとかなったりする。

 俺たちの冒険の始まりは、もっと酷い装備だったから。

 まともな武器があるだけ何倍もマシである。

 ちなみに最近、ハルカとユキが錬金術で普段着にも防御力を持たせられないかと頑張っているようだが、今のところ実用レベルには達していないようだ。

 実現すれば安全性と快適性が両立できるだけに、是非頑張って欲しいところである。

「やっぱ冒険者だよねっ、良かった! 依頼を見てたから、間違いないとは思ったんだけど。ねぇ、良かったら、ボクたちと一緒に依頼を請けない?」

 女の子はホッとしたように息を吐くと、そんな提案をして俺の顔を見上げた。

「依頼か……メアリ、どうする?」

「わ、私ですか?」

 振り返ってそうメアリに尋ねれば、彼女は少し驚いたように自分を指さした。

「あぁ、メアリとミーティア、二人の好きにして良いぞ」

 普段、全員で行動しているときは俺やハルカが主体となって決めているが、今回は半ば暇潰し。メアリたちに経験を積ませる意味でも任せて見るのも良いだろう。

「ミーはどっちでも良いの!」

 特に考えるでもなく、すぐに反応したのはミーティアだった。

 そうなると、決定権はメアリにあるわけで。

 彼女に全員の視線が集中し、その視線に押されるようにメアリが「うっ」と身体を引く。

「と、取りあえず!」

「「「取りあえず?」」」

「お話を訊かせてください」


    ◇    ◇    ◇


 ギルドに併設された飲食スペースに移動し、飲み物を注文してテーブルの一つを占拠した俺たちは、改めて向かい合っていた。

「えっと、取りあえず自己紹介するね。ボクはシャリア。片手剣を使う剣士だよ」

 最初に口を開いたのは、俺に声を掛けてきた女の子。

 身長はハルカと同じぐらいだろうか。

 ピンと耳の立った白い髪の獣人で、たぶん犬か狼。

 軽鎧を身に着け、ショートソードを腰から下げている。

「アーニャです。両手剣を使っています」

 二人目はシャリアより少し背の高い黒髪の女の子で、頭の上にあるのは、先がちょっと折れ曲がったパグのような耳。

 背負っている両手剣は、普段メアリが使っている物と同じぐらいの大きさだろうか。

 ただしメアリと比べると随分と背が高いので、メアリのようなアンバランスさはない。

「タニアにゃ! スカウトにゃ」

「――っ!!」

 おおっ! 正統派猫獣人にゃ!!

 じゃなかった、猫獣人だ!

 これで猫系獣人じゃなかったら、嘘だ!

 メアリとミーティアが普通に話すから、そんなものかと思ったが、『にゃ!』は実在したんだ!

 ――あ、いや、メアリたちの猫系は自称だったか。

 【鑑定】だと虎系と出ていたから、たぶんそっちが正しい。

 猫と虎、どれほどの違いがあるのかは不明だが。

「どうかしたのかにゃ?」

「――いや、なんでもない」

 俺の心の内が表情に出ていたのか、タニアが不思議そうに訊いてくるが、俺は努めて無表情に保ち、首を振った。

 トーヤみたいな醜態を見せれば、絶対引かれるからな。

 そんなタニアの髪は薄茶色で頭には当然猫耳、スカウトと言うだけに身軽そうな装備を身に着け、短剣を腰に差している。

 パーティーメンバーとしては、戦士、戦士、盗賊スカウトか。

 ゲームじゃないから、都合良くバランスの良い編成というのは難しいのだろうが……。

「全員近距離攻撃のみだな。遠距離攻撃はないのか? 弓とか」

 人間でも魔法が使える人は少なく、獣人であれば尚更。

 ヴァルム・グレで魔法使いをパーティーに入れる難しさは想像に難くないので、そう訊いてみたのだが、タニアたちは揃って首を振った。

「弓は高くて買えないのにゃ」

「弓本体だけならなんとか買えるんだけど、矢の方は……」

 シャリアが困ったように付け加えれば、メアリは納得したように頷く。

「消耗品ですからね。ハルカさんもあまり使いませんし」

 外れた矢なら回収して再使用することも不可能じゃないが、敵に当たればほぼ確実に使えなくなるのが矢。

 鏃だけなら再利用もできるが、それにしたってメンテナンスは必要。

 剣などの武器に比べると、それに掛かるコストは段違いである。

 矢を自作するという手もあるが、戦争などで矢衾を作るならともかく、確実に当てることを狙うなら、素人の作る矢では役に立たない。

 そんなこともあって、ルーキーが使う武器として一番適しているのは、鈍器だったりするんだよなぁ。基本、プロによる手入れが必要ないから。

 下手に背伸びして良い武器なんか買ってしまうと、そのメンテナンス費用だけで赤字になりかねないのだ。

 今の俺たちなら余裕はあるのだが、使い減りしない魔法と、消耗品が必要な弓、ハルカの使用頻度は前者の方が圧倒的に多い。

「でも、スリングは一応持ってるのにゃ」

 そう言ってタニアが取り出したのは所謂投石紐。

 紐の真ん中に石を置く場所があり、紐の片側を指に引っ掛けてからグルグルと回して勢いを付け、もう片方を離して石を飛ばすアレ。

 投石紐自体も低コストなら、弾も低コストな貧乏人の味方。

 難点は速射性と隠密性、飛距離、命中精度などか。

 石をブンブン振り回す必要があるので、奇襲には向かないし、単純に投げるだけならまだしも、確実に命中させるなら、その射程範囲はさほど長くないだろう。

 それに、勢いを付ける必要がある以上、戦闘が始まってしまえば何度も投射することは難しい。

 むしろ振り回したままぶん殴る方が効果的かもしれない。

「ちなみに、命中精度の方は?」

「動いていないゴブリンになら、三回に一回は当たるにゃ」

 そう言ってタニアは、むふんっと胸を張った。

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