404 花を得る (3)

「なんとか間に合いましたね。無事に回復すると思います」

「ありがとう! ほんっとうに、ありがとう!! ナツキがいなかったら……」

 ハルカたちが無事に持ち帰ったオッブニアはトーヤに託して走らせ、俺はハルカたちを案内してケルグまで戻ってきたのだが、ハルカたちの疲れもあり、帰り着いたのは真夜中に近い時間だった。

 そして、そこで待っていたのは、前述のような状況。

 目を真っ赤に腫らしたヤスエが、ナツキの手を握りしめてお礼を言っている光景だった。

 ベッドの上を見れば、穏やかな表情になったアルがすやすやと眠りについている。

「ナツキ、もう?」

「えぇ、今し方、薬を飲ませたところです。もう少し遅れていたら、体力的に少し危険なところでした。『睡眠回復リカバリー・スランバー』で消耗が抑えられたからこそ、なんとか、でしょうか」

「そう、なら良かった。頑張った甲斐もあるわ」

「ハルカたちも、ありがとう! アルが助かったのは、みんなのおかげだわ!」

 ヤスエは順に俺たちの手を握り、涙を溢れさせながらお礼を口にする。

 最後のミーティアなど、感極まったのかぎゅっと抱きしめて、くるくると。

「あわわゎ!」

「ホント、ありがとぉぉ! ナツキも難しい顔をしてるし、今日、帰ってきてくれなかったら、どぉしようかと……」

「それはトーヤとナオのお手柄ね。あそこに二人がいなかったら、帰ってくるのは早くても明日の午前中になっていたと思うから。……なんであそこにいたの? 通るなんて知らなかったわよね?」

「そこは俺の灰色の脳細胞が光って唸った結果だな。俺たちもディオラさんから話を聞いて、サールスタットまでは行ったから」

「けどまぁ、雨も降って渡しも運休していたし、追いかけても見つけられるか判らねぇから、サールスタットで聞いた迂回路で待っていたんだよ」

「まぁ、そうよね。渡しが再開するまで待っていたら――」

「いや、それに関しては『転移テレポーテーション』で渡れるから、問題はないんだが」

「……あ」

「そ、そうだった! それがあった、よ」

 そのことを思いつかなかったのか、口に手を当てて言葉を漏らすハルカと、少し大きな声を上げかけて、寝ているアルの方を見て慌てて口を押さえるユキ。

「忘れてたのか? 冷静なハルカにしては珍しい」

「わ、私だって焦ることはあるわよ……」

 少し口を尖らせて、拗ねたように言うハルカを見て、ユキがニヨニヨと笑う。

「だよねー、ナオがいないと――」

「余計なことを言うのはこの口かしらぁ?」

「痛っ、痛たたっ。ゴメン、ゴメン」

 口元をぷにっと抓られて、ユキは慌てて謝罪。

 ハルカはため息をついて手を離す。

 ユキは少しだけ赤くなったそこを撫でながら、再び口を開く。

「でもさ、ナオ。だったらあたしたちも『転移テレポーテーション』を使ってサールスタットから戻るとは考えなかったの?」

「その可能性は考慮したぞ? だが、それならそれで問題はないだろう?」

 サールスタット方面から帰還するなら、普通に街道を行くのだから、危険性も低く、俺たちが同行する意味もない。

 だが、もし迂回路を通るのであれば、話は変わってくる。

 サールスタットからラファン、ケルグへと続く街道とは異なり、俺たちがいた方の街道は馬車が通れないほど小さな道。

 いや、街道と言うより、むしろ間道と言うべきだろうか。

 それぐらい小さくて判りづらい道を、初めて通るハルカたちが迷わず迅速にケルグまで辿り着ける確率と、迷って時間がかかる確率。

 その両方を天秤に掛け、そこにアルの命を載せれば、迎えに行かない理由はなくなる。

「で、オレたちは行き違いの発生しないあそこで待ってた、ってワケだ」

「確かに助かったわね。トーヤが走ってくれたおかげで、早く届けられたわけだし」

「一度ケルグに戻ってナツキに伝言は託していたから、ハルカたちがサールスタット方面から帰って合流できなかったとしても、問題はなかったしな」

 しばらく野営を続けることになったとは思うが、それだけのこと。

 トラブルの可能性を一つ潰せ、アルの命を救う一助となるのなら大した問題でもない。

「ま、『転移テレポーテーション』については、俺もペトラス川を渡る時には失念していたから、ハルカのことは言えないんだが。ユキたちも気付かなかったんだな?」

 訊ねてみればユキとメアリも苦笑して首を振るが、ミーティアが一人、ピッと手を挙げた。

「ミー! ミーは気付いていたの」

「そうなの? ならなんで言わなかったの?」

 メアリが不思議そうに尋ねれば、ミーティアはちょっと得意げにその理由を解説する。

「オッブニアはマジックバッグに入れたらダメって言ってたの。転移もマジックバッグと同じ時空魔法なの。だから、使っちゃダメなのかと思ったの」

「な、なるほど。それはありうる、のか?」

 思った以上にしっかりとした理由だった。

「それ、オレたちもディオラさんから聞いたんだが、ナツキ、本当なのか?」

「い、いえ、判りません。本には書いてなかったですし、私の知識にも……。むしろ、時空魔法を使うナオくんたちの領分かと」

「いや、判らん。だが、ないとも言い切れないんだよなぁ。作ることはできるようになったが、細かい原理とかは不明だから」

 マジックバッグには一定以上の生き物は弾く効果とかも搭載されているし、そのあたりの機能が生物の一種である植物になんらかの影響を与える、なんて可能性もゼロではない。

「それもあって、マジックバッグは使わなかったのよ。持ち帰った後で、『実は影響がありました』じゃ、取り返しがつかないから」

「ほんっと、お手数をおかけしました!」

 改めて深く頭を下げたヤスエに、ユキはパタパタと手を振る。

「仕方ないよー、病気なんだから。でも、そう考えると、『転移テレポーテーション』を使わなかったのも正解かぁ。あ、けど、あの時に気付いていたら、あたしは吊り橋を使わずに、それで渡る方法も……」

「いや、あそこで使わなかったのは正解だと思うぞ? 橋が壊れていた、とかならまだしも」

 転移ポイントを使っての転移であれば、ほぼ確実にその真上に転移できるのだが、目視で行う転移は微妙に目標点とズレることがある。

 俺は【鷹の目】があるので多少はマシだが、何十メートルも先の一点を確実に把握するのはかなり難しい。

 平地であれば少しぐらいズレても大した問題もないのだが、吊り橋があったあの場所の場合、吊り橋のすぐ傍まで森が迫っていたので、短すぎれば川に転落、長すぎれば森の中に突っ込むことになる。

 川に落ちれば大惨事だし、森に突っ込んでも怪我をする。

 普通に橋があるのだから、渡らない理由なんてない。

 俺はそう思ったのだが、ナツキは苦笑してチラリとユキを見た。

「ナオくん、実はユキって、吊り橋が苦手なんですよ。だから渡りたくなかったのかと」

「ん? そうなのか?」

「そうなのよ。ユキが渋ったから、ちょっと時間を取っちゃったわ。――ユキの名誉のために、余計なことは言わないけど。私は」

「ありがとうございます! ハルカ様! 今後は口を慎みます!」

 ぴしりと敬礼をしたユキに、ハルカは苦笑し、「さて」と言って立ち上がった。

「そろそろわたしたちはお暇しましょうか。ヤスエも疲れているでしょうし。その様子じゃ、ほとんど寝てないんじゃない?」

「まぁね。心配で眠れなかったから。――チェスターは無理矢理寝かせたけど。明日も営業があるし」

 あぁ、なるほど。チェスターがここにいないのは、そのせいなのか。

 基本的に休業日なんて存在しないのが一般的なこの世界、下手に休みが続けばお客が離れる。

 シビアなことを言えば、傍にいてもあまり役に立たないチェスターは食堂をきちんと開けて、お金を稼ぐ方が重要なのだ。

「でしょ? ヤスエも早く寝た方が良いわよ」

「ありがと。でも、どうせすぐアルに起こされることになるんだけど。ははは……」

 ハルカにお礼を言いつつも、ヤスエは乾いた笑みを漏らす。

「そうなんだ?」

「思った以上に頻繁でしたね。赤ん坊が泣くのは」

 訊き返したユキに、コクコクと頷いてそう答えたのはナツキ。

 ヤスエもまた、しみじみと言葉を漏らす。

「そうなのよ……。その度におっぱいあげたり、おむつ替えたり……。というか、私以上に寝ていないはずのナツキが、顔色も変えていないのが納得いかないんだけど?」

「鍛えていますから」

 と答えたナツキだったが、俺からすれば、その顔には少し疲れが見えている。

 丸二日以上、ほとんどの時間起きていて魔法を使っていたとなれば、それも当然だろう。

 それでも一見したぐらいでは判らないのは、訓練によって向上した体力に加え、おそらくは【頑強 Lv.5】の影響が大きいと思われる。

「ハルカたちも覚悟しておいた方が良いわよ? 思ったより大変だから。――あ、でも、あんたたちが一緒に暮らし続けるつもりなら、子育ての負担は分散できるか。その点は、大家族? の利点よね」

「保育所、なんてありませんからねぇ」

「そうそう。特にあんたたちの場合、義理の親もいないでしょ? 妊娠中でも相談できる相手がいないのは……やっぱり不安だから」

「そこは……ヤスエに期待しようかしら?」

「私? 相談に乗るぐらいはするけど、ラファンには行けないわよ? ……いや、迎えに来てくれたら、アルの歳次第では考えるけど」

「いや、そこまでは望まないわよ。相談があれば、私たちが来るし」

「そう? 近くに住んでたら、乳母代わりに協力するのもありかと思ったんだけど、ちょっと遠いからねぇ。――あんたたちは、ケルグに拠点を移すつもりはないの?」

「今のところ、ないわね。家も建てたし」

「家があったら、難しいかぁ。あ、でも、あんたたちの場合、同時期に産めば、交替で授乳できて便利かもよ?」

「授かり物ですから、そのあたりはなんとも……」

「あたしたちだけの問題じゃないしねぇ?」

 不穏な方向に行っている予感。

 俺はユキから向けられた視線に背を向け、ハルカの背中を押す。

「さ、さぁ、早く帰ろうか! もう深夜だぞ? ヤスエも疲れているし、眠いだろ?」

「え、別に眠くはないけど……疲れているのは確かね」

「ふふっ、そうね。ヤスエ、そのあたりのことは、また機会があれば女子会でもしながら話しましょ」

「そだねー。男たちはのけ者にして、あたしたち女の子だけで」

 是非そうしてくれ。

 頼まれてもそんなの、参加したくない。

 きっと、居たたまれないから。

 俺はハルカを部屋から押し出しつつ、笑い合う女子たちを促し、ヤスエの家を後にしたのだった。

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